なぜ建設業界は人手が不足しているのか /人手が減って急に必要になった事情
東京オリンピックが終われば、建設業界の人手不足が解消されてマンション価格も下がるという人がいます。今は東京オリンピックに向けて大規模な工事が多く、そのため建設業界では人手が不足しているので、建設費が高騰してマンションの価格が上がっているというのです。本当にそうなのでしょうか。それならばオリンピックが終われば、マンションの価格は下がることになりますが、そんな簡単な問題ではなさそうです。今回は、なぜ建設業界は人手が不足しているのかを解説したいと思います。
建設業界から人手が消えた
建設業界はバブル景気の頃に頂点を迎えます。建設業界が最も潤い、大量にお金が入ってきました。それは大手ゼネコンだけでなく中小の工務店も同様で、20歳の型枠大工が年収2000万円なんてことも起こっていました。しかしバブル景気以降は、建設業界にとって暗黒時代の幕開けになります。
①バブル景気の崩壊
それまでの好景気は、1991年頃から急激な景気後退が始まります。バブル崩壊の始まりです。日銀の金融引き締めは性急で、急激な信用収縮を生みました。そのため銀行は貸し付けていた資金の回収を急ぎ、貸し剥がしと呼ばれて社会問題になります。そのため多くの中小企業の破綻が起こり、建設業界も漏れなく倒産や廃業が相次ぎます。それでもなんとか事業を続けることができた業者は、バブルの頃から比べると細々と事業を続けることになります。多くの建設業者が廃業しましたが、建設業界が人手不足になることはありませんでした。人手がない代わりに、仕事もなくなっていったからです。
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②リーマン・ショックの余波
2008年のリーマン・ブラザーズ破綻で始まったリーマン・ショックは、経済界に強烈な打撃を与えました。建設業界も同様で、特にゼネコンから仕事を請ける施工業者にとっては大打撃でした。銀行による引き締めは、こうした施工業者の資金繰りを難しくし、廃業する業者も増えました。ゼネコンから受け取った手形を割って職人の給与に充てているような施工業者は、銀行からのつなぎ融資が断られただけで、立ち行かなくなってしまったのです。
そもそも多くの施工業者では、職人の高齢化が問題になっていました。工事費の下落は職人の手当てを直撃し、給与が安く、収入が安定せず、危険な工事現場での仕事を嫌って職人になる若者は減りました。職人が高齢化した施工業者は、そう遠くない未来に廃業になることがわかっていたので、リーマン・ショックを契機に廃業したところが多くありました。
③民主党政権の誕生
翌年の2009年に、民主党政権が誕生すると「コンクリートから人へ」と、公共事業の削減を掲げました。さらに事業仕分けを行うことで、次々と事業を中止に追い込みました。施工業者からすると、資金繰りが厳しくなったところに仕事がさらに減ることになったのです。
政府がダメなら民間はどうかというと、2008年から設備投資は減少し始めていて、逆に海外設備投資が増えていきます。日本の大企業は、工場を日本ではなく海外に作るようになっていったので、民間の建設需要は冷え込んでいきました。こうして工務店の廃業が増え、職人の多くは引退していきました。
人手が必要な事態
①東日本大震災
2011年の東日本大震災は、上記のような理由で日本から職人が減った後に発生しました。そのため復旧工事は人手が不足し、関東の職人が東北に行き、関東の業者は関西の業者を連れてきて工事を行います。それでも東日本大震災の現場では人手が足らず、人さらいのような事案も発生しています。大阪で日雇い仕事を待つ人たちをバスに乗せ、説明もなくそのまま東北まで連れていくような無茶苦茶なことが起こっていたのです。
国交省はこのような状態に危機感を覚え、通達を出してこのような事態に対応しました。しかし通達で人手不足がなくなるはずもなく、根本的な解決には至りませんでした。この当時、スーパー ゼネコン でさえも人手不足に苦しんで竣工を遅らせることができないかデベロッパーに打診するケースがありました。東北に集中的に人員を配置しなければならないのに、東北だけでも人手が足りない状態に追い込まれていたのは、そもそも建設業界から人手が減っていたからです。こうして建設業は極端な人手不足になりますが、さらにここから人手不足が加速していきます。
②自民党政権の誕生
2012年12月16日、自民党が衆議院議員総選挙で294議席を獲得する大勝をおさめ、再び与党に返り咲きます。第二次安倍内閣が補足すると、2013年にはアベノミクスと呼ばれる経済政策を掲げます。その第二の矢として公共事業も含まれました。民主党政権が「コンクリートから人へ」と公共事業を削減していったのに対し、安倍政権はその方針を180度変換して公共事業の拡大を行いました。こうして建設業界は人手不足の最中に、さらに人手不足が加速することになります。
③オリンピックの誘致
東日本大震災の余波が残る2011年5月に、国際オリンピック委員会(IOC)は2020年夏季オリンピックの選考スケジュールを発表し、東京都も立候補しました。2013年にブエノスアイレスで行われたIOC総会で、東京・イスタンブール・マドリードの3都市の投票が行われ、東京に決定しました。これにより東京ではメインスタジアムの建設をはじめ、多くの建設需要が起こります。こうなると人手不足は慢性化し、あらゆる現場で人が足りないことになります。超大手ゼネコンでさえ人手が足りなくなると、準大手ゼネコンや中堅ゼネコンの間では職人の取り合いが起こるようになりました。
オリンピックが終われば人手不足は解消するか?
オリンピック間近だから建設業界では人手が不足してると語られますが、人手が減ったところに公共事業の増加やオリンピックが重なったので人手が不足しているのです。オリンピックは原因の一つにすぎません。そもそも多くの施工業者が廃業し、職人の多くが引退しているのです。それに加えて職人の高齢化の問題があります。若い人は職人になることを敬遠し、高齢化した職人が現場を支えています。そのため職人の数は今後も減っていくことが予想されます。ですからオリンピックが終わったところで、人手不足が解消するとは思えないのです。
以下のグラフは国土交通省が発表している「令和2年度(2020年度)建設投資見通し」のデータを元に作成した、1989年から2020年までの建設投資(名目値)の推移です。2018年以降は確定した数値ではなく見込みの値になっていますが、90年代前半をピークに2010年の底に向けて減り続けているのがわかります。この間に多くの業者が廃業し、職人が引退しているのです。2013年以降に急速に数値が増えていきますが、若手の就業率が悪く多くの職人が引退した後では簡単に人手不足は解消できないのです。
例えば超大手ゼネコンの鹿島建設では、職人だけでなく現場監督も不足しています。鹿島建設はオリンピック関係の仕事は受注していませんが、オリンピック関連まで手が回らないほど仕事が多く入り、人手が不足しているのです。超大手の鹿島建設が人手不足に苦しむほどですから、中小のゼネコンに人が集まらないのは当然の結果と言えるでしょう。
オリンピックが終わればマンションが安くなる?
マンションの価格はさまざまな要因で決定されますが、建築費だけを根拠にマンションが安くなるという意見には注意が必要です。またマンションの大規模修繕工事は、オリンピック後に価格が下がると見越して工事を控えている管理組合が多くあります。そのためオリンピック後に工事が集中し、むしと単価が上がるのではないか?という予想もあります。安易な価格情報に惑わされないようにして、本当に必要な時期にマンションを購入したり大規模修繕工事を実施することをお勧めします。
まとめ
建築費の上昇は人手不足による面が多く、これまで述べたように仕事がなくなって廃業する人が増えた後に、急激に人手が必要になったので引き起こされました。オリンピックが要因のように言われがちですが、要因は多岐にわたるのでオリンピックが終われば建築単価が下がってマンションも安くなるみたいな意見はあまりにも安易だと思います。短絡的な意見に惑わされないように注意してください。