東洋ゴムの免震ゴム偽装問題を振り返る /繰り返された偽装と遅れた発表

以前、免震構造の基本的なことを書いたのですが、その時に東洋ゴムの免震偽装事件のことをブログに書くようリクエストされました。そこで今回は東洋ゴムの免震ゴム偽装問題を振り返る記事を書いてみたいと思います。東洋ゴムの偽装は長年にわたり、複数の偽装を行っていました。さらに経営陣は偽装に気づいた後も免震装置の出荷を続け、被害が広がることになってしまいました。東洋ゴムの繰り返された偽装と遅れた発表について、詳しく見ていきましょう。

事件の概要

2015年3月12日、東洋ゴム工業(株)(現トーヨータイヤ)が、国土交通省に建築用免震積層ゴム(以下免震ゴム)が、大臣認定の性能評価基準に適合していないまま販売していたことを報告しました。このことはすぐに報道され、免震マンションの住民は騒然とすることになります。規定の性能を維持できていない免震装置が、自分が住むマンションの足元にあるかもしれないのです。不安と動揺が広がりました。

※国会で国土交通大臣に謝罪する東洋ゴム社長

免震構造の基本的なことに関しては、過去記事を参照してください。

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3つの偽装が行われていた

東洋ゴム工業で行われていた免震装置に関する偽装は、3つありました。それぞれが深刻な偽装で、会社ぐるみの偽装工作があったと疑われるに十分な内容でした。その偽装の内容をそれぞれ説明します。

①大臣認定の不正取得

東洋ゴム工業の免震装置は、2000年12月から2012年2月までの間に,計24件の国土交通大臣の認定を受けていました。東洋ゴム工業の子会社にあたる東洋ゴム化工品(株)の開発技術部で免震装置の性能検査を担当していた従業員Aは、技術的根拠のない数値を申請書類に記載して、性能評価基準を満たしていると偽装していました。従業員Aが不正に記載した数値は20件にも及びます。

②検査結果の偽装

東洋ゴム加工品(株)の従業員Aと、その後任者にあたる従業員BとCは、性能検査を行う際に技術的根拠のない補正を行って、性能評価基準に適合していると報告して出荷していました。東洋ゴム工業が免震ゴムを設置した 全209物件のうち154物件(全5,725基のうち2,730基)が、性能基準に達していなかったことがわかりました。

③検査成績書の偽装

東洋ゴム化工品(株)の品質保証部では,出荷する全ての免震ゴムの性能数値と合否判定結果をまとめた検査成績書を作成し,出荷の際にそれを顧客に交付していました。品質保証部品質保証課の従業員Dは、2001年1月から2013年3月までの間に検査成績書を作成する際,開発技術部から受領した数値をそのまま転記せずに、数値を書き換える不正を行っていました。その数は合計68物件にも及びます。

事件発覚の経緯

①東洋ゴム化工品(株)での経緯

2012年8月から従業員Aと共に免震ゴムの開発・設計を担当した従業員Bは、 性能検査で行われている補正について疑問を持つようになります。技術的な質問を従業員Bにしますが明確な答えを得ることができなかったため、開発技術部長に補正の考え方があやふやで、何を正とするべきかわからないとメールしています。しかし開発技術部長からは、なんのリアクションも得られませんでした。

従業員Aが異動になり、従業員Bが免震装置の性能検査担当になります。そこで従業員Bは、数値の補正には技術的根拠がないという疑いを強く持つようになりました。そこで上司に報告しますが、上司から対応の指示はなく放置されてしまいます。そのため2013年末から2014年初めにかけて、従業員Bは従業員Aに対して、補正の技術的根拠を再度質問します。そして従業員Aは、補正に技術的根拠がないことを認めました。

2014年2月従業員Bは、この件を取締役兼技術・生産本部長に報告しています。生産本部長は問題の重要性を感じて、社長に報告しました。こうして東洋ゴム加工品(株)の経営陣は、重大な偽装が社内で起こっている事実を認識することになります。

②東洋ゴム工業(株)での経緯

2014年5月12日、東洋ゴム工業(株)の免震ゴムを担当している取締役1は、東洋ゴム化工品(株)から不正疑惑に関する報告を受けます。これまでに出荷した免震装置を適正に再計算したところ、多くの製品が性能基準を満たしていないことがわかりました。その内容は7月8日に、東洋ゴム工業(株)の他の取締役らに報告されます。

8月18日に行われた本社会議で新規受注を中止する方針が決定し、8月25日の本社会議で、性能検査における補正方法を変更することが報告されています。ここから何度も補正方法を変更して、性能基準に適合するかしないかが議論されています。その結果、10月23日の本社会議で補正方法をどのように行っても、性能評価基準に適合していない製品が多数あることが確認されました。しかし取締役会は、国土交通省に報告も既存の物件を解体して建て直すことも、リコールも不要であることを確認することを今後の方針として決定しました。会社としては引き続き、補正方法の検討を続けます。

2015年に入り、あらゆる方法を用いても性能基準に適合しないことが明確になっていきます。2月2日に弁護士に相談したところ、出荷停止にするべきとの助言をもらいますが、2月2日から4日にかけての出荷は行われました。出荷停止を決定するのは2月6日で、2月9日に国土交通省に報告することになりました。

偽装に至った原因は何か

複数の原因が重なった結果、偽装が行われたと言われています。外部調査委員会などは多くの原因を挙げていますが、主だった3点を書いていきます。

①技術力の低さ

東洋ゴム工業は、性能評価基準に達する製品を製造することができませんでした。国交省委員会(2015)は「開発は容易でなかったにも関わらず,同じ性能レベルの製品を既に開発していた先行他社に追いつくため,社内ルール通りの手続きを踏まないなど拙速に開発を進め・・・」「所要の性能を有する製品を適切に製造する技術力が不足していたと言わざるを得ない」と手厳しく指摘しています。

この技術力の低さの原因として、社内の縦割り意識の強さも指摘されています。研究所が決めた材料の配合に関して、工場は見直しをすることも研究所と相談することもできませんでした。問題が露呈するきっかけになった従業員Bは、社内の縦割り意識の強さが問題だったのではないかと国交相の調査で述べています。

②技術経営力の不足

試作段階で性能基準に適合する製品がなかなか作れず、他社に配合技術を教えてもらおうという議論もあったそうです。しかしそれが自社開発になった経緯について、このことについて社外調査チームは「自社の能力不足やそれにより生じるリスクを十分に検討することなく免震積層ゴムの事業を開始・推進した結果といえる」としています。

東洋ゴム工業(株)の経営陣が免震装置の開発に関して議論した跡はほとんどなく、社内で比重が小さい事業(つまり儲からない事業)だったため、経営陣は無関心だったと考えられます。その結果、さほど売上に貢献しない事業によって会社の信頼を損なうという、経営として最悪の事態に陥ってしまいました。

③部署間の力関係

東洋ゴム工業(株)では、伝統的に製造部に力があったそうです。そして営業部門も強い立場にあり、相対的に開発技術部は弱い立場にあったと言われています。検査結果の偽装を行った従業員Aは、工場の製造能力の関係で試験体の製造が間に合わないと報告すると、上司から「基準内に収まる試験結果を得ることができないのであれば,かかる試験結果が得られたものとして申請資料を作成するように」と、不正をするように指示されたことを証言しています。この上司は元営業部で、営業部が大臣認知を早く取得することを希望していたことから、この上司を通じて営業部から圧力があった可能性が示唆されています。

また従業員Aは、製造部からの心理的圧力があったことを証言していて、「製造部には非がないから数字を入れろ」などと言われていたと言っています。そのため従業員Aは「いかなる方法を用いても,免震積層ゴムの性能指標を大臣認定の性能評価基準に適合させる必要があると考えた」と答えています。このように社内の部署の力関係が、不正に繋がった可能性があります。

偽装発覚後にどうなったか

①厳しい世論と批判

東洋ゴム工業の社長を含む取締役5人が辞任を表明しましたが、批判は収まりませんでした。特に批判が集中したのは、東洋ゴム加工品の取締役が偽装の可能性を知ってから、公表するまでに1年も要したことです。その間に偽装された免震ゴムは出荷が続き、あちこちの現場に納入されていました。不正がある可能性を知りながら、あまりにお粗末な対応だったというわけです。2007年には断熱パネルの性能偽装が明らかになったばかりなのに、なぜ免震ゴムの性能偽装の対応も遅れたのかは大きな注目を集め、過去の失敗を活かせない企業風土に問題があると言われました。

東洋ゴム工業製の免震ゴムを設置していたマンションの住民は不安と怒りを覚え、改修工事の説明会では怒号が飛び交うこともあったようです。東洋ゴム工業は費用を全て負担して性能基準に満たない免震ゴムを交換しましたが、毎期のように特別損失を計上して累計が1400億円を超えました。

②司法の対応

大阪府警は2014年10月に本社会議で、性能基準に達していない製品が多く出荷されていることを認めつつ、国土交通省への届出やリコールを行わないことを決定したことに注目しました。この会議では「性能評価基準に適合しない物件数を10未満とすることを理想として技術的検証を継続すること」「適合しない物件の安全性を確認すること」「国土交通省への報告も物件の建替えも不要であると確認すること」を今後の基本方針としました。大阪府警はこれを経営陣による故意の偽装だとして、2017年3月に不正競争防止法違反の疑いで元社長ら18人を書類送検しました。

しかし2017年7月に大阪地検特捜部は、不起訴の判断を下しました。会議で示されたデータの意図的な改竄方法や、補正のための計算方法が専門的であり複雑なため、経営陣は理解できていなかったと考えられたようです。そのため何が問題なのか理解できない経営陣が、どうして良いかわからず時間だけが過ぎていった経緯が垣間見える展開になってしまいました。その一方で大阪地検特捜部は、不正防止競争法違反で、東洋ゴム化工品を法人として起訴しました。また枚方簡易裁判所は「個々の担当者の不正にとどまらない会社ぐるみの犯行」として、東洋ゴム化工品に1000万円の罰金を言い渡しています。

まとめ

日本中を騒がせた免震ゴム偽装事件ですが、技術力がない会社が無理をしたことに加え、部署内の力関係によって検査が1人に任せきりになり、チェックする人もいなかったため発生したと考えられます。そして問題の大きさを理解できなかった経営陣により、多くの時間を浪費してしまいました。そのため欠陥のある製品が多くの現場に納入され、大きな騒動になってしまいました。東洋ゴム工業は、わずかな利益しか上げていなかった免震装置によって会社の信頼を失墜させることになり、5人の取締役が引責辞任しました。繰り返された偽装と遅れた発表は、会社にとって大きなダメージとなりました。

免震ゴムとは直接関係ないですが、2015年には防振ゴムのデータ改竄が発覚しています。また2017年にはシートリングの納入の際に検査を実施せずに、過去の合格データを丸写ししていたことが発覚しています。こちらは検査を担当した社員が「測定が面倒だった」と供述していることから、会社ぐるみではないと判断されましたが、東洋ゴムにとって苦しい弁明を繰り返すことになります。その後、会社名をトーヨータイヤに変更して新たなスタートを切っています。

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