1本のドライバーでわかる修繕業者の実力 /道具は語る
マンションに修繕に来る業者は、大体同じ会社になっていることが多く、不満を持っている組合もあるようです。工事費が高い気がするといったお金の問題であったり、腕を疑問視するケースもあります。今回は手摺の修繕の際にマンションに呼ばれた時の出来事です。
台風で壊れた手摺
このマンションでは台風の際に、バルコニーや廊下のアルミ手摺が破損していました。風で薙ぎ倒されるようになっていたり、飛んできたものが接触して壊れたりと、古いアルミ手摺が何箇所も破損したのです。保険の申請などで工事が遅れに遅れ、私が別件で伺った日に工事を行っていました。そこでついでに手摺工事の様子を見て欲しいと言われ、完了検査ほどしっかりしたものではなく簡単なチェック程度ならと引き受けました。
掛かりつけの業者への不信感
修理に来ていた業者は、管理会社がいつも使っている修繕業者でした。理事会は修繕費用が高いと以前から思っていて、さらに修理の仕方が雑だと思っていたようです。そこでチェックして欲しいと私が依頼されたのでした。ところが修理を始めたかと思うとすぐに、職長が出かけると言い出しました。なんとドライバーを忘れたと言うのです。しかも忘れたのは2番のドライバーでした。
電動ドライバーを使うのではないかと尋ねると、電動ドライバーが入らない場所があり、そこは手動でネジを締めるのだそうです。ところが昨日の現場に2番のドライバーを置き忘れてしまったようで、買いに行ってくると言います。2番のドライバーは最もよく使うドライバーなので、それを持たずに何をしに来たのかと思いました。
ドライバーの種類
ドライバーにはプラスとマイナスがあるのは、よく知られています。さらにプラスとマイナスのそれぞれにサイズがあることは知っていても、それを意識する人は少ないと思います。しかし作業をするうえで、ドライバーのサイズは極めて重要になります。特にプラスドライバーは、サイズを意識しないとネジの頭にある十字の溝(工具穴とか締付駆動部と呼ばれます)を破損する「ナメる」ことになってしまいがちです。
プラスドライバーの種類は、1番から3番までの3種類(正確には4番もありますが、住宅で使うのを見たことがありません)です。1番が最も小さく、3番が最も大きくなります。ネジの十字溝の大きさによって使うドライバーが変わるのですが、マンションの修繕で最も使う頻度が多いのは2番になります。マンションに限らず自動車の整備でも2番が圧倒的に多いですし、組み立て家具なども2番が圧倒的に使うことが多くなります。そのため大抵の場合は、プラスドライバーは2番を持っていれば多くの場合は事足りることになるのです。
このような事情から2番のドライバーを持たずに手摺の修理に来た業者に、ちょっと呆れてしまいました。1番や3番のネジが手摺にあって、たまたま今日は1番や3番を持っていないと言うならわかりますが、2番を持っていないというのは準備不足が甚だしいと思いました。
買ってきたのは100均ドライバー
30分ほどで職長は帰ってきたのですが、手にしていたのは100均ショップで売っているドライバーセットでした。ホームセンターも遠くない場所にあるのに、100均ショップでドライバーを買ってくることに驚いて「そんなので大丈夫ですか?」と尋ねました。意味がわからないという顔をしているので「ホームセンターで、ちゃんとしたドライバーを買わなくてよかったんですか?」と質問すると、「ドライバーなんて高くても安くても変わらないよ」という回答だったので、私は再び驚かされました。
100均ショップで売っているドライバーセットと、ホームセンターで1本数百円で売っているドライバーでは、全くモノが違います。後者をドライバーだとするなら、前者はドライバー風の何かでしかありません。何が違うかというと、先端の十字部分の工作精度と強度です。
100均ショップのドライバーの先端は、微妙にサイズが違ったりします。そのためネジに刺した時に、十字溝とドライバーの間に微妙な隙間ができることがあります。隙間ができると溝全体ではなく部分的に力が加わることになり、ナメるリスクが高まるのです。そもそもネジには、工作精度が高いとは言えないネジが混じっています。ネジの十字溝の幅や長さが微妙に違うことがあるのです。工作精度が低いネジを工作精度が低いドライバーで締めると、ナメてしまう確率は高くなってしまいます。
今回は手摺なので精度が低いネジが混じっているとは考えにくいですが、それでも精度が低い100均のドライバーを使うのはリスクがあります。しかし大丈夫だと職長が言い切るので、そのまま任せて見ることにしました。
潰れたネジ
夕方には作業が完了し、完了検査を行うことにしました。全体に歪みや曲がりがないか、固定はきちんとされているかなどを確認し、最後に100均のドライバーで締めた端部のネジを確認していきました。すると3本ほどがネジの頭がナメていて、プラスドライバーを刺すと空回りしてしまいます。ネジを交換するように言うと、業者は使い勝手には問題ないと反論してきました。
確かに手摺の使い勝手には全く問題がないのです。しかし再び突風などで壊れて修理する際に、余計な手間賃を請求されかねません。それにネジを潰したのは業者ですし、潰れていない状態で取り付けることを管理組合が請求するのは当然のことです。こんなことを言われたのは初めてだと怒り出しましたが、言われたことがないからドライバーを忘れて現場に来たり、100均ショップのドライバーを使うようなことをしていたのでしょう。
掴みかからんばかりに抗議されましたが、理事長も私の意見に同意してネジを交換するまで工事の完了は認めないことにして、それまで支払いはしないと言いました。その日は道具がないとのことで、後日改めてネジの交換を行うことでその場は決着しましたが、翌日には管理会社から理事長に電話が掛かってきて「あまり業者をいじめないでください」と言われたそうです。以前からあった理事会の業者への不信感はさらに高まり、管理会社に対して業者の見積もりが高すぎることと、工事の技量に疑問があるため、今後は複数の業者から見積もりを取ることになったようです。
道具の良し悪しは技術を見る鏡
どんなに腕が良くても、道具が悪いとその技量を発揮できません。今回の出来事はドライバーが原因でしたが、100均のドライバーで済ませようと思ったということは、良い道具を使っても大して変わらない技量しか持ち得ないことがわかります。そもそもちゃんとしたドライバーは、大した金額ではありません。建設現場ではベッセルという国産のドライバーを使う人が多いのですが、1本あたり数百円で購入できます。高価な工具ならともかく、数百円の工具を用意できない時点で技量が知れてしまうのです。ですから完了検査でドライバーで締めたネジをチェックしましたし、チェックしたらネジをナメてしまっていました。
大工、左官屋、電気工などどの業種でも、腕が良い人は道具をキチンと揃えていますし手入れもされています。コンクリートを削るハツリ屋など力任せでできそうな仕事であっても、腕が良い人はノミの先端を綺麗に研いでいます。もちろん腕は道具だけで決まるわけではありませんが、必要な道具を揃えていない職人の腕が良いはずがないのです。
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まとめ
良い道具を持っていれば良い仕事ができるわけではありませんが、道具を蔑ろにして良い仕事ができるはずもありません。この手の話では「道具じゃなくて腕の問題」と主張する職人は多いですが、私が見てきた腕の良い職人は皆道具を大事にしていました。また反対に「道具を見れば腕がわかる」と言う職人も多くいます。ここに出てきた手摺業者は、100均のドライバーを使っても精度の高いドライバーを使っても違いがわからなかったのです。感度が鈍いということは、腕もそれなりです。私も職人の腕は道具を見ることで、ある程度わかると思います。