なぜマンション業界にはパワハラが多いのか /引き継がれた社風
就職情報を掲載しているサイトを見ると、不動産業界の中でもマンション業界ではパワハラへの不安が多く書かれています。またニュースでもマンション業界のパワハラが報じられることがあり、業界のブラックさが語られることがあります。なぜマンション業界にはこのようなイメージが付き纏うのかを考えてみたいと思います。結論から書くと、マンション業界の成長はパワハラがついて回ったからになります。
マンション販売のマーケティング
マンションを建設して販売するには、マーケティングが欠かせません。そのマーケティングの仕方は、ファンダメンタルズ分析のような手法になります。まずマンションを建設する土地を購入することから始まりますが、その土地を購入する際に、その土地の特性や需要の動向を確認するのです。例えばその土地の近くで分譲されたマンションの売れ行きを確認し、販売後に120戸が即完したなんてことが分かれば土地購入を前向きに検討することになります。
もちろんそれ以外にも近くに駅が近いか、学校やスーパーなどがあるかなどの近隣の情報が重要になっていきます。つまり多くの人が住みたいエリアの情報が先にあり、そこに土地売買の情報があればどんなマンションデベロッパーでも食いついていくのです。マンションの分譲が始まった1950年代から、これらのマーケティングが行われており、古いマンションの多くが一等地に集中している理由になります。
土地情報と建蔽率・容積率
上記のようにデベロッパーはマーケティングを行って土地を購入するか判断するのですが、土地そのものの情報も重要になります。土地の情報には地歴、容積率と建蔽率、近隣の建物の状況などが含まれます。地歴というのはその土地の歴史で、その土地がこれまでどのように利用されてきたかということです。例えば以前は化学プラントがあったことが分かれば、その土地の地質汚染を調査する必要が出てきます。また江戸時代の武家屋敷だったことが分かれば、由緒正しい土地として宣伝広告に利用されることになります。
また近隣の建物の情報も重要で、隣のビルが管理されておらず悪臭が漂っているとなればマンション建設の懸念材料になりますし、暴力団の事務所があれば大問題です。特に近隣の建物から出る騒音と匂いに関しては、かなり神経を使います。こうした情報を集める力というのも、デベロッパーの販売力に直結する部分になります。そして土地の情報の中で基本中の基本となるのが、容積率と建蔽率です。この容積率は敷地面積に対して建物を建てる際に、建物の容積が占める比率のことを指します。これはその土地に、どれくらいの規模の建物を建てられるかを決めた数字で、200戸のマンションを建てようとしても建蔽率と容積率によっては、建てられないこともあるのです。特に容積率は床面積を決定するので、土地購入の際には重視されています。
容積率を食うという考え方
容積率が重要と書きましたが、そもそも200戸のマンションを建てられるからと言って200戸のマンションを建てるとは限りません。例えばすぐ近くに100戸のマンションが販売されており、その販売が苦戦しているとします。100戸の販売に苦戦するのですから、すぐ近くに200戸のマンションを建設しても売れないのは容易に想像がつきます。ですから苦戦している100戸のマンションより価格を抑えたり、戸数を減らすことで完売できるように考えます。そのためその土地の容積率からすると200戸のマンションを建設できるにも関わらず、100戸のマンションを建設することも珍しくありませんでした。
ところが1960年代後半に登場した新興デベロッパーのD社は、容積率ギリギリのマンションを建設していました。近隣で100戸のマンションの販売が苦戦していても、容積率が許すなら200戸のマンションを建設していったのです。そんなことをすれば売れ残ってしまうと誰もが考えていたのですが、このD社は驚異的な営業力で売り切っていました。当然ながらD社の営業利益は他のデベロッパーに比べて圧倒的に高く、新興デベだったD社は一気に全国に展開していきました。この販売手法に他デベも追随し、マンション業界では容積率を食う(使い切る)のが常識になっていきます。
関連記事
・容積率は食うもの!? /時代と共に変わった容積率への意識
強引な販売手法
D社の営業スタイルは、とにかく何がなんでも売り切るというものでした。電話帳を使った電話営業が用いられ、営業成績が悪い社員は椅子に座ることも許されずに立ったまま電話営業を続けていました。また受話器と手をガムテープで縛り、見込み客が見つかるまで休みも与えられずに電話をさせるなどの強要が当たり前でした。また上司からは「絶対に断られない営業とは、契約するまで客宅から帰らないことだ」と教えられ、見込み客が帰宅する20時に自宅にお邪魔すると、深夜3時や4時や7時まで相手を寝かさずに契約するまで営業を続けていました。そのためD社には、さまざまな営業のエピソードがありました。
①社員のリモート操縦
ある営業マンが深夜2時まで交渉を続け、断られてしまいました。泣く泣くお客様宅を出て、公衆電話(当時は携帯電話はありません)から部長の自宅に電話して断られたことを報告しました。部長は断られたことに激怒し、さらに公衆電話からではなくお客様宅の電話から掛け直せと怒鳴りつけました。その営業マンは仕方なくお客様宅に戻り、部長から電話をお借りして報告しなければ会社に戻れないと事情を説明しました。その様子を気の毒に思ったお客様は、自宅に上げて電話を貸すことにします。
営業マンが部長に電話すると、部長は「よく自宅に上がりこめたな。これから一字一句俺が言うように話して営業しろ。ここから第2ラウンドだ」と、どのように話すか矢継ぎ早に指示を出していきました。電話を借りて電話しろと言うのは、家に上がる口実だったのです。この社員は、ここから再び交渉を開始して4時過ぎには契約に漕ぎつけたそうです。
②職務質問
深夜まで営業して帰宅する途中の営業マンが、警察官に呼び止められました。住宅街をスーツ姿で大きな鞄を持っているため、空き巣犯の可能性を疑われたようです。この営業マンはついさっきまでマンションの営業をしていたことを話し、マンションを購入することで将来的にどれほどの安心を手に入れられるかを説明しました。そしてそのまま交番に移動し、この警察官にマンションを売ってしまいました。この話は「絶対に諦めなければ、幸運はどこにも落ちている」と、あちこちの支店に伝えられたそうです。
③プロゴルファーの妻
D社の顧客に日本を代表するプロゴルファーJがいました。D社の営業マンはそのJの妻に連絡し、引退した後にも安心して生活ができるようにマンション投資を勧め、複数のマンションの契約に成功します。こうしてJは自分が知らない間に5戸ものマンションを所有することになったのですが、営業マンはさらにマンション購入をJの妻に勧めます。
モデルルームで営業マンはJの妻と商談しますが、これ以上マンションを所有することに疑問を感じたJの妻は、これを断わりました。そこで営業マンは「Jはこの程度のマンションも買えないんですか」「テレビでは大きなことを言ってますが、Jも実際はお金持ってないんですね」と周囲の客に聞こえるように大声で言い、たまりかねたJの妻は再び契約してしまいました。しかし流石にマズイと思ったJの妻はJにマンションを購入してしまったことを告白し、その数にJは唖然としたそうです。こうしてJは不要なマンションを処分し、D社が主催するゴルフトーナメントへの出場を拒否するようになりました。
パワハラと報酬
なぜこのような強引な営業が展開されたかというと、上司からの強烈なパワハラが横行しており毎月の契約を上げないと大変な目にあっていたからです。D社の某支店では、営業成績が振るわないと支店長が「課長集合」などと言って支店長室の全課長を集めていました。すると課長たちは慌ててネクタイを外し、机から別のネクタイを出して締めてから支店長室に向かっていたそうです。これは支店長にネクタイを掴まれて振り回され、投げ飛ばされるので安物のネクタイに交換していたのです。
営業成績が悪い社員にガラスの灰皿が投げつけられ、血まみれになりながら営業の電話を続けたことが伝説のように語られたり、とにかく言葉と力による暴力が当たり前になっていました。なぜこのようなパワハラに社員が耐えられたかというと、多くの場合は上司の指示に従えば契約を取ることができたからです。そして契約が多い社員は高額の報酬を得ることができました。初任給が20万円に満たない時代に、年収1500万円を超える20代の社員がいたぐらいです。パワハラを我慢して愚直に言われたことに従えば、他では得られない高収入を得ていたのです。
独立した人達
D社からは多くの社員が独立し、さまざまな新興不動産業者が誕生しました。仲介だけを行う会社もあれば、不動産デベロッパーとして新規のマンションを販売する会社などさまざまです。独立した人達はD社での経験とノウハウで経営を行い、会社を大きくしていきました。D社で育った人はD社のやり方しか知りません。当然のようにパワハラで社員を追い込み、ギリギリまで追い詰めるやり方で会社を成長させました。
D社の容積率ギリギリのマンションを建設して何がなんでも売り抜くというスパルタ式の経営戦略は、こうして全国に広がっていき、マンション販売はブラックというのが当然のようになっていきました。もちろん現在は、パワハラが行われない会社の方が多数だと思います。しかし未だにパワハラ気質が残っている会社もあり、そういったところが問題視されて報道されているのだと思います。
まとめ
マンション販売の常識を変えたのはD社の驚異的な営業力でしたが、その営業力の背景には高額の報酬とパワハラがありました。そしてD社から多くの不動産会社が独立したため、パワハラ文化も広がっていきました。これにより不動産業界は、ブラックだというイメージが定着しているのだと思います。そのため不動産業界には、かつてのパワハラ体質を懐かしむようなことを言う人がいる反面、パワハラに対する激しい嫌悪感を思える人も多いように思います。ですから、未だに不動産業界でパワハラのニュースが出るのはなんとも残念な気持ちになってしまいます。