マンション建設現場のお金の話 /不良息子の親孝行が消えた建設業界

マンションで欠陥が絶えないのは請負の多層構造(孫請け・ひ孫請けなど)が原因という声があります。一時期話題になった著書「新築マンションの9割が欠陥」でも、この多層構造を欠陥の1つとして挙げていました。そこで今回は、マンション建設現場のお金の話をしたいと思います。実際に働いている職人さん達の給料はどのようになっているのか、型枠大工で見ていきましょう。

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型枠大工とは

鉄筋コンクリートの建物で、コンクリートを流し込む型枠を建てる大工のことです。コンパネと呼ばれる厚手のベニヤ板を使って型枠を作成し、マンションの壁や柱などになる部分を造っていきます。鉄筋コンクリートの建物を建てる際の、重要な仕事になります。型枠大工の請負金額は、型枠1㎡あたりの金額で決まります。その現場に必要な型枠が10000㎡で請負金額が5000万円なら、5,000円/㎡になります。型枠大工との請負金額の交渉は「1㎡いくら?」という会話が飛び交うことになります。

型枠大工の単価

私が ゼネコン で建設現場の現場監督をしていた1995年、民間のマンション工事をしていました。この時、現場所長が提示している金額は2,000円/㎡で、どの業者もその金額では安すぎて工事できないと断ってきました。結局は1人工2,500円/㎡で決まったのですが、この金額でも業者は不満タラタラでした。

※型枠

ちなみに私は支店で調べ物をしていた時に、過去の実行予算書や請求書などをひっくり返して見たことがあります。バブル景気真っ最中の90年のマンション施工現場では、型枠大工の単価は23,000円/㎡というのがありました。ここは少し高めの金額でしたが、89年から90年頃の資料を見ていくと20,000円/㎡ぐらいの現場が多くありました。90年から95年の5年間で、20,000円/㎡だった型枠大工の単価は2,500円/㎡に減ってしまったのです。この金額だけでも驚きですが、この金額がどれほどの差になるかもう少し詳しく見ていきたいと思います。

バブル景気の型枠大工

先に書いたようにバブル景気の頃に、型枠大工は20,000円/㎡という単価で仕事を請けていました。この頃、型枠大工が1人が1日に張る型枠は10㎡ぐらいだったので、1日で10㎡×20,000円=20万円を稼いでいたことになります。そして週6日は働くので1週間の1人あたりの売上は、少なくとも120万円になります。ところがこの時代、毎週日曜日に休む人は希でした。とにかく仕事が多くて休めないのです。「今月は2日も休んだの?そりゃあ休み過ぎだろう!」なんて言われていた時代で、休みがないだけでなく昼の現場が終わったら、夜に別の現場に行く人も多くいました。そのため型枠大工の中にはは、週に150万円とか200万円の売上を出す人もいました。

20,000円/㎡の型枠大工が年間300日働くと、少なくとも10㎡×20,000円×300日=6000万円を売り上げることになります。こういう大工を10人抱える工務店は、年間の売上が工事費だけで6億円を売り上げることになり、それに加えて材料の売上、会社によってはクレーンなどの重機を出すため、さらに数億円の売上が加わりました。果たして年間6000万円の稼ぎを出す大工の給料はいくらぐらいだったでしょうか?会社はそこから保険料やら何やらを支払い、会社の利益を差し引いて給料を支払うので、その額は会社によって異なります。しかし数千万円の年収をもらっていた型枠大工は多くいました。

不良息子の親孝行

中学時代に非行に走り、暴走族に入って警察のお世話になりっぱなしの不良息子がいました。不良息子は高校に進学するつもりもなさそうで、悪い仲間と夜な夜な出かけています。困り果てた親は、知り合いのツテを頼って東京の型枠大工の親方に息子を預けることにしました。厳しい職人の世界で揉まれたら息子も変わるかもしれないし、何より手に職をつけることで将来的にも困らないだろうと考えたのです。

型枠大工の親方に預けられた不良息子は、最初は手伝いしかさせてもらえません。玄翁(げんのう→カナヅチのこと)など持たせてもらえるはずもなく、ひたすら材料を運んだり先輩大工が型枠を取り付ける手伝いをさせられます。そういった雑仕事をしながら仕事を覚え、3年ぐらいすると一人で型枠を加工して取り付けられるようになります。不良息子も3年間の雑仕事を頑張り、18歳の時にようやく大工として現場に入れるようになりました。

時代はバブル期で、猫の手も借りたいほどの忙しさです。18歳になった不良息子は親方に言われるまま現場に行き、年間で約2000万円の給料をもらいました。不良息子は型枠大工になる道を与えてくれた両親に感謝し、田舎に新しい家を建ててあげました。

嘘のような話ですが、バブル景気の頃はこのような話が建設現場には本当にありました。家までいかなくても両親に新車を買ったとか、弟の学費を出しているとか、その手の孝行話がいくつもあったのです。建設業は不良少年少女の更正施設とまでいかずとも、仕事を教えて一人前の社会人にする機能がありました。手に仕事をつけて同世代の人達が羨む年収を手にし、親は不良少年のからヤクザになるかと心配していた子供が立派になったことに安堵しました。

90年代の型枠大工

一方で90年代に入り、2,500円/㎡で仕事を請ける大工はどうでしょう。型枠大工は1日あたり10㎡の型枠を取り付けると書きましたが、90年代半ばには多くのマンションの形状が四角形から複雑な形に変化していました。そのため1日に張れる型枠は7㎡とか8㎡に減っています。すると2500円×8㎡=20,000円になり、バブル景気の頃の1/10の稼ぎになってしまいます。

そして年間に勤務日数ですが、年間300日も働ける大工は少数になりました。バブルが弾けて仕事が減り、1ヶ月の半分しか働けない型枠大工が出てきます。仮に腕が良くて仕事が切れない型枠大工だったとして、1日の稼ぎか20,000円、300日働いたとして売上は600万円です。ここから経費や保険や何やらを引かれると、かなり悲しい年収になってしまいました。年間300日も働けない型枠大工は、さらに悲惨なことになってしまいます。

夏は暑く冬は寒く、雨にうたれたり熱中症になりかけてもらえる給料を考えると、あまりにも割りが悪い仕事になってしまいました。この頃「職人やるならコンビニのバイトの方がいい。冷暖房完備で大怪我をする心配もない」と、真顔で語る職人が割と多くいました。現在では型枠大工は3,000円/㎡を超えているそうですが、それでも厳しい懐事情は変わりません。

まとめ

今回は型枠大工を例に書きましたが、これは鉄筋屋や 左官 屋などの他の職種でもあまり変わりません。彼らはバブル景気の頃は、毎日フラフラになるまで働いて高い報酬を得ていました。学歴がなくても毎日親方について必死に仕事を覚えていけば、一人前になることができて、同じ歳の大学を卒業した人よりも収入が上回っていたのです。しかし現在では仕事が辛い割に収入が少なく、若い人が工事現場の職人になることは減りました。そのため建設業界は高齢化が急速に進み、業界全体の問題になっています。建築費が高騰していると言われていますが、まだまだ現場で働く人達の実入りは少なく、生活していくのがやっとという人も多いのが現実です。こういう環境でマンションは建設されているのですから、欠陥マンションなどのさまざまな問題が出てくるようにも思います。

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