自然は好まれても自然素材はクレームが多いのです
2000年頃、 デベロッパー の品質管理室にいる私宛に石材メーカーの方が訪れました。大理石を中心に化石が含まれていると、クレームになるケースが増えたというのです。それでマンションを買う人達から出るクレームの傾向を教えて欲しいと言います。今でも自然素材がもてはやされていますが、本当に自然の素材が好きな人と自然に見える素材が好きなだけの人に分かれます。どちらが良いかは好みですが、自然素材をオーダーして自然の風合いに文句を言う人が少なからずいるのは困ったものです。実は自然は好まれても自然素材はクレームが多いのです。
化石が嫌われる
石の中でも大理石は化石がよく見つかります。かつては自然素材の特徴として化石はありがたがられていました。しかし化石を嫌う人も一定数いて、私も何度かトラブルを経験しました。オプションで大理石の上がり框を注文したお客様が内覧会で部屋を見て、虫が入っていて気持ち悪いというクレームを出しました。石屋は化石が入っていたことから、見える位置に施工していたのですが、それが裏目に出てしまったのです。
上記の石材メーカーも同じ経験を何度もしていて、化石が入っているという理由で返品が増えたと言っていました。90年代の半ば頃から化石に関するクレームが増えており、化石が見つかると欠陥品扱いになってしまったそうです。また大理石には石の目がありますが、それらもクレームの対象になっていました。
石材メーカーの方は、自然のものを求められているのに自然素材ならではの風合いにクレームがつくのでは、商売にならなくなると嘆いていました。
木目が嫌われる
同じく2000年頃にフローリングの木目に関するクレームが増えました。当時のマンションに使われるフローリングは、突き板を使った複合フローリングが主流でした。合板の上に天然木をスライスした物を貼り合わせたフローリング材で、天然の風合いが出るのが特徴です。
天然であるが故に木目はさまざまですし、色合いも変わります。しかし色合いを合わせるようにして欲しいといったクレーム、または色違いを検品するべきといったクレームが増えていきました。木目に関しても「顔のように見えて気味が悪い」「ごちゃごちゃしていて落ち着かない」といった声もありましたが、現実的に施工現場で色合わせをするのは金額的にも工期的にも難しいものがありました。
そこで登場したのがプリント合板です。木目を印刷したオレフィンシートを合板に貼り付けたフローリング材です。プリントしているため理想的な木目のフローリング材を作ることができます。最初、パナソニックが大日本印刷にプリントしてもらったオレフィンシートを持ち込んで「これでフローリングを作ります」と言い出したときは、何かの冗談かと思いました。しかし見た目は自然素材に見えて、キレイな木目しかないフローリングはすぐにヒットし、今では最も使われるフローリング材になっています。
無垢フローリングはクレームが多い
自然素材の流行で、無垢のフローリング材がもてはやされたことがありました。無垢フローリングは天然木を100%使ったフローリング材で、天然木特有の風合いが魅力です。自然木を使用しているため、部屋の調湿効果もあります。また汚れたら表面を削るだけで新品同様になる利点があり、本来の木の良さを感じることができる商品です。
しかし合板フローリングとは違い、反りや縮みが大きいのが特徴です。材料にもよりますが、人気のパイン材などはカップ反りと呼ばれる波打つような反りが出やすくなります。そのためフローリング同士のつなぎ目に1mm程度の段差ができることもあり、靴下が引っかかったりすることがあります。また収縮することもあり、冬にはフローリングの間に乾燥するとフローリングの間に隙間ができることもあります。またこまめにワックスをかける必要があり、汚れやすいという特徴もあります。
販売時にこれらの特徴を説明するのですが、それでも「これほどとは思っていなかった」「こんなに隙間ができるのは欠陥」「裸足で歩くと足を怪我しそうで欠陥ではないか」といったクレームが多くありました。もちろんこれらを自然の風合いとして楽しんでいる方も多いのですが、合板フローリングと同様の使い勝手の無垢フローリングを求める方も多く、どれほど説明してもトラブルの元になっていました。
これらのクレームを解消するように、ユアサ建材が「オークボーイ」という無垢フローリングを発売しました。ウレタン塗装で木が呼吸しないようにした無垢材で、調湿効果など無垢材のメリットが消える代わりに反りや収縮も起こらないというメリットがありました。これが出た時は市場のニーズに応えた商品とはいえ、なんとも微妙な気持ちになったものです。
木目は時代とともに好みが変わる
これら自然素材を求めておきながら、自然の風合いを否定する人達を批判する向きもありますが、そんな単純な問題でもないと思います。例えば木目の好みはアンティーク家具などを見ても、時代とともに変化していることがわかります。高級木材のメイプル材では虎目とかタイガーストライプと呼ばれる木目が重宝されています。無垢のメイプル材1枚でできたダイニングテーブルで、全面に虎目が入った物などは自動車が買えるほどの価格になります。
しかしこの虎目は1950年代頃までは、気味が悪いと嫌われていたようで、当時の家具や楽器では木目が塗料で塗り潰されていました。古い家具や楽器を修理する過程で塗料を落とすと、見事な虎目が出てきたという話は多くあります。またメイプル材にはバーズアイと呼ばれる鳥の目が集まったような模様があります。メイプル材のごく一部にしか存在しない模様で、こちらも高い人気を誇っています。
これもタイガーストライプと同様で、かつては気味が悪いとして嫌われていた時代もあったそうです。そのためアンティーク家具の中には、造りが凝っていない安い家具に使われていることがあります。自然の風合いではありますが、木目に関する好みは時代とともに変化しており、見方や意識は時代によって変わるのです。私は石材にはそれほど詳しくないですが、恐らく石材も時代とともに好みが変化していると思います。
日本と欧米の価値観の違い
日本のマンションは洋風建築を取り入れる形で進化してきましたが、そもそも欧米と日本では価値観が異なるためマンションの中で文化の衝突が起きています。例えばフローリングは欧米の靴文化と関係しています。室内を靴で歩くことが多い欧米では、フローリングに1mm程度の段差があろうが、ほとんど気にしなくて済みます。日本では裸足で歩くから、その段差が気になるのです。また日本人の多くはフローリングの床に寝転がりますが、これも欧米ではあまり見られない光景です。ラグを敷いて寝転がる人はいますが、基本はソファに寝転がります。日本では畳をフローリングに置き換え、畳と同様の使い勝手をフローリングに求めるので、このような意識の違いが生まれるのです。
また日本では大理石は、外装材に使えないと考える建築関係者が多くいます。大理石は水を吸って染みになり、汚れると汚れが落ちないからです。しかしヨーロッパの古い家には、外装材に大理石が使われているケースが多くあります。雨や汚れが染み付き、時には植物の色が付着した大理石が建物の古さを表し、伝統の証明になるからです。これは日本では、あまり見られない考え方です。
自然素材はよく調べてから使おう
最近はリフォームで自然素材のフローリングなどが売れているそうです。私も無垢の床は好きなので、こういった商品が売れていることを嬉しく思います。しかし相変わらず「こんなに反るとは思わなかった」というクレームも起こっているようで、業者の説明不足や顧客の理解不足が原因でトラブルになること少なくないようです。
自然素材は使う側に手間がかかります。拭き掃除やワックス掛けなど細かいメンテナンスが求められますし、一方でノーメンテナンスで汚れた風合いを楽しむこともできます。無垢の木材はジーンズや革製品と同じで、使い込んでいけば自分だけの風合いを出すことができ、育てるという楽しみがあります。好きな人がそれを理解したうえで使うと、生活に楽しみが増えると思います。