Dr.TaCのマンション診察室 /栄養失調

この診察室では、マンションで起こっている問題を診察しています。今回の患者さんは擁壁にひび割れが出ていて、その対応に不安を感じているようです。Dr.TaCのマンション診察室、さっそく診察してみましょう。

症状

マンションの擁壁にひび割れが発生しています。建設会社がひび割れを確認して、経年劣化によるもので施工上の問題はないと言っていました。そのため、ひび割れ部分だけを補修するようです。しかし建設会社の説明があまりに簡単だったため、理事会では不安が広がっているようです。特にひび割れに関しては、建物が壊れ始めているのではないかと不安視する声も理事の間から上がっています。今回は擁壁のひび割れですが、4年前に廊下の手すりにひび割れが出たこともあり、今後はマンション本体の壁や柱にも同じようにひび割れが入らないか不安に思っているのです。

問診票

年齢:築6年
性別:分譲マンション
身長・体重:14階建 97戸
本日はどうされましたか?:擁壁にひび割れが発生しました。
症状はいつ頃からですか?:いつ頃からかはわかりません。気がついたのは3ヶ月ほど前です。
過去に手術の経験はありますか?:特になし。
過去に同じような症状が出たことはありますか:4年前に廊下の手すりにひび割れが出て、補修してもらいました。
治療中の他の病気はありますか:特になし。

診察

建設会社の人が10分くらい見て「経年劣化です」って言うんですよ。あまりに簡単過ぎるっていうか、もっといろいろ検査とかしないんですかね。

症状によっては一目で原因がわかるものもあるので、検査の時間はさほど重要ではないんです。とはいうものの、結論を出すには慎重になりますけどね。

そうすると、これは一目で経年劣化ってわかったってことなんでしょうか。

※参考写真

あー、これは一目でわかりますね。経年劣化が原因とは思えません。

え!?

ひび割れが同じ間隔で出ていますよね。このひび割れの間隔は、コンクリートの中の鉄筋と同じ間隔で出ていると思いますよ。

測ったらひび割れは30cm間隔でした。

構造図を確認しないといけませんが、擁壁の中の鉄筋も30cm間隔で入っていると思います。

どういうことなんですか?

これはかぶり厚が不足していると思われます。

かぶり厚とは

鉄筋のかぶり厚とは、鉄筋表面とこれを覆うコンクリートの表面までの距離を言います。このかぶり厚さは建築基準法施行令などで決められていて、正しい距離を確保しなくてはなりません。以下は壁の断面図ですが、赤い部分がかぶり厚になります。

かぶり厚はコンクリートの寿命に大きく影響を与えます。鉄筋はサビ(酸性化)に弱いのですが、コンクリートがアルカリ性なので鉄筋をサビから守っています。しかしコンクリートのアルカリ性は年月とともに徐々に中性化していき、鉄筋の周囲が中性化するとサビが始まってしまいます。かぶり厚が薄いと中性化によって鉄筋がサビるのが早まってしまいます。ではかぶり厚がどれくらいあれば良いかというと、これは日本建築学会からJASS5という本に基準が出ています。それを元に設計が行われるのです。

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診察の続き

ひび割れの出方はいろいろな種類があるんですが、かぶり厚が薄いと鉄筋が入っているところにひび割れが出るんですよ。人間で言うなら栄養失調状態です。適度な筋肉と贅肉が必要ですが、それがないので骨が浮き上がって見えてしまっています。

今度、施工会社がひび割れを補修するんですが、それじゃあダメなんでしょうか。

補修だけしても、またすぐに割れるでしょう。壁を厚くするか、ハツリ工事で鉄筋を一度出すかしないと何度補修しても割れてしまいます。施工会社の人が一目で「経年劣化です」と言ったのは、かぶり厚が不足していると言ったら面倒なことになると思ったからかもしれません。

あんまりです。今後はどうしたら良いのでしょうか。

まずは構造図で鉄筋のピッチを確認します。そこでひび割れと鉄筋のピッチが同じだったら、かぶり厚が不足している可能性が高まります。次に施工会社に非破壊検査を依頼してください。

非破壊検査ってなんですか?

超音波を使ってコンクリートの中の鉄筋の位置を確認する検査です。実際の鉄筋のピッチやかぶり厚がわかります。コンクリートを壊すことなく検査するので、非破壊検査と呼ばれています。

それでかぶり厚が不足しているとわかったら、どうしたら良いのでしょう。

施工会社に是正方法を提出するように求めます。壁を厚くするのが簡単で確実ではありますが、壁の重さが変わってくるので構造計算が必要になるかもしれません。是正方法が提出されたら、再度ご連絡ください。適切な方法なのかチェックを行います。

わかりました。

問診票によると、4年前に廊下の手摺にひび割れが起こっていますね。非破壊検査を行うことになったら、一緒にこの手摺も行ってもらうと良いでしょう。同じくかぶり厚が不足していた可能性がありますよ。

まとめ

コンクリートのひび割れにはいくつもの原因があります。今回の鉄筋のかぶり厚不足によるひび割れは、その1つです。コンクリートが人間なら栄養失調のように痩せてしまい、骨が浮き出ているような状態です。ひび割れは専門家による調査が必要なのですが、今回のように建設会社や売主が経年劣化で誤魔化してしまうことが多くあります。不安に思ったら早めに専門家に相談しましょう。

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