「マスコミに言うぞ」はクレームの入れ方の最悪手

マンション デベロッパー のアフターサービスセンターにいた私は、さまざまな種類のクレームを経験しました。その中の何件かで「お前のところが欠陥マンションを作っているとマスコミに言うぞ」と、脅しともとれることを言う方がいました。これって交渉の仕方としては悪手なんです。そして言うだけならまだしも、実際にマスコミに言うと、とんでもないことになってしまいます。マンションに住めなくなってしまうかもしれないので、安易にマスコミに報道してもらうのは危険なのです。

大抵の場合は残念な返事しかない

私は3回ほど「マスコミに言うぞ」と言われましたが、全て返事は「どうぞ」でした。そもそも個人が起こす行動を、私には止める権利がないので「マスコミに言う」と言われても、止めようがないからです。もちろん中には慌てて「それだけは止めてください」と泣きつくクレーム担当者もいるかもしれませんが、だからと言って交渉が有利に進むとは限りません。その担当者個人の裁量で物事が決定することはほとんどなく、大手であればあるほど会社が方針を決定するからです。

会社で判断する場合、目の前で怒鳴られているわけでもないですから、合理的な判断が下されます。ですから話が平行線になっているのですから、司法の判断に委ねようという結論になることも多いのです。マスコミに言うぞと脅されて多額の出費を負担すれば、株主総会で問題視されることも考えられます。ちょっと脅されただけで大金を払うような経営方針は、株主の利益を損ねていると問題視されれば社長の辞任にも繋がり兼ねなません。そのため脅しても目の前にいる担当者が萎縮するくらいで、あまり成果は望めないのです。

実際にマスコミに言った例

私が担当した物件ではありませんが、マスコミに報じられたことがあります。その物件には明らかな施工不良があり、 ゼネコン も非を認めて改修案に加えて迷惑料も支払うことを提案していました。しかし管理組合側は迷惑料が安すぎるとして、こちらの提案の10倍以上の金額を要求していました。弁護士に相談すると「あまりに法外な金額」ということでしたので、話し合いを続けていました。

痺れを切らした理事の1人が、知り合いにマスコミ関係者がいるので、そちらに話して報道してもらうと言い出しました。クレーム担当者は「組合員の皆様が行うことに対して、私はどうこう言う立場ではありません」と返事をして、理事会は大荒れになったようです。「何様のつもりだ」などの怒号が担当者に浴びせられたようですが、それでもマスコミに言うのはご自由にどうぞという態度を貫きました。

週刊誌に報じられる

それからしばらくして週刊誌に報じられました。私達の社名も出て「欠陥マンション」と大きく書かれていました。私もその週刊誌を買って記事を読んだのですが、写真が気になりました。具体的なマンション名は書かれておらず、写真も物件を特定しないように撮られていました。しかし近所に住む人なら、マンションの外観や周囲の景色からどのマンションかすぐに分かると思ったのです。

全く別の件ですが、某有名女優のご主人がスキャンダルを起こした際に、マンションから出てくるその女優を各社がテレビに映していました。マンションの周辺にはモザイクがかけられ、マンション名も伏せてありましたが、多くのマンション業界の関係者にはどのマンションかすぐにバレていました。そして近所の人達は、その報道で我が家の近所のマンションに有名女優が住んでいることを知り、話題になったようです。報じる側は気をつけているのですが、それでも近所の人達にはすぐにわかることが多いのです。

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そしてこの後、週刊誌に報じられたこのマンションでは、住民間で大問題に発展します。ネット掲示板で、このマンションが特定されたのです。そこから拡散して、少しネットで調べたら物件名がわかるようになってしまいました。

住民の怒り

このマンションには、転勤に伴って売却しようとしている人がいました。しかし仲介販売をしている不動産屋はすぐに週刊誌の記事で、すぐにどの物件か分かり「欠陥マンションと報じられた以上は、大幅に値引きをしても売却は難しい」と言われたそうです。実際に内覧を希望していた人から不動産屋に「週刊誌に載っていたマンションはここですか?」という問い合わせもあったようで、報道が販売の障壁になってしまいました。

マスコミに報道してもらうことは理事会で決定したことで、他の住人にとって週刊誌報道は寝耳に水でした。他のマンションに住んでいる友人などから週刊誌を見せられ「このマンションはあなたが住んでいるところじゃない?」と言われた住民のショックは大きく、その怒りは理事会に向かいました。自分が住むマンションの資産価値を下げるような行為を理事会が勝手に行ったと怒る住民は多くいて、理事長の元には苦情が殺到します。慌てて住民を集めて説明会を開きますが、特にマンションを売却できなかった住民の怒りは大きく、理事会のメンバーに損害賠償を請求する訴訟を起こすと言ってきました。

理事会は少しでも多くの迷惑料をもらえるように動いていましたが、そのため補修工事が始まらないことに苛立っていた住民もいたので、そういう人たちからも怒りが噴出しました。理事会は交渉を有利に進めようとマスコミに流したために、多くの住民を敵にまわすことになってしまったのです。理事の方々とその家族はマンションの中で針のむしろのようになってしまい、いられなくなって引っ越した方もいたと聞いています。

報道で交渉は有利にならなかった

報道されてしまい、ネットで物件名がわかってしまったため、デベロッパーとしては逃げ隠れせずに毅然とした態度を取るしかなくなります。メディアに報じられた結果、住民の意向を飲んだとなれば株主の怒りを買いかねません。改めて過剰な要求をお断りすることになりました。理事会が裁判に訴えるなら、それを受けて立つことにしたのです。このことが住民説明会で発表されると、ますます理事会は責められることになりました。補修工事が遅れて資産価値が下がっただけで、交渉は有利にならなかったのですから理事会の失策だと批判が相次ぎました。

このトラブルを解消するために、理事会とは別に対策委員会が作られました。最終的に裁判を起こさないことになり、当初からデベロッパーが提案していた補修工事を実施し迷惑料を受領することになりました。施工不良が発覚してから1年以上が過ぎてから、ようやく補修工事が行われ、住民の間に遺恨を残すことになりました。

マスコミに流す前に

報道によって姿勢が変わるデベロッパーがいるのも事実で、だからこそ「マスコミに言うぞ」と言い出す人がいます。しかし報道してもらう前に、臨時総会を開いて全住民の意思を確認する必要があります。そして何より大事なのは、欠陥マンションと報じられることで、資産価値が低下する可能性があることを伝えておくことが重要です。

デメリットを説明しておかなければ、こんなはずじゃなかったという声が後から出てくることになり、多くの方がローンを抱えたまま資産性が低いマンションに住み続けることになるからです。上記の例のように、後から揉めて理事がマンションを出ていかなければならなくなる可能性も出てきます。後々のトラブルを回避するためには、住民の賛同を得るようにしなくてはいけません。

2015年に杭の施工不良でマンションが傾いていることが発覚したパークシティLaLa横浜も、報道時に売りに出している部屋がありました。あれだけ全国的に報道されたら売却など不可能になったでしょう。あの報道が住民の同意を得たものだったのか、それともマスコミがすっぱ抜いたのかは分かりませんが、住民お同意なしに報道されたのであれば揉めたんではないかと想像しました。

第三者の視点を入れることが重要

このように「マスコミに言うぞ」はクレームの入れ方の最悪手なのです。双方の言い分が食い違い、話し合いが全く進まない例は多くあります。自分達が絶対に正しいと思っていても、第三者の意見を聞くと意外なことが見えてくるケースがあります。特にトラブルが進行している時は感情的になりがちなので、冷静な意見が必要です。なかなか話し合いが進まずに困っているなら、ぜひご一報ください。

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