事例:流血騒動になった修繕工事 /契約書の重要性

友人の親が住んでいるマンションで、大規模修繕工事のトラブルになっているから手を貸してくれないかという相談が知人からあり、話だけ聞いてみることにしました。業者が説明会を開くので、そこに立ち会って欲しいというスポットの依頼でしたが、いつもお世話になっている方からの相談でもありましたし、きちんと費用も払ってくれるとのことだったので立ち会うことにしました。しかし結果的に予想外の方向にこじれていき、私にはあまりお役に立てない案件になってしまいました。

マンションの概要

築38年の都内某所のマンションです。戸数は40戸程度で、住民の平均年齢はかなり高めです。バブル景気前のマンションですが、駅からかなり離れた場所にあるのが奇妙な印象を受けました。この頃のマンションは立地が良い物件が多いのですが、販売当時も価格は控えめだったのだろうと思えました。管理会社は聞いたことがない会社で、理事の方によると地場の会社だそうです。分譲時から一貫してその会社が管理しています。

大規模修繕工事決定までの流れ

築18年目に第1回の大規模修繕工事を行なっています。それからは痛んだ場所を細々と修繕することを繰り返していたようですが、数年前からルーフバルコニーからの漏水や、壁の塗装面が変色して苔などが生えるようになり、駐車場の一部が地盤沈下を起こし、バルコニーの鉄製の手摺が腐食して壊れるケースが増えてきました。特にバルコニーは転落事故が起きてからでは手遅れになるので、足場をかけて手摺の交換を行い、ついでに壁の塗装もやり直してルーフバルコニーの漏水も解決しようとなりました。こうして20年ぶりの大規模修繕工事を行うことになりました。

業者決定までの流れ

管理会社が施工業者を連れてきて、見積書を作成しました。しかし大幅に予算を超えており、修繕積立金が足りないことがわかります。そこで金融機関から借入をすることを管理会社は提案しますが、返済のために毎月の管理費・修繕積立金が値上がりすることを嫌がる住民が多く、他の会社からも見積書をとることになりました。しかし管理会社が他の業者から見積書をとると、さほど変わらない金額でした。

理事会が困っているところに、住民の1人Fさんから業者を紹介できると言われました。少しでも安くなればと思った理事会は、Fさんの知り合いの業者に見積書を出してもらうことにします。するとこれまでの業者より3割ほど安い見積書が出ました。しかしそれでも予算オーバーです。それを正直に業者に言うと、駐車場の地盤沈下工事と壁の塗装の一部を諦めれば、予算内で工事ができると言われました。そこで理事会は、このFさんが紹介した業者に依頼することにしました。今後、この業者をG工務店とします。

契約までの流れ

G工務店に工事を依頼すると決めたため、これ以降は管理会社はノータッチになりました。自らが紹介した業者ではないので、責任を負う必要もないので勝手にやってくださいというスタンスです。G工務店は理事会と打ち合わせを行い、施工範囲や仕様を決めて契約書を作成しました。その後、理事長の希望で住民説明会を行います。新型コロナウイルスの猛威が奮っているので、あまり集まらないだろうという予想に反して、かなり多くの区分所有者が出席しました。マンションはあちこち痛んでおり、多くの住民があっちもこっちも修理して欲しいと要望を出してきたのです。

予算不足を理由に、理事長とG工務店は全ての希望を叶えることができないと説明しました。しかし「雨漏りで困っているのは1部屋だけ。それよりみんなが使う階段に手摺をつけるべき」「駐車場の地盤沈下を外したのはダメ。このままだと自分の車の出し入れが困難になる」などの意見が飛び交い、怒鳴る人も出てきて収集がつかなくなります。そこで理事長とG工務店は予算の範囲でできることは実施すると約束して、説明会を終わらせました。こうしたこともあり、契約を締結できたのは2021年の末だったそうです。さまざまな要望が殺到した理事長も理事も疲れ切ってしまい、とにかく契約できたので後はG工務店にお任せすることにしました。

大規模修繕工事の実施

2月の後半から工事が始まり、この間も揉め事がありました。住民の1人、M木さんは何度も「階段に手摺をつけないのはなぜだ」と工事業者に迫り、業者は理事長と話すように促します。しかし理事長が捕まらないと再び工事をしている業者のところに行って、手摺工事をしろと迫ります。また住民のK田さんもそれに加わり、今どきバリアフリーが常識なのに入口の段差はそのままで、手摺も取り付けないのはおかしいと騒ぎます。当然ながら業者は「契約を結んでいない工事はできない」と断り、理事も含めて何度も話し合いが持たれました。

このM木さんとK田さんの突撃により工事が邪魔され、修繕工事が遅れてしまっているので、G工務店も管理組合の問題は管理組合で解決して欲しいと何度も訴えています。しかし理事会もこのような問題をどう扱って良いかわからず、管理会社も修繕工事にはノータッチなので助けてもらえず、何かとG工務店に相談することも増えていき、理事会とG工務店の関係もギクシャクしていきます。最終的にG工務店はM木さんらに騒がれても、粛々と工事を進めていき完了させました。

修繕工事後にトラブルが再発

5月に雨が降った際に、修繕したルーフバルコニーから雨漏りが起こりました。修繕したのになぜだと漏水した部屋の住民は怒り、G工務店に連絡するとすぐにやってきて対処しました。しかしその後も雨漏りが発生し、全く雨漏りが改善されていないと一部の住民が怒り出しました。さらに壁の塗装は全面ではなく外部から見えるところに限定して行ったのですが、自分の部屋の壁も塗ってもらえるはずなのに何も塗られていないと怒る住民も出てきました。さらに壁を塗り替えた色が、思っていたのと違うと何人かの住民が言い出しました。

彼らは何度もG工務店や理事会と話し合いを行っていたM木さんとK田さんを頼り、この2人が批判派のリーダーのようになっていきます。そして大規模修繕工事関して管理会社に見解を求めると、我々は外されたのでノータッチですという返事をもらい、激怒します。彼らは理事会に対し、管理会社を外してわけがわからない業者を選んだ理由を問いただします。ここで住民のFさんが紹介した業者だとわかり、M木さんとK田さんは理事会とFさんが組んで不正を働いていると思いました。そこで2人はG工務店も呼んで、理事会が説明会を開くように要求しました。

説明会出席の依頼

こうして説明会の開催が決まってから、私に話が来ました。最初の依頼時点では「大規模修繕工事に住民からクレームが出ていて説明会を実施するので、そこに立ち会って双方の言い分を聞いてアドバイスして欲しい」という内容でした。そしてこれまでに書いたような複雑な経緯を経ていたことを理事長が話してくれたのは、説明会の前日でした。時間が無さすぎて事態を整理することもできておらず、こちらが要求していたG工務店との契約書のコピーも届いていませんでした。そんな中で、説明会に立ち会うことになりました。

衝撃的な契約書類

G工務店は契約に基づいた工事を行なっただけで、何ら問題がないことを主張しました。むしろ工事を妨害されたこともあり、追加料金をもらいたいぐらいだと言います。ではその契約書を見せろとM木さんが迫り、契約書のコピーが参加者全員に配布されました。そしてその内容に唖然とすることになります。契約書には物件名や住所、工事期間や請負金額、その支払い時期が書かれています。しかし何度読み返しても、施工範囲が書かれていないのです。工事をすることと、その代金を支払う約束が書かれていますが、どこをどう工事するのかが全く記載されていません。さらに保証期間もありません。

「添付書類も見せてください」という当然の質問が出ますが、「契約書はこの1枚だけです」と言われ、私はその言葉に固まってしまいました。住民の何人かも唖然としています。そして一部の住民の怒りが爆発し、その怒りは理事会に向きました。なぜこんな契約書で契約したのか、契約を締結する際に誰にも相談しなかったのかと怒り心頭です。G工務店は、私たちはいつも使っている契約書を使っただけですと説明し、自分達に責任はないという顔をしています。何人かが殴りかからんばかりの勢いで荒れていて、説明会は一旦お開きにして来週も再度行うことになりました。

その他の資料も役立たず

私は打ち合わせに使った資料全てを見せて欲しいとお願いし、施工範囲を決める際に使った資料を出してもらいました。何度も施工範囲が変更されており、しかも書類に日付が入っていませんでした。これではどれが最終版かわからず、G工務店は自分達に都合が良いものを最終版だと言い張るでしょう。来週の説明会にも来て欲しいと言われましたが、次の週は予定が入っていますし、この状態では私が役に立てることがないので費用が無駄になるからとお断りしました。それより弁護士を探して相談することをお勧めしました。

これほど不明瞭な契約書なら、専門家であるはずのG工務店の手落ちを追求することができるかもしれません。民事裁判では企業と消費者が対立した場合、消費者保護の観点から判決が出ることが多いと聞きます。ですから法的な問題や、交渉の余地がある部分を明らかにして、今後どうするべきかを一緒に考える必要があると思いました。せめて管理会社が間に入っていれば、ここまで酷くはならなかったはずです。理事会は実質的に理事長任せになっていて、他の理事はこんな契約書になっているとは知らなかったようで、皆さん落ち込んでいました。他人任せにしていたツケは、あまりに大きいと言えます。

ついに流血事件へ

その2日後、突然副理事長から連絡がありました。M木さんとK田さんがエントランスでバッタリ会い、今後どうするかを話しているところにFさんが偶然通りかかり、口論になったそうです。理事会やG工務店とグルになって管理組合から金を巻き上げたと言われたFさんが激昂し、口論はつかみ合いになり、エントランスで大喧嘩に発展したそうです。3人が血を流していたところを他の住民に取り押さえられ、3人は訴えるの訴えないで揉めているそうです。私はどうしたら良いでしょう?と電話で尋ねられたので、弁護士を探して間に入ってもらい、問題を整理してもらうように伝えました。ここまで来ると刑事事件に発展する可能性が大きいので、私ができることの範疇を超えてしまっているからです。

なぜこんなことになったのか

理事会側の視点

理事長は10年以上も同じ人がやっていて、他の理事も何年も同じ人でした。理事になる人がいないため、仕方なく理事長を何年も続けていたようです。それを気の毒に思った人が理事になり、茶飲み仲間で理事会が運営されていました。総会で問題が起こったこともなく、自分達が決めたことが実施されてきました。そのため、今回も自分達が決まればそのまま決定すると甘く考えていたようです。

そして実務は理事長に任せっきりで、チェック機能はありませんでした。これまでは理事長と管理会社で話し合っているのでトラブルは起こりませんでしたが、今回は管理会社に頼れなかったので、契約書のチェックなどが全くできていませんでした。

住民側の視点

何年も同じ人が理事会を独占し、好き勝手にやっていると感じていました。総会の日程や理事の立候補者を募るお知らせも周知が不十分で、理事会が独占する現状に不満を募らせていました。そこに大規模修繕の説明会があると聞いて、大勢で行って不満の声を届けようとしました。

しかし説明会では理事長が、すでに決まっていることのように話すため感情的になってしまい、ケンカ腰になっていきました。理事会を敵だと考えるようになり、理事会の説明には嘘やごまかしかまあると思って、冷静ではなくなっていました。

施工業者の視点

工事を妨害するような行為を何度もされ、その間に工事が止まるので余計なコストがかかったと考えています。また実際に工事の遅延が発生し、足場のレンタル費用が余計にかかってしまったため、本来は追加料金を請求したいところを我慢していたようです。さらに契約書はこれまで使っていたものを利用しただけで過去に問題が起こったことがないので、工事を邪魔しに来るような変な住民が住んでいるマンションに当たってしまったことを不運だと思っているようです。

防水の工事は話し合いを重ねて双方が納得したうえでの工事であり、本来は防水をやり直すところを補修工事で安く済ませて欲しいと言われた際に、漏水が止まるかは約束できないと伝えていたそうです。またそれ以外の工事についても何度も打ち合わせを重ね、最終決定の通りに施工したにも関わらず、後から文句を言われてはかなわないと考えています。

第三者の視点

ことの発端は修繕積立金の不足により、業者がなかなか決まらなかったことにあります。管理費は定期的に値上げをしていますが、修繕積立金は15年以上も値上げされていません。修繕したいのにお金がないという事態に陥っていました。問題があるにも関わらず、管理組合運営に多くの住民が関わらないため問題が長期間放置されてしまいました。

G工務店は小さな仕事がメインで、今回のような規模の大規模修繕をやったことがないそうです。契約書の件は管理組合を貶めようというより、本当にこれまでやっていた契約の通りにやった結果のように感じました。小さな工務店では注文書と請書をかわす方が多く、契約書を作ることが少ないのです。これまで必要なかったので、契約書の基本的な知識に欠けているような印象を受けました。

つまり契約をする双方に契約の知識が不足しており、その結果として問題が発生した際に収拾がつかない事態に陥ったように思います。専門家が間に入っていれば良かったと思いますし、専門家でなくても契約書に関して多少の知識がある人が間にいれば、ここまでの問題にはならなかったと思います。

まとめ

今回はスポットの依頼で1回顔を出すだけだったので、あまりお役に立てませんでしたし、刑事事件に発展してしまったので私の手にあまることになってしまいました。管理組合運営を管理会社任せにし、管理費さえ払っていれば良いと考える住民が多いと、こういうトラブルの火種になります。ましてや理事会を理事長任せにしてしまうと、チェック機能が働かないので大きなトラブルの原因になります。今回は積年の感情や行き違いなど、さまざまな要因が絡んでいて、騒ぎが大きくなってしまいました。管理組合運営がうまく行っていない時は、早い段階で専門家に相談することをお勧めします。

事例:流血騒動になった修繕工事 /契約書の重要性” に対して2件のコメントがあります。

  1. 花園祐 より:

     記事内容を見る限り、とんだトラブルに巻き込まれてしまったようですね。まぁネタ的には面白い事件を見ることができたのではとも思えますが(;´・ω・)
     企業の規模や業界によって、契約書に対する意識には大きな差が出ると自分も思います。メディア業界も契約書なんてほぼ全く交わさずに、口頭だけでギャラの金額も決まりがちですが、内心自分もこのままでいいのかとよく疑問に思います。そんなザルな出版社とかがコンプライアンス関連の本とか出してるのみていてなんだかぁなという気にさせられますし。

    1. TaCloveR Tokyo より:

      コメント、ありがとうございます。
      おっしゃる通り、ネタ的には面白い事件と言えますが、なんというかトラブルが目の前で起こっているのにできることがほとんどないというのが、なんとも歯がゆくもありました。

      契約書については、業界によってかなり差があるようですね。知り合いの歌手をやっている方も、口頭契約が多くてトラブルが起こった際に揉めると言っていました。まだまだこのような状態の業界もあるのかと驚きましたが、メディア業界もそうなんですね。商慣習を変えるのは時間がかかりそうですが、変わって欲しい部分ですね。

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