ほとんどのマンションで建て替えができない理由
古くなったマンションでは、建て替えの議論が始まります。国土交通省が2008年(平成20年)に築30年以上のマンションを対象に行ったアンケート調査では、築40年以上のマンションの40%以上が建て替えの検討中か、以前検討を行ったと回答しています。しかし実際に建て替えを行ったマンションはごく一部しかありません。今回はほとんどのマンションで建て替えができない理由を整理してみたいと思います。
マンションの建て替え件数
国土交通省のデータによると、令和2年現在までに建て替えが行われたマンションは254件、現在建て替え実施中のマンションは30件、そして建て替え検討中のマンションは11件です。
令和元年末時点で築40年以上のマンションが約92万戸あるので、254件はあまりに少ない数字だと言えるでしょう。つまりほとんどのマンションが、建て替えをしたくてもできない現状にあるのです。
10年後には築40年以上のマンションが200万戸を超えると予想される中、これはあまりに厳しい数字だと言えるでしょう。今後はますます建て替えをしたくてもできないマンションが増えると予想され、建て替えできないマンションは修繕を繰り返しながら老朽化が進むと考えられます。しかし修繕積立金が十分になく、修繕すらできないマンションも増えています。マンションが廃墟になるという予想が出ているのはこのためです。
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なぜ建て替えを行うのか
こちらも国土交通省のデータですが、「建替え検討のきっかけ」という項目があります。これを見ると、実に6割以上が「今後の修繕に要する費用を考えて」と回答しており、お金の問題が最も大きいことがわかります。さらに3割は「建物の老朽化が激しく建替える必要が あると考えた」と答えていて、建物の老朽化が深刻になっていることが伺えます。
しかし建て替えに反対された理由を見ていくと、約56%が「費用負担の問題」と答えていて、建て替えを検討する理由がお金の問題なら、建て替えを諦める理由もお金の問題が最も大きいことがわかります。マンションの建て替えは、お金が最も重要な課題になっているのです。
最大の問題はお金
築40年のマンションで建て替えを検討するとしましょう。1980年頃に竣工したマンションです。竣工当時、30代半ばの人が購入したとして、そのまま住み替えてなければ70歳代半ばの人が住んでいることになります。この年齢の人の大半は、収入が年金しかありません。毎月の管理費と修繕積立金の支払いはできても、それ以上の負担は厳しいでしょう。しかしマンションを建て替えるとなると、さまざまな費用負担が発生します。
①マンションの解体費用
②マンション建設中の仮住まいの家賃
③マンションの建設費
これらの金額は1世帯あたり数千万円になります。年金暮らしの人が、いきなり数千万円の負担を求められても支払うことができないことがほとんどだと思います。そのため建て替えは頓挫してしまい、老朽化したマンションがそのまま残されることになってしまいます。
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建て替えが可能だったマンション
それでは建て替えできたマンションは、どうしてできたのでしょうか?住民全員がお金持ちだったというケースもあるかもしれませんが、それは本当に稀有な例でしょう。建て替えできたマンションのほとんどは、容積率に余裕があったのです。容積率400%の土地に300%程度しか容積を使っていないため、建て替え時に現在より大きなマンションの建設が可能だったのです。
容積率
土地の面積に対する建物の延面積の割合を容積率と呼びます。面積が300㎡で容積率が400%の土地があったとします。そこに建物を建てる場合、300㎡×400%=1200㎡となります。つまり床面積の合計が1200㎡以下にしなくてはならないことになります。
現在50戸のマンションを建て替えて80戸にすることが可能になれば、増えた30戸を売却して建設費用に充てることができます。そのため住民は多額の資金負担をせずに建て替えることが可能だったのです。仮に建て替え費用が10億円だった場合、五十戸なので各戸の負担は2000万円になります。しかし増えた住戸を2500万円で売却すれば、30戸で7.5億円になります。建て替え費用は10億円なので残り2.5億円を住民で負担すればよくなり、2.5億円を50戸で割ると500万円になります。各戸2000万円の負担が、500万円で済むようになるのです。
実際には50戸のマンションの建て替えと80戸に増築するのでは建設費用が変わりますし、販売したマンションが順調に完売するとも限りません。売れなくて値下げをすれば、売却利益は下がってしまいます。しかし50戸のマンションを50戸に建て替えるより、80戸のマンションを建てられたら建て替え費用が圧倒的に安くなるのは間違いなく、建て替えを行ったマンションのほとんどは、この方法を使っています。しかし多くのマンションは容積率をギリギリまで使っていて、余っていることがほとんどありません。そのためほとんどのマンションは建て替えができなくなっています。
既存不適格の問題
先に述べたように、ほとんどのマンションではお金もないし容積率もないため、建て替えが不可能になっています。しかしそれ以外にも、既存不適格のため建て替えが困難になるケースがあります。既存不適格とはマンションが建設された時は合法的な建物だったのに、現在はなんらかの理由で法律に適合しない建物になってしまっているケースです。そのため建て替える際には、再び法律に適合させなければなりません。
なんらかの理由とは、都市計画上の用途地域が変更になってしまったり、道路工事で全面道路の幅が変わってしまったり、行政によって容積率が変更されてしまったなど多岐に渡ります。また昭和45年以前は容積率がなく絶対高さの制限しかなかったので、容積率を超えて建設されているケースが時々あります。このように管理組合になんら落ち度がなくても既存不適格になってしまう場合があり、50戸のマンションを建て替えたら45戸にしなければならないこともあるのです。こうなると5世帯が出ていかなければならず、建て替えが困難になってしまいます。
人間関係の問題
マンション内の日頃の人間関係が、建て替えの協議を始めると一気に表面化することがあります。建て替えの議論が始まると、必ず反対する人は存在します。しかし反対の理由が「あの人が賛成しているから反対」「あの人が反対しているから自分も反対」といった、マンションとは関係なく人間関係が反対の理由になっていることがあります。そのため反対派の主張が通って建て替え案が廃案になった後、反対派が冷静さを取り戻して建て替えを検討し始めたりすることがあります。すると今度は推進派が反対して廃案になるなんてことも起こっています。
建て替えの決定は総会で行われ、特別決議によって決定します。特別決議は4/5の賛成によって決議されるため、わずかな反対で建て替えは否決されてしまいます。上記の既存不適格がなく、お金の問題をクリアしても、感情的になったわずかな人達の反対で建て替えが実現しないこともあるのです。そのため日頃の人間関係が重要で、普段から揉め事が多いマンションでは建て替え決議は難しいと言えるでしょう。
建て替えるマンション
このように建て替えは難しいのですが、それでも実現するマンションが少数ながら存在するのも事実です。最近は東京都練馬区の石神井公園団地で建て替えが始まりました。1967年竣工の築50年を超えるマンションで、9棟490戸を全て建て替えています。2020年11月から解体が始まり、2023年9月には8棟844戸のマンションに生まれ変わります。私は11月の末に訪れましたが、すでに附属施設が解体されていました。
東京都渋谷区渋谷にある秀和青山レジデンスも建て替えが発表されました。1964年竣工のヴィンテージマンションとして高い人気を誇ってきたマンションで、こちらも築50年を超えています。地上8階建77戸のマンションですが、建て替えにより26階建に生まれ変わります。竣工は5年後のようです。
このように一部のマンションは建て替えが行われており、マンションの建て替えが不可能というわけではありません。しかし今後は法改正などが行われない限り、ごくごく一部のマンションでしか建て替えは実現しないだろうと言われています。
まとめ
このようにマンションの建て替えはお金の問題が最も大きく、それをクリアしたとしても法的な問題や人間関係などが大きく影響してしまいます。ほとんどのマンションが建て替えを諦めてしまっている現場を見ると、マンションの建て替えは現実的な選択肢に入らないことがわかると思います。そこで期待されているのは法の改正です。建て替えに関して容積率の縛りが柔軟になれば、建て替えがもう少しは増えると思われます。建て替えができないマンションの中には、やがて修繕費が不足して朽ち果てるのを待つだけになるマンションが出てくると予想されます。
ちなみに欧米の状況を見ていくと、そもそも建て替えをほとんど考えておらず、あまり参考になるものがありません。欧米では100年以上の建物が多いのに、なぜ日本では50年程度で建て替えを考えなくてはいけないのか?このテーマに関しては改めて別の記事で書いてみたいと思います。