マンション住民の個人情報とビジネス /Google以前の時代

21世紀に入り、多くのマンションデベロッパーにもITがブームになりました。「インターネット使い放題マンション」という宣伝文句が溢れ、それが当たり前になると次のIT活用が求められました。そこで出てきたのがデジタルサイネージです。今回はネットの広告ビジネスモデルが確率し浸透していない中で、マンションで広告ビジネスを立ち上げようとした話を書いてみたいと思います。

デジタルサイネージとは

公共空間や交通機関などで、ディスプレイなどの電子的な表示機器を使って情報を発信するメディアをデジタルサイネージと呼びます。テレビCMと違って不特定多数の人に伝えるのではなく、その場所を利用している人に限定的な広告を出すことが可能で、ポスターなどと違って張り替える手間がなく常に最新の情報を伝えることができます。デジタルサイネージの歴史は古く、1970年代のアメリカで始まったのですが、2000年代に入ってインターネットが一般化すると通信コストが大きく下がり、無線ネットワークの普及によって設置が容易になったため一気に注目されるようになりました。

マンションに提案されたデジタルサイネージ

某大手電機メーカーからデジタルサイネージが提案されたのは、2003年か04年頃だったと思います。30インチから40インチの液晶モニターで、当時の価格で60万円ぐらいしたと思います。これをマンション共用部に設置して欲しいという提案でした。利用用途としては、以下のようなものでした。

①掲示板代わりに管理組合のお知らせを掲示する
②天気予報・気象庁の警報等の表示
③近隣のスーパーなどのチラシの表示

ようするにマンションの掲示板をデジタル化して、ついでに天気予報などを表示するというものでした。デジタルサイネージは本体の買取かリース契約で、これだけの機能のものに数十万円を支払うのは無駄に思えました。私がいたデベロッパーでは、一部のマンションで試験的に導入されましたが、高級感のあるエントランスにスーパーのチラシが表示されるのは嫌だという声が出た他は、あまりパッとしませんでした。

広告ビジネスとして検討開始

2005年頃に某電機メーカーが、なんとかデジタルサイネージを普及させたいと相談があり、何度も打ち合わせを行いました。私の方からは、住民のメリットが見えず普及させたいメーカーの都合ばかりが出ていること、価格が高すぎることの2点を指摘しました。この頃はインターネットは普及しているもののパソコンで行うのが当然で、スマートフォンも普及していませんでした。正直言って、マンションエントランスで気軽に情報を得るということも、イメージしにくかったです。

そこで私の方から、デジタルサイネージの設置を無料にし、さらに広告収入の一部が管理組合に入るスキームができなかと提案しました。近隣のスーパーだけでなく、企業から広告を出してもらい、エントランスにCMを流すことで定期的な広告料を得ることができるのではないかと考えたのです。このように書くと、時代を先取りしていましたという自慢話に聞こえるかもしれません。しかし当時の私がイメージしていたのは、もっと古いサービスでした。それはダイヤルQ2です。

ヒントはダイヤルQ2

ダイヤルQ2は、1989年に始まった電話による有料情報サービスです。0990で始まる電話番号をかけることで、特定の情報を得られるようになります。料金は1分100円とか300円などさまざまで、得られる情報によって金額が違いました。90年代には出会い系のボイス掲示板として活用されるなど、アダルト系のサービスが話題になり社会問題化もしました。しかしこのサービスが始まった頃に、大学生が始めた会社のことを私は覚えていました。それは大学の休講を教えるダイヤルQ2です。

多くの学生は、登校してから学内の掲示板を見て授業が休講になったことを知ります。次の授業まで時間を潰す必要が出てくるので、時間が無駄になってしまいます。そこで自宅から今日の授業の休講情報が分かれば、学生にとって便利だと考えたのです。誰かが朝一番で学校に行き、休講情報を確認します。その内容を喋って録音したものを、ダイヤルQ2で聞けるようにしました。しかしそんな情報にお金を払う学生がそんなにいるとは思えません。そこでスポンサーを募り、休講情報の前に企業CMが流れるようにして、利用者には費用がかからないようにしたのです。

企業からすると、特定の大学の現役の大学生が電話してくるので、広告のターゲットが絞りやすいというメリットがあります。さらに無料にしたことで、多くの学生が利用していました。私はデジタルサイネージの話を聞きながら、このサービスを思い出したのです。マンションのエントランスに広告を出すということは、住んでいるエリアも電車の沿線も特定できます。ファミリー型のマンションであれば、住んでいるのは家族層がほとんどです。マンションの価格帯によって、ある程度の年収も把握できます。広告を打つには、とても有利に思えたのです。

広告代理店も興味を持った

私はこの話を、全く別の要件でやってきた広告代理店にも話しました。数百戸クラスのマンションで行うのであれば、十分に検討可能だということで、さらに住民の詳細なデータが出せるならば大手のメーカー(例えば自動車メーカーなど)の広告を流して利益を出すこともできそうだと言います。広告代理店がさらに欲しい情報としては、住民の「生年月日」「性別」「職業」「年収」などでした。これらの情報を渡すのは、2005年当時でもかなり難しいことでした。既に個人情報保護法が制定(2005年4月1日全面施行)されており、まだまだ浸透していないとはいえ住民の職業や年収を商目的で渡すことは難しかったのです。

Google前の時代

私がいたデベロッパーも管理会社も、個人情報を渡すことに難色を示します。住民の同意を得れば、これらの情報を渡すことは可能ですが、住民側の反発も予想されるので誰もが及び腰でした。当時はGoogleがGmailでメール内の情報を集めていることが問題視されており、広告モデルが世間に認知されていませんでした。こういったことから、広告主を募ってデジタルサイネージでマンションエントランスに流すというビジネスモデルは、お流れになってしまいました。今のように個人情報保護法に対する考え方も定まり、企業が何を守って個人とどのような約束をして守れば良いのかがはっきりしていれば、もう少し違ったアプローチがあったかもしれません。

しかしそれから数年後に、スマホが一気に普及することになります。あえてマンションのエントランスに絞って広告を打つよりも、Googleのネット広告の方が遥かに細かくターゲットを狙って広告を出せるので、デジタルサイネージによるマンションへの広告が実現していても、あっという間に廃れていたように思います。

まとめ

2000年代初頭にデジタルサイネージが注目され、マンションのエントランスに導入することを考えたことがありました。しかし個人情報の壁があり、ビジネス化には至りませんでした。惜しかったと思う反面、スマホの普及によって廃れていただろうと考えると、変に事業化できなくて良かったとも思います。今後もマンションを使ったビジネスは出てくると思いますが、立地の住所がはっきりしていて特定の層が住んでいるマンションなどは、何らかの広告ビジネスの対象になるのではないかと今でも思ったりします。その一方でデジタルサイネージは、電車の中やコンビニの店内、駅などに広がっています。こちらも独自の発展を遂げそうな気がします。

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