Dr.TaCのマンション診察室 /脊柱側弯症
この診察室では、マンションで起こっているさまざまな問題を診察しています。今回の患者さんは、新築マンションを購入して内覧会の際に建築士の人に部屋をチェックしてもらった方です。インスペクションは有意義な制度ですが、説明が不足していたりするため余計な不安を掻き立てることがあります。今回の患者さんも、インスペクションの結果に混乱してしまっているようです。建物の歪みは人間に例えるなら脊柱側弯症です。そんなことが本当に起こっているのか、診察してみましょう。
症状
内覧会でインスペクション(建物状況調査)を利用して、一級建築士の方に購入したマンションを見てもらいました。床と壁に傾いている可能性があると言われてしまいました。しかし販売会社に話しても「そんなことはありません」の一点張りです。どうしたら良いでしょうか。
問診票
年齢:築0年
性別:分譲マンション
身長・体重:14階建 196戸
本日はどうされましたか?:マンションが傾いているかもと言われました。
症状はいつ頃からですか?:内覧会でわかりました。
過去に手術の経験はありますか?:なし
過去に同じような症状が出たことはありますか:なし
治療中の他の病気はありますか:なし。
診察
具体的にどのくらい傾いていると書かれているんですか?
床と壁が6/1000以上傾いている可能性があると書かれています。
それはものすごい傾きですね!!
え!?そんなに酷いんですか?
6/1000ということは2mの距離で12mmの段差になるということですから、激しい傾きです。構造耐力上主要な部分に 瑕疵 が存する可能性が高いと判定されます。
私が買ったマンションは欠陥住宅なのでしょうか?
国土交通省も書いていますが、6/1000の傾きがあるから欠陥と断言するものではありません。あくまでも可能性があるというだけです。そして6/1000ほど激しく傾くことは、ほとんどないのです。
どういうことなんでしょうか。
この話を少し具体的に説明しますね。
傾きの基準
国土交通省が品確法(住宅の品質確保の促進等に関する法律)に基づき「住宅紛争処理の参考となるべき技術的基準」というのを出しています。以下は壁と柱の基準になります。
次は床の基準です。壁・柱と同じで、3/1000なら瑕疵がある可能性は低く、6/1000以上だと瑕疵がある可能性が高くなります。
この表を元に6/1000を超えると欠陥だと騒ぐ人がいるのですが、重要な点が見過ごされていることが多くあります。特に見過ごされがちなのは、以下の点です。
①コンクリートの躯体面で測定する。
②規定の距離を測って計測する。
この基準は構造体力上主要な部分の瑕疵を知るための数値です。そのため仕上げ面ではなく、躯体面で行うことが重要です。床の傾きをフローリングをの上で計測したり、壁の傾きを石膏ボードの上から測っているケースがありますが、仕上げ面を測っても構造の瑕疵がわかるわけではありません。壁はコンクリートの壁にクロスを直張りしている場所で行う必要がありますし、床の傾きはフローリングを貼る前に行う必要があります。そのため内覧会で床の傾きを測ってもフローリングの上からしか測れないので、フローリングの傾きしかわからないのです。
また決められた距離を保って測ることも重要です。壁では2mの距離、床では3mの距離となっています。この距離を無視して例えば50cmぐらいの距離で測ると、わずかな傾斜でも大きな数字になってしまいます。そのため必ずこの距離を守る必要があるのです。コンクリートの壁で2mの高さを測れる壁は、梁が出ていたりするので1.9mぐらいしか壁がないこともあります。このように、ここに書かれている基準は内覧会の際に計測するというより、欠陥住宅が裁判などになった際に、部屋の一部を解体して計測するといった意味合いが強いように思います。内覧会のように仕上がった状態で測っても、よくわからないからです。
診察の続き
内覧会で測っても意味がないのでしょうか
意味がないことはありません。仕上げの精度がわかります。しかし構造に瑕疵があるかはわかりません。あるかもしれないし、ないかもしれないとしか言えないんです。
でもフローリングは真っ直ぐ貼ってあるんですよね。それが傾いていたら、その下のコンクリートが傾いているってことになりませんか?
もちろん、その可能性はあります。ですが、二重床によっては、人が立っただけで床が沈み込むものもあるんです。そのため測る際に人が立つと、その部分だけ沈み込んで傾斜があると誤解することもあります。
じゃあ、家具を置いたら傾くんですか?
人が立ったぐらいでも傾く二重床はそんなに多くないですが、重い家具を置いたら大抵の床は傾きます。よく入居した後にビー玉を床に置いて、ビー玉が転がったから床が傾いていると心配する人がいますが、大抵の二重床は家具によって傾いているのでビー玉が転がるのは当然なんです。
じゃあ、壁の場合はどうなんでしょう。壁は沈み込んだりしないですよね。
コンクリートの壁は型枠にコンクリートを流し込んで作るので、膨らんでいることがよくあるんです。左官 で平にするんですが、上手くいっていないこともあるので、それが傾斜と勘違いされることがよくあるんです。
左のような場合もあるってことなんですか?
むしろ左のような場合がほとんどで、右のように傾いているケースは少ないです。
それじゃあ、実際に傾いているかはわからないんですね。
わかりません。傾いているかもしれいないとしか言えないんです。ですから報告書にも「傾いている可能性がある」といった書き方になっていると思います。決して傾いているとは断言できないからです。
確かにそう書いてありました。そうすると、真っ直ぐじゃない場合以外は安心できないんですね。
計測で壁が真っ直ぐだとなっても、壁が傾いていないとは言えないんです。傾いた壁を左官工事真っ直ぐに塗っているだけかもしれません。以下の図のような状態です。濃い灰色の部分が、左官工事でモルタルを塗った部分です。
こんなことされたら、傾いているかわからないですね。っていうか、僕はこの報告書をもらって、どうしたら良いのでしょうか?
調査したインスペクターから説明がありませんでしたか?それはちょっと不親切ですね。報告書を事業主に見せて、施工者の見解をもらいましょう。
床を剥がして調査をしてもらえたりするんでしょうか。
こういう結果が出ると、マンションの床を剥がして調査して欲しいと言う人もいますが、傾いていると考えるには根拠があまりに弱いんです。もし剥がして調査するなら、コンクリート面が傾いていなかった場合の解体と復旧の費用負担を求められると思います。
インスペクション(建物状況調査)って、あんまり意味がないんですかね。結構な費用を払ってお願いしたんですけど。
そんなことはありません。専門家に仕上がりを見てもらうことで、一般の方には気が付かない部分に目が届くことは多いんです。ですからインスペクションは有効だと考えています。しかしインスペクションは専門的な項目が多いのに対し、説明が不足していたり不十分だったりするケースがあるんです。今回がまさにそのケースですね。
まとめ
ネットを見ていても、床や壁の傾きは3/1000が基準だと言うような記事を多く見かけます。しかし国土交通省が示しているのは構造の欠陥を判定する基準なので、仕上げ面を測定しても欠陥かどうか判断がつきません。このような数字に惑わされて、慌てないようにしましょう。インスペクション(建物状況調査)はマンション購入時の安心を得るための手段で、有効だと思います。その一方で、まだまだインスペクションの歴史が浅いので、説明が不足したり不十分なことがあるようです。