電力自由化とマンション /破綻が続く新電力の問題点
電力自由化の波はマンションデベロッパーにも及び、新電力の営業が多くやって来ていた時期があります。そしてマンションも既存の大手電力会社からだけではなく、自由化された電気を受け入れることになりました。今回は新電力がマンションに使われるようになった経緯と、新電力の破綻が相次ぎ見直しを迫られている現在の状況を解説したいと思います。
電力自由化とは
バブル景気崩壊後の日本で、電力事業の高コスト構造などが問題視され、競争原理の導入が議論されました。そこで諸外国に倣う形で1995年に電気事業法が改正され、徐々に自由化が始まりました。しかし当時はほとんど注目されていなかったと思います。何せ95年は激動の年でした。当時の政府は村山内閣で従軍慰安婦問題が後を引いていましたし、1月には阪神淡路大震災、3月には地下鉄サリン事件と國松警察庁長官狙撃事件があり、8月にはウインドウズ95の発売で経済が浮かれ、9月には沖縄米兵少女暴行事件で怒りが蔓延していました。このような時期に電力が自由化されたと言っても、さほどニュースにも話題にならなかったのは当然だと言えるでしょう。
99年に「特別高圧」区分の大規模工場やデパート、オフィスビルなどが電力会社を自由に選ぶことができるようになり、2004年には「高圧」区分の小売自由化がスタートします。2005年には日本卸電力取引所(JEPX)の取引が開始され、当日市場、一日前市場、先渡市場などさまざまな市場に分かれて自由に取引ができるようになりました。しかし高圧電力の自由化は政府が思ったほど活性化せず、電力自由化は広がりませんでした。ほとんどの企業は既存の大手電力会社を利用しており、インフラを変更することへのリスクを心配していたのです。しかしそんな雰囲気を変える出来事が起こります。
2011年に東日本大震災が起こり、原子力発電への不安が一気に高まりました。さらに2015年の国連気候変動枠組条約国会議(COP21)で温室効果ガス削減を定めたパリ協定が締結され、環境問題への関心が一気に高まりました。さらにこれを機に電源構成の枠組みが見直しが注目され、環境負荷が低い液化天然ガス(LNG)や、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーに注目が集まります。電気に関心が高まるようになると、電力自由化が環境問題に寄与しているという認識から注目されるようになります。そして2016年に電力小売の全面自由化がスタートし、さまざまな事業者が参入するようになりました。
マンションに及ぶ電力自由化の波
私がマンションデベロッパーにいた頃、新規参入した小売電気事業者、いわゆる「新電力」からの営業が盛んにありました。2008年頃だったでしょうか。この頃に営業をして来たのは、多くが特別高圧による一括受電でした。電気は電圧により特別高圧、高圧、低圧に分けられます。本来、高圧は鉄道会社や大規模な工場で使われる電圧の高い電気です。
最も電圧が高い特別高圧は、最もkwh辺りの価格が安い電気です。そこでマンションに特別高圧の変圧器を設置し、安い電気をマンションで利用しようというものでした。7000Vを超える電圧を扱う変圧器は巨大で、マンションの共用部に巨大な部屋を作ってそこに設置することになります。変圧器の側に立つと全身の産毛が逆立つような感覚があり、私は30分のいると体調が変になりそうな気分になります。
特別高圧の設備を見学した上司は、電磁波を全身で体感して「あんなものマンションに設置しちゃダメだ」と言っていたのですが、営業面で従来のマンションと差別化ができるという理由でいくつかの物件に採用することになりました。しかし設備投資の割にメリットが少なく、毎月の電気代を数百円安くするために数百万円のイニシャルコストを払う理由が曖昧でした。それでも営業上の理由の方が優先されていきました。
やがて高圧の供給も始まり、全ての物件ではないですが一部のマンションで新電力を採用するようになりました(私が必ず反対するとわかっていた上司が、私がいない場所で決定していました・・・)。ただ社内でも賛成派と懐疑派がいて、積極的に採用するというほどではありませんでした。生活に欠かせないインフラを、実績のない会社に任せることに二の足を踏む人が一定数いたのです。また営業の現場でも、強力なセールストークにならないという声もありました。
加熱した新電力
規制緩和により大幅な設備投資が不要で、すぐに始められる新電力には新規参入が相次ぎました。2021年末には電力供給会社は700社を超えており、多くの人が新たな市場に可能性を感じていたことがわかります。鼻息が荒いベンチャー企業も多く、私は複数の会社から話を聞いたのですが、導入しない理由がないと言っていました。参入する業者の目にはブルーオーシャンが広がっていて、必ず儲かると思い込んでいるようでした。
例えば第4次中東戦争の際には、1年で原油価格が400%も高騰しました。近年でも2008年には原油価格の高騰が起こり、それまで1バレルあたり20ドル前後だったWTI原油価格が100ドルぐらいまで値上がりしました。また各家庭の使用量が上がり、需要が供給量を上回ることも考えられます。そういった外的要因で価格が高騰して供給できなくなることはないのか?といった質問をしたところ、某新電力会社の社長から「ありえない」「わかってない」「ナンセンス」と、バカにしたように言われたりしました。その某新電力会社は、今年に入ってウクライナ紛争などが原因で事業の継続ができなくなったと会社を畳んでいます。
また、マンションが特別高圧の一括受電を行っていて、その後に電気を供給する会社が倒産するなどしたらどうなるのか?という質問に対して新電力の多くは、既存の大手電力会社が電気を供給するからリスクはないと説明していました。しかし私がよく知る大手電力会社の営業などに問い合わせると、一括受電から通常の小口契約を戻すことはできないので特別高圧で供給することになり、電気料金の検針や料金徴収は管理組合で実施してもらうことになると言われました。これは大きなリスクだと思いますが、某新電力からは「ありえない」「デタラメだ」と言われました。今となって考えてみると、当時の業界が舞い上がっていたのだと思います。
新電力の破綻
新電力の問題点の1つは、利幅が少ないため原油価格高騰などで電気の卸売価格が急激に上がると、利益がさらに少なくなることです。ジワジワ卸売価格が上がるなら新電力も電気料金を値上げして利益を確保できましたが、2021年の異常気象、2022年のウクライナ紛争で急激にLNG価格が高騰して電気料金が高騰すると、新電力は値上げが間に合わずに利益が消し飛んでしまいました。さらに卸売価格がダイレクトに反映する市場連動型プランは、2020年頃までは消費者にとって格安で電気を使えるプランでしたが、価格高騰により導入ていた消費者には、急激な電気料金の値上げに不満が高まりました。
電気料金が前月から2倍になれば、ほとんどの家庭が慌てると思います。しかしウクライナ紛争の余波は、電気の卸売価格を数倍に跳ね上げたうえに高止まりになっています。電気料金の高騰で消費者の不満がたまるだけなら良いのですが、払えない家庭も出てくるため未払いが多くなります。また消費者の不満を抑えようと頑張った新電力は利益が消し飛んでしまい、早々に撤退を始めました。2021年3月に新電力最大手のF-POWERが破綻すると、ここから他社でも破綻や事業撤退が相次ぎました。
電気難民の救済
これらの市場不安により、2022年5月の調査では高圧・特別高圧を供給している新電力54社中、40社が新規契約受付を停止しており、10社が条件付きで新規受付を行なっているようです。またこれらの価格高騰により、既存の大手電力会社への出戻りも始まりましたが、大手電力会社の多くは特別高圧契約の法人契約を拒否しているところも多く、工場などが値上げの打撃を受けているようです。
しかし電気難民を出すわけにもいかず、最終的には電気会社の標準価格の2割増で供給する最終保証供給で契約するケースが増えており、マンションでも新電力の破綻によって最終保証供給で契約するところが増えています。数%電気料金が安くなると言われて新電力と契約した結果、2割増の電気料金に切り替えることになってしまったわけですが、仕方がないといったところでしょう。
アメリカでも同様の問題が
アメリカでは1998年に電力の自由化が行われましたが、その影響で2000年にはカリフォルニアで停電が相次ぐ事態に陥りました。電気の卸売価格が高騰して新電力が電気を調達できなくなり、その結果として輪番停電を実施することになったのです。これは現在の日本の事情によく似ています。そして2011年には巨大エネルギー企業のエンロンが粉飾決算を行なっていたことが発覚して倒産しています。この時、エンロンは卸売価格を高騰させて高い利益を得ようと、意図的に発電所を止めて価格の吊り上げを狙ったことがわかっています。
そして現在では、テキサス州では寒波の影響により風力発電施設の凍結や、天然ガスの供給不足などが加わり、電力が不足するようになりました。酷いケースでは1週間の電気代が100万円を超える場合もあるようで、かなりの混乱が起こっています。高額すぎて払えない人が多く、集団訴訟も起きていますが契約通りの金額を請求されているだけなので原告には厳しい裁判になると言われています。
まとめ
新電力のビジネスモデルは、急激な電気料金の価格変化に対応できませんでした。ビジネスの根幹に関わる部分なので、ビジネスモデルそのものを見直さなくてはならないでしょう。私が新電力ビジネスに懐疑的な目を向けていた時は、中東戦争を念頭に置いていました。日本が輸入している原油の80%が通過するホルムズ海峡は常に危険な状態で、各国はイランが核開発をしているのではないかと疑念を抱いていますが、それを強引に調査するならホルムズ海峡にタンカーを沈めると脅しています。今回のウクライナ紛争がなくても、日本のエネルギー事情は綱渡りでバランスを保っています。私の家も新電力に変えているのですが、基本的なインフラは目先の価格よりも長期的な安定性を考えるべきなのだと思います。