アメリカで傾く大林組のマンション /サンフランシスコのピサの斜塔

日本の大手ゼネコンの大林組の子会社が、10年以上前に施工したアメリカのマンションが傾いて問題になりました。サンフランシスコといえばアメリカで最も不動産価格が高い場所として知られていて、そんな場所に建設されたタワーマンションが傾いているのですから、アメリカでも大きな話題になっていました。今回は、このマンション「ミレニアムタワー」の傾きについて書いてみたいと思います。

ミレニアムタワーの概要

住所:カリフォルニア州サンフランシスコ市ミッションストリート301
着工・竣工:2005年着工、2009年竣工
階数・高さ:58階、184m
部屋数:419戸
施主:Mission Street Development
設計:Handel Architects
構造設計:DeSimone Consulting Engineers
施工:Webcor Builders(大林組の子会社)

約6億ドルの開発費をかけたプロジェクトで、サンフランシスコで4番目に高い建物です。複合施設として11階建ての別棟があり、その他にはガラス張りのアトリウムや434台が収容可能な地下駐車場があります。全室完売しており、総売上は7億5000万ドルに達したと言われています。

お金持ちが住んでいることでも有名で、住民にはNBAフェニックスサンズの名フォワード選手ケヴィン・デュラントや、NFLサンフランシスコ49ersのクォーターバックとして伝説になったジョー・モンタナなどが名前を連ね、ベンチャーキャピタルKleiner Perkins Caufield & Byersの創業者である投資家のトム・パーキンス(2016年に死去)も住んでいました。

サンフランシスコという土地柄

サンフランシスコがアメリカで最も裕福な土地と言われる理由は、ベイエリア南部のサンタクララバレー周辺のシリコンバレーへの通勤圏だからです。特にシリコンバレーに近いベイエリアは高所得者が多く住んでいることで知られ、「年収1000万円以下は低所得者」と呼ばれるほどです。賃貸物件の家賃は平均で40万円を超えていて、平均的な暮らしをするには世帯収入が2000万円はないと厳しいと言われています。

賃貸価格がこれほど高騰しているのですから、売買物件の平均価格は1億円を超えていて、5000万円で買える家をネットで探すと40㎡ちょっとの築50年近い家しかありませんでした。ちなみにこの家は、配管の修理が必要と書かれていました。こういった事情のため車中泊をしている人が急増していて、ホームレスが問題視されています。住民アンケートによると、裕福な生活をするには年収4億円以上が必要だと感じていて、アメリカで最もお金がかかる都市の1つと言われています。

ミレニアムタワーの傾き

ミレニアムタワーは2009年に竣工し、2015年に地盤沈下による建物の傾きが発覚しました。詳しい調査を経て、住民に知らされたのは2016年に入ってからです。2016年の調査では地盤沈下は41cm、建物上部で15cm傾斜していることが確認されましたが、2018年の調査では地盤沈下は46cm、傾きは上部で36cmと増加していることが確認されています。これによりマンションの価値は下落し、HOA(住宅所有者協会、日本で言う管理組合に近い)は販売したミレニアムパートナーズを訴えています。またサンフランシスコ市もミレニアムパートナーズを訴えており、その動向は全米のニュースになっていました。

これらの訴えに対して、大林組は以下のような声明を出しています。大林組としてはウェブコーは契約通りに施工し、それを発注者も第三者機関も検査により適切に施行されていることを確認しているとしています。またウェブコーは施工管理のみを担当していて、設計は行っていないことを明言しています。つまり大林組としては、ウェブコーに責任はないとしているのです。

・当社米国子会社ウェブコーが施工した物件に関する一部報道について

なぜ大林組がアメリカで工事をしているのか

大林組の海外事業のはじまり

日本国内には建設業者が47万社あると言われていますが、スーパーゼネコン5社を頂点にした巨大なピラミッド構造を形成しています。そのスーパーゼネコン5社とは「清水建設」「大林組」「鹿島建設」「竹中工務店」「大成建設」で、いずれも完工高が1兆円を超える巨大ゼネコンになります。今回は、その一角である大林組の連結子会社であるウェブコーが工事した、サンフランシスコのミレニアムタワーが問題になっています。

大林組は、日露戦争の開戦の年に韓国の仁川(いんちょん)に支店を開設しています。また1940年には満州大林組を中国に設立して大陸に進出し、東南アジアへも事業を拡大しています。しかし日本の敗戦とともに、一時中断しています。再開するのは1964年で、タイに進出しています。66年にはハワイの仕事を受注して、アメリカ進出の足がかりになりました。そして1978年に現地資本との共同出資によりJ.E.ロバーツ大林を設立し、翌79年にサンフランシスコ市の下水道工事を受注しています。こうして土木工事を中心に、アメリカでの事業を展開するようになりました。

中国への進出

バブル崩壊以後は日本の国内需要が冷え込んだため、海外事業が大きなウエイトを占めるようになります。そして2001年に中国がWTOに加盟し、海外ゼネコンが全額出資の子会社を中国に設立できるようになると、大林組だけでなく多くのゼネコンが中国に進出しました。しかし中国の建設業はライセンス制で、120m以上の高さの建物を建設できるライセンスは海外ゼネコンには発給されませんでした。そのため大型受注が見込めず、中国での建設業は思ったより利益が見込めなくなりました。

さらに2010年9月に事件が発生します。日本のゼネコンであるフジタの社員4人が、中国河北省内の軍事管理区域に侵入して許可なく撮影したとして逮捕されました。一時は死刑もありうると報道され混乱しましたが、4人は無事に釈放されました。この事件を契機に、中国での事業はリスクがあると判断した多くの日本のゼネコンは、中国以外の海外に活路を求めるようになります。

再びアメリカへ

大林組は、今回の騒動の中心になるウェブコーを2007年に買収しています。ミレニアムタワーの工事は2005年に着工しており、大林組は工事中にウェブコーを買収したことになります。また2011年にはカナダのケナイダン社を買収して、北米市場への進出を本格化させています。今回のミレニアムタワーの騒動は、中国から北米へと舵を切った矢先の出来事だったといえます。

ミレニアムタワーの裁判

事業主のミレニアム・パートナーズは工事は適正に行われたとして、責任は自分達ではないことを主張しました。彼らによると、隣接した土地でTJPAによって行われたトランスベイ・トランジット・センター(TTC)の工事が地盤沈下の原因であると説明しました。これに対してTJPAは、TTCの工事着工前から地盤沈下が始まっていたと主張しています。互いの主張が真っ向から対立する形になりました。

これに対して管理組合とも言える住宅所有者協会(HOA)は、ミレニアム・パートナーズ、施工会社のウェブコー、TTCを建設したTJPAに対して補修費用と損害賠償を含めて2億ドル(約260億円)を求めて訴訟を起こしています。複数の裁判が行われているので全てを追いきれてないのですが、TJPAが損失補償をすることで和解したという報道がありました。

繰り返される改修工事

建物が傾き続けているため、原因の究明よりも改修工事が優先されています。しかし改修工事の計画も何度も練り直されており、2021年5月に開始された改修工事が8月には中止されたようです。2022年8月には再び改修工事に合意したものの、傾きが止まらなかったり強風により窓ガラスが割れて飛び散ったりするなど、工事への疑念が何度も言われています。記事によっては「終わりが見えない物語」と書かれており、最終的な解決がどうなるのか、なんとも言えない状態です。

まとめ

大林組のアメリカ子会社であるウェブコーが建設した、サンフランシスコのミレニアムタワーの傾きは続いています。何が原因で傾いているのか確定はしておらず、誰が悪いのかは断定しづらい状況です。ただ個人的には、ウェブコーの責任というよりも設計の問題が大きように感じました。杭の数は約1000本あるようですが、それが摩擦杭のようです。摩擦杭は杭と接する土壌の摩擦力によって建物を支えているため、土壌に変化があると建物を支える力が大きく変わります。本当に摩擦杭で良かったのか、そこに問題があるような気がしています。

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