欠陥マンションの建て替えの話 /弁護士選びは慎重に
10年近く前の話になりますが、某大手デベロッパーのマンションで欠陥マンション騒動が起こっていました。その際に、某デベロッパーは補修工事を行うことを約束したのですが、住民は建て替えを希望して話し合いは平行線になっていました。
問題になったマンションと発覚の経緯
首都圏の住宅街にあるマンションで、100戸以上のそれなりの規模のマンションです。トラブル発生時、築8年は経過していたと思います。施工は中堅ゼネコンで、そのデベロッパーのマンションの施工を多く手掛けていました。エントランスは豪華で、外装なども含めて、かなり高級なマンションのように見えました。
問題が発生したのは、2年目の定期補修で住民の1人がマンションの構造に疑問を唱えたからでした。その住民は建築士で、マンションの竣工図を見た際に構造スリットが入っていない部位があることに気づきました。デベロッパーとゼネコンが調査したところ、数十ヶ所の構造スリットの不足が発覚しました。構造スリットとは何かというのは、以下の記事を参照してください。
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収束しない交渉と弁護士の登場
デベロッパーは不足している構造スリットを全て入れるために、補修工事を提案しました。工事中は一部の住戸では生活ができないためホテル代はもちろん、迷惑料も提示していました。また希望する住民に対しては、相場価格での買取にも応じることを提案しました。これに一部の住民が反発します。買取は購入時の価格で行うべきと言うのです。しかしデベロッパーは、数年間は住んでいるため購入時の価格での買取を拒否し、これが管理組合との溝になります。
さらに一部の住民が補修工事を行うことに納得せず、解体して建て直すことを主張し始めました。これには他の住民も無理だろうと思っており、デベロッパーも流石に行き過ぎた要求だと拒否していました。これに対して強硬派の住民は裁判を行ってでも建て替えを要求するべきだと主張し、別の住民グループは無理な要求を繰り返して改修が遅れることを懸念しました。そもそも裁判を行うと言っても、引き受けてくれる弁護士がいるのかという話になり、強硬派が弁護士を探すことになります。
案の定、強硬派はあちこちの弁護士に相談しますが、引き受けてくれる弁護士はいませんでした。しかし強硬派は諦めることなく弁護士を探し続け、ついに引き受けてくれる弁護士を見つけました。弁護士が見つかったことにより、建て替え要求が無謀と言っていた住民も賛成にまわり、管理組合としてデベロッパーに建て替えを要求することに決まりました。
弁護士の迷走と分裂
弁護士は理事会と打ち合わせをした後に、デベロッパーと管理会社を呼んで打ち合わせを行い、建て替えることを要求します。この時点で、デベロッパーは弁護士に不信感を持ちました。建て替えをするにしても、まずは総会を開いて建て替え決議をしなくてはなりません。仮にデベロッパーが建替えに同意しても、総会で必要な議決数が集められないと建替えはできません。合意形成は可能なのかとデベロッパー側が質問すると、弁護士の回答は要領を得ないものでした。さらに管理会社を呼んで建て替えの話をするのも変で、管理会社は一言も発することなく打ち合わせが終わりました。
その後、弁護士は理事会で建て替えの打ち合わせを進めようとします。さらに弁護士は、管理会社に理事会に出席しないように求めました。これには管理会社が管理委託契約書を根拠に、理事会への出席をしなくては仕事にならないと訴えますが、弁護士は管理会社がデベロッパーの系列会社なので、打ち合わせ内容がデベロッパーに漏れる可能性があるからと拒否します。何度も話し合いを繰り返した末、建替えの検討委員会を設置して建替えの議論はそちらで行うように管理会社が促し、なんとか落ち着きました。この時点で、管理会社はマンション管理を知らない弁護士だとわかり、警戒するようにします。
そして弁護士は臨時総会の開催を決定しますが、総会は紛糾します。総会で出された議事は建替え決議だったので、解体してから建て替えが完了するまでどこに住めば良いのか、その費用はどうするのか、他で住む際に子供の学区が変わらなければならなくなったらどうするのか、そもそもどの程度の期間を別の住居に住まなくてはならないのかという質問が次々に出ました。これらの疑問に明確に答えられない検討委員会、理事会、弁護士に不信感を覚える住民も出て、決議ができないまま終わってしまいました。
1ヶ月後に2度目の臨時総会を開催し、建替え決議ではなく建替えをデベロッパーに求めることが決議されました。しかし賛成は6割ちょっとしかおらず、残りの4割の人は建替えの具体的な計画を見てから考えたいとのことでした。建替えが決まった場合、自分達の生活がどのようになるか見当もつかないので、判断のしようがないという意見だったようです。最終的に建替え決議に必要な4/5の賛成を得られるのかは、今後の話し合いによって大きく左右される結果になりました。
デベロッパーの決断
当初、デベロッパー側は建替えを拒否していました。しかし弁護士との話し合いが長引き、世間が欠陥マンション問題に敏感になっていることに加えて、弁護士は言外にマスコミへのリークを匂わせるようになると、態度を軟化させていきました。デベロッパーの顧問弁護士は過剰な要求と言っていたようですが、デベロッパーの経営陣はメディアに自社名が出ることを恐れて、建替えを飲むことにしました。
この決定には、合意形成ができないのかもしれないという期待もあったようですし、大規模プロジェクトが動いているため、とにかくメディアに報じられたくないという保身があったようです。しかしこのブログでは何度も言及しているように、メディアに露出してダメージを受けるのはマンション住民も同様です。担当者レベルでは、あの弁護士はヤバいという声が出ていたようです。この時点で、弁護士が介入してから1年近く過ぎていました。
贈与税の問題
建替えのための引っ越しや賃貸マンションの手配、駐車場の手配などの実務的な打ち合わせが弁護士と続きます。また銀行ローンの問題がありました。銀行は現在のマンションを抵当権をつけて融資しているので、勝手に取り壊すことはできません。1つ1つの議題が難航するのですが、これらの問題の多くは弁護士から出てくることはなく、常にデベロッパー側から言い出して議論が始まるという流れが定着していたようです。この頃にはデベロッパー側は、弁護士がマンションに関して詳しくないことを把握していて、弁護士のせいで自分達に火の粉がかからないようにすることに注力していたようです。そんな中、デベロッパー側が新たな問題に気づきます。
話し合いから1年以上が経ち、すでにマンションは築10年近くになっています。ほとんどの住民が新築時に購入しているので、約10年間住み続けています。当然ながらマンションの市場価値は購入時より下がっているのですが、ここで新たに立て直して住民が無償で受け取るとなると、贈与に当たる可能性があるのです。
例えば購入時のマンション価格はは3000万円だったとします。そして10年経って、中古マンションとして2000万円の価値になったとします。しかし建替えて新築になったことで3000万円の価値になったら、1000万円儲かったことになります。この1000万円が贈与と見なされないかとデベロッパー側が気づいたのです。そして弁護士にこの話をするのですが、とんでもない会話になったようです。
デベ「贈与税と見なされた場合、過度な負担になると思うが、どのようにお考えか」
弁「贈与税が発生するか否かは、そちらから国税に確認すれば良い」
デベ「本気ですか?確認したら贈与税を払えって言うに決まっているじゃないですか」
弁「住民は被害者であり負担を掛けられない。贈与税が発生するならば、その費用もデベロッパーが負担するべき」
当たり前ですが、デベロッパーが贈与税相当額の費用を住民に払えば、それにも贈与税が掛かります。住民が支払う贈与税が増えるだけで、何の解決にもなりません。まさかバレないようにこっそり払えという訳ではないでしょうが、これにはデベロッパー側も困惑します。マンションの知識に乏しいだけでなく、一般常識もない弁護士になのかと焦ったようですが、遅々として進まない建て替えに苛立つ住民からのプレッシャーに耐えかねて、言動がおかしくなっているのだろうと考えました。
迷惑料として処理をすることに
デベロッパー側から、この問題の解決策として、別途要求されている迷惑料をなしとし、資産価値が高まった分を迷惑料とすることを提案しました。しかし迷惑料を払わないとなると、住民が納得しないと弁護士は抵抗します。弁護士は迷惑料は迷惑料として支払い、資産価値が増えた分も迷惑料で良いではないかと言います。しかしそれでは迷惑料が法外な金額になってしまい、贈与とみなされる可能性があります。
弁護士は迷惑を掛けているデベロッパー側だから、そちらでなんとか上手い方法を考えろと言う弁護士にデベロッパーは苛立ち、この弁護士とは建設的な話は難しいと考えるようになります。少なくとも現場レベルでは、弁護士は冷静さを欠いて威圧的な態度を崩さず、解決策をほとんど提示できず、どのように進めるかもデベロッパー頼みで「で、次はどうします?」と打ち合わせの度に言うような状態だったようです。そこで意図的に提案を遅らせ、話し合いを長引かせるようにすることで住民の苛立ちを誘い、住民が弁護士を解任するように仕向けることも検討されたようです。
しかしデベロッパーの経営陣は、話を拗らせてメディアに漏れるの嫌がり、なるべく早期に解決するために弁護士と協力することにします。つまりこの時点で、ほぼ弁護士は自分で考えることがなくなり高圧的にものを言うだけで、住民のためにデベロッパーの担当者が知恵を絞って解決するという状態になりました。当然ながら現場のモチベーションは著しく下がったようですが、そこはサラリーマンなのでなんとか乗り切ることになります。先の贈与の問題は、迷惑料を減額することをデベロッパーの担当者が住民に説明し、罵詈雑言を浴びながらも、なんとか解決しましています。
マンション建替えの権威に
こうして、デベロッパー側が打ち合わせの段取りを行い、議事を提出し、どうするべきか説明するという流れになり、弁護士との打ち合わせはデベ側が弁護士に教えるという一方通行になります。弁護士はその内容を自分が主導して決めたように検討委員会に話し、自分の手柄にしていきます。デベの担当者は「言ってみれば『はい、アーンして』と言ってご飯を食べさせおむつを替えて、お風呂に入れてるのに、早くしろとか飯が不味いとか文句ばかり言われている。そしてあの弁護士は、手柄は全部自分のもので、こっちは役立たずみたいに言ってる。もう、やってられません」と愚痴っていました。
この後、実際に建替えが始まってからもあれこれあったようですが、そこは今回の話とは違うので割愛します。全て無事に完了して建替えが完了した後に、この弁護士はマンション建替えの権威のように自身のwebサイトに書いていました。管理組合との取り決めで具体的な物件名は出していませんが、あまりに露骨な内容なので関係者全員が苦笑いしたようです。
弁護士選びは慎重に
最終的に管理組合の思い通りになったものの、元々が無理筋の要求だったので、このような案件を引き受けるのは仕事がなくて困っている弁護士だったのだと思われます。何度も交渉は破綻しかけており、デベロッパーが極端に弱気だったので上手くいったに過ぎなかったので、管理組合は幸運だったと思います。管理組合で弁護士を雇うケースが増えてきていますが、弁護士の話をよく聞いたうえで自分たちに相応しいかをよく吟味しましょう。今は法テラスなどのサイトもあるので、弁護士選びも容易になってきました。仕事がないので専門知識もない案件に飛びつく弁護士に当たらないように、弁護士選びは慎重に行いましょう。