マンションの品質管理とはなんだろう? /デミング博士の教え

少し前に読んだ本「新築マンションの9割が欠陥」(著者は総合検査株式会社の代表取締役 船津 欣弘氏)に、欠陥マンションを買わないためには、 デベロッパー に品質管理を行う部署があるかどうかが重要だと書かれていました。私は(株)大京の品質管理室に長年いましたが、この言葉に違和感を覚えました。そこで今回はマンションの品質管理について考えてみたいと思います。

関連記事
本の紹介:「新築マンションは9割が欠陥」

品質管理はいつから始まったのか

アメリカからやって来た考え方で、英語ではQuality Controlと呼ばれています。略してQCと表記されていることもあります。1931年にベル研究所のウォルター・シューハートの著書に初めて登場する言葉で、シューハートは品質管理の基礎となる理論を提唱しました。日本ではシューハートの弟子にあたるエドワーズ・デミング博士によって広まりました。戦後間もない1951年に来日したデミングは、シューハートの理論を研究していた日本科学技術連盟に招かれました。

※1950年の日本でのデミング博士(右端)

デミングは日本の工業に大きな影響を与え、多くの企業がデミングの考えを導入していきました。かつてメイド・イン・ジャパンは粗悪品の代名詞でしたが、高品質の証となっていったのはデミングの影響が大きかったと言われています。今でも有名なPDCAサイクル(プラン・ドゥ・チェック・アクション)を考案したのもデミングで、現在の日本の工業はデミングの影響抜きには語ることができないほどです。そのため日本科学技術連盟にはデミング賞というのがあり、日本の品質管理の発展に寄与した企業などが表彰されています。

その後、デミングの教えはQC活動やTQC(Total Quality Control)として建設業界にも波及し、私が(株)青木建設に入社した1992年には、事務所にQC活動のマニュアルが存在してコンクリートの精度チェックなどをやっていました。多くの ゼネコン が80年代にはQC活動を導入していたようです。

大京の品質管理

2000年に私が大京に入社した時、マンションの工事進捗を管理する施工管理課が1課から6課まであり、私は施工管理7課に配属されました。この7課はすぐに品質管理課と改名して、施工管理課とは独立してライオンズマンションの品質管理を行うようになりました。品質管理課には現場施工・構造・設備・電気の専門家が揃い、査図(設計図のチェック)や現場検査などを行っていました。

当時の大京は品確法の施行に合わせて「品質性能ism」を掲げており、それを実践するために品質管理課が設置されたと説明を受けました。当時として画期的だったのは、着工時施工技術検討会の開催だったと思います。これはマンション工事が着工する前に、ゼネコン・設計事務所・サブコン等の各業者と大京の施工管理ぶと品質管理部が一同に集まって、工事で問題になりそうなポイントやクレームが発生しそうなポイントについて、予め協議するのです。

着工時施工技術検討会は、朝の9時から初めて夕方を過ぎるまでかかることも多くありました。品質管理課のメンバーは査図を行っているので設計図を細部まで読み込んでおり、実践的な打ち合わせが可能でした。また「現場チェック事項報告書」と呼ばれる156項目のチェック表が存在し、これを一通り全員でチェックすることで大まかな内容を確認できました。この着工時技術検討会は今日では各デベロッパーに浸透し、名前は違うもののメジャー7などの大手デベロッパーでは当然のように行われています。

査図と着工時施工技術検討会は、全国の物件に品質管理課が携わっていました。その他の配管検査、上棟検査、竣工検査などは首都圏の物件は品質管理課が全ての物件に行き、地方の物件は難易度が高いものなどをピックアップして行っていました。そのため品質管理課のメンバーは、1ヶ月のほとんどを出張に費やすことも珍しくありませんでした。このように大京はマンションの品質管理を先駆けて行っていて、その後多くのデベロッパーが追随することになったのです。

検査にはコストがかかる

品質管理のために検査を増やすことは、多くの企業で行われています。大京の品質管理課でも検査を増やすように言われ、物件によっては通常の検査に加えて品質管理課独自の検査を行うこともありました。しかし検査を増やせば増やすほど、コストがかかるようになります。

仮に1人の職人が3日で終わる工事があったとします。しかし検査に半日使い、その指摘事項を修正するために半日かかったとします。すると1日が検査で潰れてしまうので、残り2日で工事を完了しなくてはなりません。1人で3日かかる作業を2日で終わらせるためには、残業するか2人で行うかになります。残業分、または1人追加した分の人件費が余計にかかってしまうのです。

このように検査を増やせば増やすほどコストは増大していき、さらに検査員の負担も増えていきます。大京の品質管理課も他部署から「品質管理課が建築コストを増加させている」という批判に晒されました。ゼネコンは相次ぐ検査に対応するために、次回の見積もりから管理費などを大幅に高く見積もるようになったからです。

今やほとんどのデベロッパーやゼネコンでは、施工基準を設けています。施工基準の多くは「誤差プラスマイナス3mm」などの数値目標が設定されていて、品質管理担当部門の社員がこの基準に合わせて何度も検査を行います。大京の品質管理課は、基準に合わせて徹底的に検査を繰り返しました。その結果、コストの増大という問題に直面することになり、検査の回数を減らさなくてはなりませんでした。

コストを下げるのが品質管理

エドワーズ・デミングが唱えた品質管理のメリットは、コストが徐々に下がることでした。不良品の数を減らして再生産など工程の後戻りを減らすことで、最終的にコストが下がるのです。現在、大京に限らず多くのデベロッパーで行われている品質管理は検査を増やすことで施工者を牽制し、工事の品質確保を促すものです。これはコストを上げる結果に繋がるので、デミングが唱えた品質管理とは全く異なるものだとわかります。

品質にはコストと納期(工期)が密接に関係しています。マンション建設において工期が足りなければ突貫工事になりますし、コストが低過ぎれば手抜き工事に繋がります。品質管理を行うにはコストと工期を同時に考えなくてはならないのです。工期やコストは販売計画に直結し、決算に影響します。そんなことを品質管理部門の社員ができるでしょうか。経営に携わらない品質管理部門の社員が、決算に影響を与えることを決定できるはずがありません。

1981年にフォード・モーターに招かれたデミングは、フォード社長に品質管理の手法を説明しますが、フォード社長は「あなたは経営の話ばかりをするが、私は自動車の品質を上げたい」と言います。しかしデミングは品質管理とは経営であることを説明し、品質管理を行うのは品質管理部門の社員ではなく社長のあなただと言っています。品質管理には常に経営判断が付き纏うので、経営者以外に品質管理はできないのです。そのため品質管理部門は、経営者が品質管理を行う際の手足になります。

品質管理が上手くいけば、最終的にコストを削減することができるようになります。しかし品質管理を始めたばかりの頃は、逆にコストがかかることが起こりえます。建築現場は保守的な思想が強く、従来のやり方を変えるのを好みません。しかし品質管理を持ち込むと、時には従来の仕事のやり方を大きく変える必要が出てきますし、慣れないやり方に慣れるまでの時間も必要です。コストがかかることがわかった途端、品質管理を止めてしまう会社もあるでしょう。経営者の決断がなければ、品質管理はできないのです。

デベに品質管理部門があれば安心か

経営者が品質管理のために品質管理部門を作って、そこに任せておけば安心だと考えるなら、品質管理が機能しているかは大いに疑問です。最初に挙げた「新築マンションの9割が欠陥」に書かれていた品質管理部門がデベロッパーにあるかが重要というのは、品質管理は品質管理部門が行うという誤解が前提になっているように思えて私は違和感を覚えました。

もちろんデベロッパーに品質管理部門があるということは、ゼネコン任せにせずに自分達で品質を守ろうという意識の現れだと思います。しかし経営者が自ら品質管理を行うという自覚がなければ、大した効果が出ないどころかむしろコストがかかるだけになりかねません。私は大京で長らく品質管理部門にいて、適正な工期がなければどんな素晴らしい施工基準も検査も効果を発揮しない現状を何度も目にしました。

検査を増やしすぎて、大京が施主の場合は割高に設定するという業者がいたこともあります。断熱材の吹付工事など、他の施主の物件に比べて5割も高くなっていることが問題になったこともありました。もしかしたらコストの増大や工期の遅延を招くとして、品質管理部門が骨抜きになっているデベロッパーもあるかもしれません。品質管理部門があるだけでは意味がありません。経営者が品質をどの程度維持するのか、品質に対してどれほど工期やコストをかけていくのかを真剣に考えていなければ、品質管理が行われているとは言えないでしょう。

まとめ

品質管理を日本に伝えたのはエドワーズ・デミング博士で、デミング博士の貢献によりメイド・イン・ジャパンは世界でも最高品質と言われるようになりました。しかしいつの間にかデミング博士の教えに反し、デミングが排除せよと言った数値目標やノルマが横行して、品質管理はコストがかかるものになってしまっています。

品質管理は経営者が行うもので、社内に設置された品質管理部門が行うものではありません。それを自覚した経営者がいるデベロッパーでは、品質の高いマンションが供給されるでしょう。かつてプラウドを立ち上げた野村不動産では、社長が「ブランドとは品質である」と言い、品質を向上させるためにあらゆる施策を打ち出したそうです。それが今日のプラウドのブランド力に繋がっていると思います。

関連記事
プラウドで生まれ変わった野村不動産

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です