マンションを知らない人から買う現実 /私がこのブログを書く理由
現在、マンションは全国に600万戸近くあるそうです。毎年多くの人がマンションを購入していますが、ほとんどの方は建物に関する理解が深くないまま契約しています。なぜそんなことが起こるかというと、ほとんどの不動産営業マンは建物のことを説明しないからで、建物の話をしなくてもマンションは売れるからなのです。
営業マンは売り方・買い方のプロ
マンションを購入しようと思い、見学に行って複数の候補が挙がりました。その場合、誰に相談するでしょうか。知り合いに不動産会社勤務の人がいれば、その人に相談するかもしれません。もしその人が不動産の営業マンなら、あれこれアドバイスをしてくれるでしょう。マンションの立地、将来的な資産性、賢いローンの組み方など、多くの面でアドバイスは役に立つはずです。
しかしマンションの建物そのものについては、どうでしょうか。私は長い間 デベロッパー にいましたが、建物に詳しい営業マンはほとんどいませんでした。例えばコンクリートと モルタル の違いすらわからない人がほとんどで、中には梁と柱の違いすらわかっていない人が大勢いました。これは他業種では考えられないことです。スーパーの店員に小麦粉と片栗粉の違いがわからない人は、ほとんどいないでしょう。しかしマンションの営業ではコンクリートとモルタルの違いすら知らなくても、トップ営業マンになることができるのです。
これは私がいたデベロッパー特有の現象ではありません。他社にしても同様で、モデルルームに見学に行くと私がした質問に対して見当外れの答えをもらうことは珍しくありません。マンションの営業マンはマンションに詳しいわけではなく、マンションの売り方、買い方のプロなのです。もちろんマンションを購入する際に彼らの知識や経験は不可欠で、個人的に営業マンの知り合いがいればマンション購入の際に大いに役立ちます。しかし建物の知識がスッポリ抜け落ちたまま、人生で最も高価な買い物と言われるマンションを購入して良いのかという疑問が常にありました。
建物の知識がなくても売れる不動産
自動車の営業マンは、自社の自動車について詳しく語ってくれます。他社の自動車にも詳しい人も珍しくなく、自動車マニアの意地悪な質問にスラスラ答える営業マンを何度も見かけたことがあります。彼らはローンや登録の知識以外に自動車そのものの知識も必須だと考えていて、販売成績が良い営業マンは自動車に詳しいことが多いように思います。
ではどうしてマンションの営業マンは、建物のことを知らないまま売っているのでしょうか。それは不動産が持つ商品の特殊性が関係しています。不動産は土地に根ざしたものなので、同じ物が2つは存在しません。この1つしかない特殊性が、不動産営業特有の営業方法を生んできました。自動車なら試乗ができますし、食品なら試食ができます。しかし不動産は購入前に1日住んでみるということができません。同じマンションであっても、201号室と202号室では間取りも景色も違います。全く同じ仕様と間取りで建築したマンションでも、建設地が違えば物件の特性が変わってきます。
さらにマンションは人生で最高額の買い物になる人がほとんどなので、資金繰りの問題が大きな壁になります。そこでライフシミュレーションなどが重要になり、建物以外に考えなくてはならないことが多く存在するのです。これらの理由で建物そのもののことは脇に追いやられていき、マンションの営業マンは間取りや住宅ローン、周辺環境や利便性などを中心に話すようになりました。
クレームの何割かは説明不足が原因
デベロッパーが内覧会を行う際に、事前に建築の担当者が内覧にやってくるお客さんにチェックマークを付けていることがありました。これは要注意のお客さんという意味ではなく、要注意の営業マンが担当しているお客さんという意味でした。クレームの何割かは説明が不足していたり、誤解を招く説明をが原因になっていて、クレームを引き起こす営業マンは何度も似たようなクレームを起こすのです。
例えば騒音を気にするお客さんに「防振ゴムが入った床を使っているので、騒音はありませんよ」などと安易な説明をしてしまうと、入居後に話が違うとクレームになるのです。多少の知識があれば、どんな床を使っていても騒音ゼロにすることはできないとわかるはずですが、売りたいという気持ちと遮音性に関する知識の欠如が安易な説明に繋がってしまうのです。
他には2002年に私が営業の応援に行った際に「ここは飛行機がぶつかっても壊れないマンションと聞いたので安心しました」とお客さんに言われて、慌てて否定したことがあります。この時は911テロの直後で、話の流れで営業マンが安易なことを言ったようです。しかし飛行機がぶつかっても壊れないマンションなど存在しません。マンションをそこまで頑丈にすると、軍事要塞のようなほとんど窓もない建物になってしまいます。
このような安易な説明が、クレームを起こす原因になっているのを何例も見てきました。現在、私が受ける相談の中にも、最初の説明が間違っているために誤解してしまってトラブルになっている例がいくつもあります。
役に立たない欠陥マンションのチェックポイント
以前にも書いたことがありますが、世に出回っている欠陥マンションを見分けるためのチェックポイントは、大半が役に立ちません。これらのチェックポイントの中には、やらないよりやった方が良いポイントもあれば、全くの見当外れのものもあります。
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代表的なのが床にビー玉を転がして床の傾きを見る方法で、ビー玉が転がっていっても床が傾いているか、欠陥かどうかは全くわかりません。遮音性を高めた二重床の中には、とても柔らかいゴムの足をつけた床があり、それらは体重60kgぐらいの人が立つだけで床が数ミリ下がってしまいます。またそこまで柔らかいゴムでなくても、家具を置いてあれば床は数ミリ下がっていくので、ビー玉が転がったからといってわかることは何もないのです。
これらのことは、マンションを施工する建築屋にとっては常識です。しかし多くのメディアで簡単に欠陥をチェックする方法として紹介されたため、不安を煽るだけになっています。誤解を招かないように付け加えると、ビー玉を転がす方法を勧めている方に悪意があるわけではありません。単に建物の知識がないだけで、誤解したままビー玉を頃がしているに過ぎないのです。
専門家を称する人達
これまでマンションは多くの人に語られてきましたが、建物そのものに関して語られることは多くありませんでした。せいぜい騒音問題が話題になった時や、欠陥マンションのニュースの際に語られる程度で、その内容も不確かなものが多くありました。
欠陥マンションが話題になると、多くの人が自分のマンションもそうなのではないかと不安になり、社会的混乱が発生することもあります。姉歯建築士の構造計算書偽装事件がその典型で、多くの人が自分が住むマンションの構造計算書の信憑性に疑問を持って不安を募らせました。
しかしテレビ番組によっては、マンションの基本的なことさえ知らない一級建築士がしたり顔で的外れな自説を展開し、不安を煽るだけに終始していました。その一方で本当のことを伝える人はあまりに少なく、不安だけが増殖していきました。
ほとんどの人は建物に関して何も聞かされないまま購入しています。そこに専門家を称する人がデタラメを吹聴すれば、混乱が起こるのは必然でした。夢を見て人生最大の買い物をした人達は、不安と後悔に苦しむことになったのです。これはあまりに不幸ですし、あまりに残念なことだと思います。
入居後もトラブルはあるが
現在、自らのマンションを自ら守るという考えが希薄になっていて、マンション購入後は管理会社任せになっています。多くの人があらゆる問題を管理会社に任せようとしますが、建物に詳しい人が管理会社にいるわけではありません。彼らは総会や理事会の運営など、管理組合がどうやってマンションを管理していくかについてのプロであり、私がいたデベロッパーでも建物に関するトラブルが出ると、管理会社から相談が来て建築的なアドバイスをしていました。
数十年のローンを組み人生で最大の買い物をしたにも関わらず、買うときも買った後も建物に詳しい人の意見を聞くことのない現状は奇異に感じてしまいます。もちろん何ら問題なく過ごせるならそれでいいのですが、現実ではさまざまなトラブルが起こっていて、専門的な意見を聞くことなくトラブルに苦しんでいる様子が見られます。これは本当に残念なことだと思います。
少しでも知識が役立つなら
こんな現状を長いこと見ていて、少しでも私の知識が役立つならと思い、このブログを書いています。世の中に建築の専門家は多くいますが、発信される情報が少ないうえにマンションの専門家の情報はさらに少ないと感じています。中には戸建てと混同したようもの、オフィスビルの知識をマンションに当てはめてしまったものなど、実態とはズレているものも散見されます。
メールなどでちょくちょく質問を受けるようになりましたが、困っている人の多くは身近に相談できる人もおらず、悩んだ末にネットで私のブログを見つけて連絡してきています。このように誰に相談して良いのかわからない、専門家に頼んだのに解決しないといった悩みを抱える人は多く、こういった方々の一助になればと思っています。