トイレ節水の歴史 /各メーカーはいかに節水を続けたか

90年代から2000年代にかけて、トイレは節水が一気に進みました。いぜんより遙かに少ない水で流せるようになるのですが、その背景には激しいメーカーの競争があったのです。今回はトイレの節水を巡って戦ったメーカーの激しいバトル、トイレ節水の話です。

節水の戦い前夜

1980年代の水洗トイレは、大洗浄量(大きい方を流す時の水の量)で13リットルの水を流していました。しかしバブル景気が崩壊し90年代に入ると世間では節約ブーム広がり、テレビのワイドショーでは節約術が人気のコンテンツになっていきます。そんな中、トイレのロータンクにペットボトルを入れることで水の節約ができるということが紹介され、多くの家庭で真似されました。トイレはロータンクに水を溜め、排水時にその溜まった水を勢いよく放流することで排水するのですが、ペットボトルを入れることで、ペットボトルの容量分だけ水を少なくできたのです。

※ここにペットボトルを入れていました。

しかしこれはトイレの設計水量より少ない水を流すことになり、トイレの詰まり事故が頻発することになります。メーカーはロータンクにペットボトルを入れないように説明を繰り返しますが、節約術として定着してしまっていたので、詰まり事故が続くことになりました。こうしてメーカーでは少ない水で流せるトイレの開発が始まることになります。

先陣を切ったTOTO

トイレ業界トップを走るTOTOは、94年に「NEW CSシリーズ」を発表します。このCSシリーズでは大洗浄量10リットルを実現し、従来の13リットルより大幅に減らしてきました。これを追うようにパナソニックはフラップフロー式の洗浄機構を開発し、わずか6リットルの大洗浄量を実現したシャワレインCシリーズを発表しました。しかしパナソニックの市場シェアはTOTOやINAXに大きく引き離されていたため、この商品は大きな話題にはなっていなかったと思います。

さらにTOTOはネオレストEXを発表し、大洗浄量8リットルを実現して他社を引き離しにかかります。この頃のパナソニックを除く他社は、INAXが大洗浄量13リットル、アサヒ衛陶が12リットル、ジャニス工業が12.5リットルで、TOTOが節水をリードしています。

追いかけるINAX

それまで沈黙していたINAXですが、98年にアメージュMを発表して大洗浄量10リットルを実現して洗浄量でTOTOと並びました。さらにINAXは2001年に8リットルまで減らし、業界をリードします。さらに2006年にはECO6(えこしっくす)を発表し、大洗浄量6リットルという驚異的な節水を実現しました。10年ちょっとで13リットルから半分以下の洗浄量になったのです。しかしTOTOも同年にネオレストAを発表し、6リットルを達成しました。TOTOとINAXの業界2強は、ここで真っ向から激突することになります。

この頃のINAXは鼻息が荒く、ECO6は大々的な発表を行って不動産関係者も大勢招かれました。この時にお土産として配られたのが陶器製のマグカップで、デカデカとECO6と書かれていました。トイレと同じ陶器でトイレの商品名が書かれたマグカップで、微妙な気持ちになりながらコーヒーを飲んでいた記憶があります。とにかくINAXの担当者の気合いが入っていて、「時代はECO6です」という説明を何度も聞きました。

パナソニックの参戦

そして同じく2006年にパナソニックがアラウーノを発表しました。陶器が常識だったトイレに樹脂製のトイレという変わり種で、工事の搬入時の軽さが施工サイドに好評になります。そのためリフォームなどでアラウーノを勧める工事店が増えていき、着実にトイレ業界で存在感を示していきます。さらに大洗浄量はTOTOとINAXを上回る5.7リットルを実現し、節水トイレとしても話題になります。

※パナソニック公式サイトより

こうして発売からまもなくしてアラウーノは大ヒット商品になり、一気に節水競争をもリードする存在になります。当時のパナソニックでは「TOTOの背中が見えた」との怪気炎をあげる社員もいたそうで、トイレ業界でのパナソニックが一気に注目されることになりました。これでTOTO対INAXの争いだった節水競争が、下克上の空気が漂うようになります。

競争の先鋭化

パナソニックに節水で遅れをとったTOTOは、翌2007年にネオレストAHを発表し、大洗浄量5.5リットルを実現します。わずかながらパナソニックの5.7リットルを上回り、再びTOTOが節水の首位に立ちました。パナソニックもさらなる節水を検討しますが、これまであまり注目されなかった小洗浄量を0.5リットル減らした4リットルにすることで、節水をアピールします。しかし2009年にINAXはECO5(えこふぁいぶ)で、大洗浄量5リットル、TOTOはネオレストを改良し4.8リットルを実現しました。

トイレは水を一気に流すことで、水の重さを利用して便や紙を押し出すように排水しています。しかしここまで水が少なくなると、水の勢いを増さなければ排水できなくなります。そのためメーカーの開発は苦労の連続だったようです。この頃、TOTOの技術者に排水量をどこまで減らすのか質問したことがあります。「アメリカなら3.8リットルでもいけます」という返事でした。なぜ日本では無理なのかというと「日本人は米が主食なので、でんぷん質で便の粘性が高く、形状もアメリカに比べて太くて長いからです」というものでした。こんな話を聞きながら、TOTOの執念のようなものを感じました。

戦いの決着

2011年にINAXがECO4(えこふぉー)で4リットルを実現すると、TOTOはアメリカなら可能と言っていた3.8リットルを日本で実現しました。これでトイレの節水競争は一段落しました。もはや各社は限界の水量になっていて、流体力学の活用や表面張力の利用などギリギリの戦いになっていきました。そして高度な工作精度で便器が作られるようになった結果、現場での取り付け工事もシビアな精度を要求するようになっていたのです。

節水型のトイレは詰まりやすいと言われるようになるのですが、詰まりの原因の多くは工事の施工精度の問題でした。従来のトイレよりはるかにシビアな取り付けが必要になったため、これまでと同じように取り付けていては機能しなくなっていたのです。そこで各メーカーは洗浄量を減らす開発から、同じ洗浄量でも施工がシビアにならないトイレの開発にシフトしていきます。我々のお尻の下には、日本の技術者の飽くなき探究心と闘争心、そして取付け業者の努力が宿っていることを忘れてはなりません。

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