マンションの断熱はいつ頃から行われているのか /2つの戦争が変えた住宅の断熱
古い中古物件を買う方から、耐震性能に関して大丈夫でしょうか?という質問を受けることが多くあります。古いマンションを買って地震で壊れることを心配している方は多いのですが、その一方で断熱を気にする方は多くいません。古いマンションでは断熱材が入っていないため、結露を起こす心配があるのです。そこで今回は、マンションの断熱はいつ頃から行われているのかを書いてみたいと思います。実は2つの戦争が影響を与えていました。
なぜ断熱が必要なのか
鉄筋コンクリートが主流のマンションでは、今や断熱は必須になっています。コンクリートの特性として、熱しやすく冷めやすいというのがあります。炎天下のコンクリートは焼けるほど暑くなり、雪が積もるコンクリートは氷のように冷たくなるのです。そのため寒い日に部屋の中でどれだけ暖房を入れても外気の冷たさが押し寄せてきますし、夏にはその反対のことが起こります。外気の暑さや寒さを部屋内に伝えず、室内の温度を外部に逃さないために断熱が有効な手段になります。
また結露も大きな問題です。外気によってコンクリートが冷やされ、そこに暖房で温められた空気が触れると結露を起こします。ちょうど夏に冷たい水を入れたコップに水滴がつくように、マンションの壁にも結露によって水滴がつくのです。結露した壁はカビが生えていき、健康問題に繋がります。この結露を起こさない方法として、断熱は有効な手段になります。
マンションの断熱
マンションでは内断熱と外断熱が併用されています。コンクリートの内側に断熱する内断熱は、主に発泡ウレタンを吹き付けることによって行われます。断熱を行うのは、主に外部に面した壁になります。バルコニーに面する壁と外廊下に面するコンクリート壁に発泡ウレタンを吹付け、その上から接着剤を団子にして貼り付けるGL工法と呼ばれる方法で石膏ボードを貼っていきます。そこにクロスを張ることで、いつも目にする壁が出来上がっています。
また最上階の屋根は外断熱で行われているケースが多くあります。屋上を防水する際に断熱材を敷き詰めて、その上にアスファルト防水を行うのです。もちろん内断熱で行っているケースもありますが、外断熱の方が多いと思います。しかし外断熱だけでは、屋上にあるテレビアンテナの基礎の部分などにが断熱できないので、内断熱を併用していることがほとんどです。
日本の断熱の歴史
日本の断熱の歴史は省エネ法が深く関わっています。これから述べる歴史を一覧表にすると、以下の表になります。
前史:北海道で始まった断熱
戦前から戦後にかけて北海道では不燃対策と隙間風対策を兼ねて、コンクリートブロックを使った住居が建設されていました。1950年に北海道防寒住宅建設等促進法が施行され、厳しい寒さの北海道で防寒住宅の促進を促しました。当時の北海道では、オガクズやもみがらなどが断熱材として使われていたようです。1960年に北海道住宅供給公社が設立され、防寒住宅が多く建設されるようになると、気密性が高いため結露が増えて住宅のカビが大きな問題になっていきます。
そこで1969年に北海道防寒住宅建設等促進法が改定され、日本初の断熱性能基準が提示されました。この法改正時に目標として掲げられたのが、結露の解消と暖房なしで室温を0度以上にすることでした。外壁に25mm以上の断熱材を入れることが必要で、この頃から建築用断熱材の開発が盛んに行われるようになります。こうして日本の断熱の歴史は、北海道から全国に広がる形で現在に至っています。
初期:オイルショックと断熱
1973年10月、エジプトとシリアがイスラエルに侵攻を開始して第四次中東戦争が始まります。相次ぐ原油価格の値上げはオイルショックを引き起こし、日本では省エネが流行語になるほどでした。日本国内ではトイレットペーパーの買い占められたり、デパートのエスカレーターが運休になったり、店舗は営業時間を短縮するなどさまざまな混乱を引き起こしました。そのような混乱を避けるために、政府はエネルギーの使用の合理化等に関する法律(省エネ法)を1979年に施行します。
さらに1980年には、省エネ法を元に建設大臣から建築主向けに「住宅の省エネルギー基準」という告示が出されました。これは現在では「旧省エネ基準」とか「昭和55年基準」とか、品確法では「等級2」と呼ばれている断熱基準です。これは義務化されたものではなく、建築主に対して断熱化を努力義務としていました。住宅金融公庫もこれに合わせて断熱の仕様が記載されるようになります。これにより住宅金融公庫からお金を借りる際に、仕様通りの断熱工事が施されている住宅は、融資条件が有利になったのです。
こうして1980年になってようやく、住宅を建設する際には断熱が必要という考え方が全国に広まりました。しかし1980年代のマンションを多く見ていくと、この断熱基準はかなり曖昧に現場で適用されていたように見えます。なにせ努力義務なのですから、絶対にやらなければならないというわけではありません。断熱工事を行っていなかったり、行っていても中途半端だったりで、断熱に対する考え方は今よりもずっと緩かったようです。
バブル景気絶頂の1989年に入ると、ようやく住宅金融公庫は融資条件として断熱工事を義務化します。これにより断熱を行っていないマンションは、住宅金融公庫の融資を利用して購入できないことになります。こうしてようやく本格的な断熱が始まったかと言えばそうでもなく、まだまだ建設現場では今ほど断熱に対して真剣ではなかったようです。90年や91年頃のマンションを見ていくと、断熱が不足しているものが少なくありません。とりあえず断熱をしておこうといった感じのマンションが、まだまだ多く見られます。
中期:湾岸戦争と断熱工事
1990年8月、イラクがクウェートに侵攻を開始します。これに対して国連はアメリカを中心とした多国籍軍の派遣を決定し、91年1月にアメリカ軍を中心にイラク空爆を開始しました。湾岸戦争の勃発です。これにより再び原油価格は高騰し、1990年時点で15ドル/バレルだった価格は91年9月には41ドル/バレルまで高騰します。再びオイルショックの危機が世界を襲いました。
省エネルギーの必要性が言われる中、建設省は1992年に省エネ法を改正するとともに従来の省エネルギー基準を見直して、住宅の断熱性能の基準を強化しました。これは1980年に出された省エネルギー基準(昭和55年基準)の大幅な見直しで、昭和55年基準との違いを明確にするため「新省エネ基準」と呼ばれています。後に定められる品確法では「等級3」に値する基準で、現在でも標準的な断熱性能と言えば、この新省エネ基準を指すことが多いと思います。
近代:地球環境問題と省エネルギー基準
1999年に再び省エネルギー基準は見直されました。見直しの背景には、1997年に京都で行われた地球温暖化防止会議(COP3)があります。ここで採択された京都議定書では、日本は2008年から2010年までの温室効果ガス排出量を、1990年比でマイナス6%とすることになっていました。これを達成するための施策の1つとして、新たな省エネルギー基準が打ち出されたのです。
99年に告示された新たな省エネルギー基準は「次世代省エネルギー基準」と呼ばれています。この年、住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)が制定し、次世代省エネルギー基準は断熱等級4になりました。当時は、この基準により先進国で遅れているとされていた日本の断熱基準が、先進国並みになったと言われました。その後2006年、2008年、2013年と何度か細かな改正が行われていますが、京都議定書の影響が大きかったと思います。
ちなみにこの後、もう一度大きな改正があるのではないかと噂される出来事がありました。2009年9月22日 、鳩山由紀夫首相が国連気候変動サミットで演説し、温室効果ガスを90年比で25%削減すると演説したためです。京都議定書の6%ですら実現が難しいと言われる中で、25%も削減するという途方もない話だったので、次世代省エネルギー基準を上回る基準が義務化されるのではないかと言われていました。
25%削減を実現するには、国内の発電所を全て原子力化は当然と見られていました。しかし2011年に東日本大震災で福島第一原発の問題が発生したことから、原発を停止することになったため実現はほとんど不可能になります。2012年に25%削減の撤回を表明し、その後の自民党政権が25%削減をゼロベースで見直すことを表明したため省エネルギー基準の大幅な改正は起こりませんでした。
断熱性能を決める熱損失係数(Q値)
建物の熱の逃げにくさを表すのが、熱損失係数です。Q値と呼ばれるこの値は1㎡あたりの熱の逃げにくさを表しているため、数字が小さければ小さいほど断熱されていることになります。単位はW/㎡Kです。ここを読んでいる方の多くが技術者でも設計士でもないと思うので、ここでは細かい数値や計算の仕方は解説しません。そこで単に数値が小さい方が断熱効果が高いということだけ覚えておいてください。
そして省エネルギー基準では、日本の国土を8つのエリアに分割して、それぞれ熱損失係数の基準値が定められています。市町村ごとの詳細は国土交通省のページにリンクされています。
このエリアごとの熱損失係数の基準値を旧省エネルギー基準から順に並べたのが以下の表になります。この表ではそれぞれの基準が品確法のどの等級に該当するかも合わせて書いてみました。旧省エネより新省エネ、そして次世代省エネの方が断熱効率が圧倒的に高いことがわかると思います。
まとめ
断熱の歴史は意外と浅く、1980年代までのマンションは断熱工事が行われていないか、行われていても中途半端に行われていることが多くあります。サッシだけを変更して密閉性を高め、最新のエアコンで部屋を十分に温めると結露が激しくなるケースがあります。中古マンションを購入する際には、この点も注意する必要があります。そして断熱の基準は社会情勢により大きく変化してきました。また新たな社会変化が起これば、断熱の基準はさらに変化していくでしょう。断熱が良いほどエアコンの効果は高くなります。リフォームをする方は、断熱改修工事も検討してみてはいかがでしょうか。