マンション営業の武勇伝 /狂った時代の営業マン伝説

マンション業界にいた人なら、マンション営業の武勇伝を聞いたことがあると思います。今ではただの迷惑行為だったり、違法行為になるものもあります。今回は私が聞いた営業マンの武勇伝を書いてみたいのですが、この手の話を不快に思われる方もいると思いますので、ご注意ください。以前はこんな酷いことが賞賛されていたのだと、知って頂けたらと思います。

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地獄の電話営業

電話帳から局番まで

かつてマンション営業の基本は電話営業でした。朝から晩まで電話をかけて、見込み客を見つけるのです。別のマンションを見に来た人のアンケートから電話をする、過去に問い合わせがあった人に電話するというのは当然で、名簿屋から購入した名簿を使って電話をすることもありました。名簿屋というのは、さまざまな名簿を販売している業者で、名簿屋のリストにはこのようなものがありました。

・◯◯大学卒業者リスト(平成□年版)
・都内在住開業医リスト
・高級化粧品購入独身女性リスト
・高額納税者リスト
・健康器具購入高齢者リスト
・家賃◯◯円以上居住者リスト

こんな感じで、本当にさまざまな名簿が存在しました。これらは情報量により、1件数円から数十円で販売されていたのです。この名簿を使って朝から晩まで電話をするのです。夜は9時を過ぎてもお構いなしに電話です。むしろ夜の方が在宅率が高いので、9時を過ぎたら本番なんて言われていました。

そして名簿が尽きると、次は電話帳です。チームで「お前の担当は『あ』から『く』までね」などと割り振られ、同じく朝から夜遅くまで電話します。そして電話帳も尽きたら、次は局番で電話します。例えば03-3392-0000から03-3392-9999まで、ただ順番に電話をするのです。当たり前ですが、こんなことを毎日やっていると、精神的におかしくなってきます。モチベーションが下がる社員もいるので、気合を入れる必要がでてきます。

立って電話しろ

毎日電話ばかりしていると、見込み客を捕まえることができる社員とできない社員が出てきます。何日も見込み客を捕まえられない社員はモチベーションも下がっているので、声の張りもなくなります。そこで立って電話するように言われます。座ってよいのは昼休みだけで、見込み客を捕まえるまで立ったまま電話営業を行うのです。眠気も飛びますが、足がだるくなり辛さは倍増します。

それでも見込み客が出ないと、受話器を握った手をガムテープでぐるぐる巻きにされ、トイレと昼食時以外はずっと受話器を持ったままにされます。そんな目に遭う社員を見て、周囲は自分の身に降りかからないように、電話営業で見込み客を捕まえようとするのです。言うなれば晒しものにされるわけですが、それに耐えることを求められました。

灰皿も飛んでくる

受話器と手をガムテープでぐるぐる巻きにされ、立ったまま何日も見込み客を捕まえられない社員がいました。毎日のように上司から叱責され、ストレスから顔は青白くなり、蕁麻疹に苦しみながら電話営業を続け、それでも成果が出ませんでした。断られ続けて簡単に電話を切るようになったその社員に、上司は「やる気はあるのか!」と怒鳴りながら灰皿を顔に投げつけました。

ガラスの灰皿が顔に直撃し、顔からはポタポタと血が流れますが、その社員はそのまま電話を続けます。上司はその様子に満足し、血を流しながら電話を続ける姿を見習えと他の社員に言います。後にその社員は支店でトップの成績を出すようになり、この話は武勇伝として語られました。私は灰皿を投げつけられたこの方に、その時の心境を聞いたのですが「よく覚えていない。多分、おかしくなってたんだろうな」と言われました。

訪問は夜討ち朝駆け

見込み客が出来たら、週末にモデルルームに案内します。そして営業を掛けて、契約に結びつけます。見込み客が躊躇するなら、自宅にお邪魔します。「平日はいつも11時過ぎに帰るから、土日にして欲しい」と言われたら「大丈夫です。11時過ぎにお伺いします」と返します。「そんな遅い時間は無理だ」と言われると「朝は何時に出勤されるのですか?」と返します。「7時には家を出ます」と言われたら「では、朝の5時にお伺いします」と返すのです。

夜討ち朝駆けはマスコミの取材によく使われる言葉ですが、マンション営業でも当たり前のように使われていました。これは口にするだけでなく実行することが大事だと言われ、深夜でも朝でもお構いなしに訪問していました。こんなことをしていると、非常識だと会社にクレームが入ることも珍しくありません。すると上司がお詫びと言って担当社員に同行してお宅に伺い、謝罪もそこそこに営業を開始するのです。

絶対に契約できる方法

私の先輩は、営業マン時代に見込み客の家に10時に訪問し、そのまま深夜2時まで営業をかけました。しかし断られ続け、最後には泣きながら「もう許してください」と言われてしまいました。自分の父親のような年齢の人が、疲労感たっぷりの顔に涙を浮かべて懇願する様子に気の毒にになってしまい、申し訳ありませんでしたと家を後にしました。そして家を出て公衆電話を探し、上司の自宅に電話して「断られました」と伝えました。その報告に上司は激昂します。

上司「お前、本当に客宅にいたのか?酒飲んでただけだろ!」
先輩「違います。今まで交渉していましたが、ご主人に泣いて断られました」
上司「お前、どこから電話してるんだ?」
先輩「外に出て公衆電話から掛けてます」
上司「ふざけるな!本当に交渉してたなら、客宅に戻って電話を借りてそこから電話しろ!」

仕方なく先輩は見込み客の家に戻り、事情を説明しました。露骨に迷惑な顔をされながらも、自分が酒を飲んで遊んでいたと思われているから、電話貸して欲しいと懇願します。仕方ないということで、電話を貸してもらえました。電話に出た上司は

「家に上がったんだな。よくやった。今から俺のいう通りにしろ」

と言い、ここから交渉の第2ラウンドが始まったのです。朝の4時を過ぎる頃、見込み客は寝不足と疲労で意識朦朧になって根負けし、契約となったそうです。これは美談になり、不屈の営業として支店内で賞賛されることになります。

この頃、絶対に契約できる営業法というのが、大真面目に支店内で語られていたそうです。それは相手の自宅に上がり込み、断られても断られても、契約するまで交渉を続けるというもので、契約できるまで交渉を続ければ必ず契約になるという理屈でした。この手法はマンション営業に限らず、金融業界でも同様だったそうで、詐欺事件として話題になった豊田商事事件でも同様の手口が使われていたようです。

職務質問も営業チャンス

夜討ち朝駆けが当たり前になると、マンション営業マンは深夜の住宅街をとぼとぼ歩くことが多くなります。そうなると警察の職務質問を受けることも増えるのですが、午前3時に「さっきまでお客様宅で、マンション購入の商談をしていました」と言っても、なかなか信じてもらえないことも多かったそうです。その結果、警察官には質問攻めにされ、マンション購入について、あれこれ話をすることになります。

そんな状況を利用して、職務質問をきっかけに警察官に営業をかけて契約を狙う営業マンが少なからずいました。警察官は公務員なので共済ローンが利用可能で、住宅ローンが組みやすいのです。職務質問をしたばかりに、自宅に夜討ち朝駆けの営業をかけられるようになるなんて、警察官は思いもよらなかったでしょう。こうして契約を勝ち取ると、武勇伝としてあちこちで語られるようになります。

見込み客は捕まえるもの

ここまで読んだ方の中には、見込み客を「捕まえる」という表現に違和感を持った方もいると思います。今では失礼な表現に当たるでしょうが、当時はこのような表現が普通に行われていて、「さっさと見込み客を捕まえろ」という指示が飛んでいました。見込みは出すもので、見込み客は捕まえるものでした。今とはずいぶん感覚が違うと思いますが、当時としても失礼な言い回しだったと思います。

商談中に上司から「(契約が)決まるのか決めるのか、どっちなんだ」と電話がかかってくる時代で、リゾートマンションの建設予定地の山の中に見込み客を車で連れて行って説明し、契約しないと言われると「買わないなら客じゃない」と山の中に置き去りにして帰ってくるような時代です。そういった雰囲気だったと思ってください。

まとめ

現代のコンプライアンスとはかけ離れた、力任せの営業がまかり通る時代の武勇伝であり、現在なら警察を呼ばれてもおかしくないことが平気で行われていました。ただしこの頃は不動産業者だけがおかしかったわけではなく、金融商品の営業も五十歩百歩でしたしマスコミの取材も平気で人の家に勝手に上がり込んでいました。こういう時代の成功者は、このような方法しか知らないため、後にパワハラの温床になったのではないかと思います。不動産業界では、このような風潮は長らく続いていましたが、今のこの頃の片鱗が見られる会社があり、ブラック企業と呼ばれています。

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