エレベーターの安全基準がどのように変わってきたのかを解説

多くのマンションにはエレベーターが設置されていますが、このエレベーターには多くの安全装置がついています。エレベーターの安全基準はどのように変わってきたのか、技術の進歩と法律の面から見ていきたいと思います。

エレベーターの歴史は安全性の歴史

エレベーターの歴史は古く、紀元前の古代ギリシャでも使われていました。古代ローマでもエレベーターは多く使われていますが、この頃は人力で巻上機を動かしていましたし、主に資材用として使われていました。エレベーターに人が乗るには、落下の不安があったのです。19世紀に入ると、エレベーターは水圧を利用したり蒸気機関を利用した人力以外のものが出てきました。この頃も、エレベーターは主に工場で資材を移動させるための道具でした。

※ニューヨーク万博のエリシャ・オーチス

エレベーターに人が乗るようになるのは、エリシャ・オーチスにより落下防止装置が発明されてからです。オーチスは1853年のニューヨーク万博でこの装置を発表し、釣り上げたエレベーターのロープを切って落下しないことをアピールしました。こうしてエレベーターは、人が安心して乗ることができる移動装置になったのです。エリシャ・オーチスは後にオーチス・エレベータ社を創業し、現在では世界のエレベーターシェア1位の会社になっています。このようにエレベーターの歴史は安全性の歴史とも言えるのです。

日本のエレベーターの歴史

明治20年頃から、眺望を売り物にした建物が建設されるようになります。1890年に浅草に完成した「凌雲閣(りょううんかく)」は12階建てで高さ52mもあり、10階までは煉瓦造り、11階と12階は木造でできていました。当時は日本一の高層建築物で、「日本のエッフェル塔」と呼ばれて大人気になります。ここに日本初のエレベーターが設置されました。

※凌雲閣

日本のエジソンと呼ばれた藤岡市助(東芝の創業者)が設計した電動式エレベーターは、1階と8階のみに止まる構造でした。しかし設計の不備だけでなく施工の不備、さらにメンテナンス不足から警視庁に使用禁止を言い渡されてしまいます。日本初のエレベーターは、多くの問題を残しつつ関東大震災で倒壊しました。

その後、1896年に日本銀行、1901年に日本生命本店にオーチス製のエレベーターが設置され、1915年には伊藤丸紅呉服店に日本エレベーター製造のエレベーターが設置されます。ここから日本企業のエレベーター製造が本格化し、現在に至ります。

エレベーターの安全基準を変えた2つの事件

1950年に建築基準法が施行しますが、大きく変わるのは1998年になります。「昇降機耐震設計・施工指針 1998年版」で、エレベーターは仕様規定から性能規定に大幅変更されました。それまでは安全装置にこれとこれがついていればOKという考えだったのですが、何をつけてもいいからこれだけの性能を保つようにと指示されるようになったのです。さらに2000 年には、具体的な構造を規定した建築基準法施行令の施行と昇降機関連の国土交通省告示も出されました。

①千葉県北西部地震

2005年7月23日に千葉県北西部を震源とする地震が発生し、最大震度5強を記録しました。関東地方の一都三県で64,000台のエレベーターが地震の影響で運転休止し、そのうち78台でカゴの中に閉じ込められてしまいました。通常は20分から30分で救出されるのですが、広範囲にインフラが被害を受けたことに加えて多くのエレベーターが一斉に止まったため、救出には最大170分を要してしまいました。

②シンドラーエレベータ(株)の事故

2006年6月3日、東京都港区の特定公共賃貸住宅「シティハイツ竹芝」で、自転車に乗ったまま乗降中の高校生が、突如上昇したエレベーターに挟まれて死亡する事故が起こりました。昇降操作をしていないのに、扉が開いたままエレベーター動き出す異常な挙動で、エレベーターの安全性を根幹から揺るがす事件になりました。

またシンドラーエレベータ(株)は、国土交通省の同社製エレベーターの全リスト提出を拒否し、再三の要請があった住民説明会なども拒否しました。その一方で、スイスのシンドラーグループ本部は、エレベーターに欠陥はなく他社の不適切な保守点検か、閉じ込められた乗客による危険な行為が主因だとする声明を発表し、大きな批判に晒されました。

2009年の安全基準の改正

これらの事態を受けて国土交通省は、新たな安全基準を設けることにします。「建築基準法施行令の一部を改正する政令(平成20年政令第290号)」を2008年9月19日に公布し、2009年9月28日に施行されました。

(1)戸開走行保護装置の設置義務付け(令第129条の10第3項第1号関係)

出入口の戸が閉じる前にかごが昇降したときなどに、自動的にかごを制止する安全装置の設置を義務付けるものです。

(2)地震時管制運転装置の設置義務付け(令第129条の10第3項第2号関係)

地震の初期微動(P波)を感知したときに強制的にエレベーターを最寄り階に停止させて扉を開き、乗客の閉じ込めを防止します。その後、本震(S波)を感知したときにはエレベーターを休止し、機器の損傷拡大を防止します。またP波感知器動作後、一定時間以内にS波感知器が作動しない場合は、平常運転に自動復帰します。

(3)その他

エレベーターの安全対策の強化を図るため、エレベーターのかご、主要な支持部分、昇降路並びに駆動装置及び制御器の構造のうち、一定の部分を国土交通大臣が定めた構造方法を用いるものとするなど、エレベーターの安全に係る技術基準の明確化等を行う。

2014年の安全基準の改正

2011年3月に発生した東日本大震災に置いて、エレベーターの釣合おもりやエスカレーターが落下する事案が複数確認たことから、2013年7月に「建築基準法施行令を改正する政令」が公布され、2014年4月に施行しました。

(1)釣合おもりの脱落防止構造の強化

釣合おもりを用いるエレベーターは、地震その他の震動によって釣合おもりが脱落するおそれがない、国土交通大臣が定めた構造を用いるものと指定されました。

※(社)大阪ビルディング協会 資料

(2)地震に対する構造耐力上の安全性を確かめるための構造計算の規定

地震に対する構造耐力上の安全性を確かめるための、構造計算の規定が行われました。

完璧ではない地震対策

何事にも完璧がないように、エレベーターの地震対策も完璧ではありません。国土交通省は地震時にエレベーターに人が閉じ込められたことを問題視して対策に乗り出しましたが、今でも閉じ込めは起こります。それはエレベーターのセンサーが危険を察知したらエレベーターを止めて、保安員による安全を確認するまで人を外に出さないようにしているからです。迂闊にエレベーターを動かすことで、乗っている人を危険にさらさないようにしているのです。

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また2009年に設置することになった地震時管制運転装置は、地震の初期微動(P波)を感知してエレベーターを最寄りの階に止めますが、震源が近いと初期微動と本震(S波)が同時に来るため、エレベーターが止まって閉じ込められることが起こりえます。どのような装置が設置されても完璧ということはありません。万が一閉じ込められたら非常ボタンを押して、救助が来るのを待つことになります。

まとめ

エレベーターの安全対策は、地震や事故が起こるたびに進化してきました。今回取り上げた戸開走行保護装置、地震時管制運転装置、釣合おもりの脱落防止以外にも、さまざまな安全装置が設置されています。日本のエレベーターの安全基準のレベルは高く、海外では見られないものも多いため、日本のエレベーター市場は海外メーカーが入り込む余地がほとんどない状態になりました。ただどれほど安全装置を取り付けようと、絶対に安全というわけにはいきません。日頃のメンテナンスが欠かせませんし、それでも閉じ込められたら非常ボタンを押して状況を伝えて救助を待つことになります。管理組合の理事会でも、緊急時の対応方法を確認しておくのも重要だと思います。

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