建築家という蛮族がいる

建築家は単に建物を作るだけでなく、現代技術の粋を集めて建物を建設する科学者であり、科学を理論から現実の物に変える技術者であり、法律の定めの中で顧客が求める最大限のものを考える法律家であり、都市のあり方や方向性を考える哲学者であり、街の顔をつくる芸術家でもあります。さまざまな要素を持つ建築家が尊敬を集めるのは当然のことで、有名な建築家は賞賛と尊敬を集めます。しかしいつの頃か、建築家は科学や技術を忘れて芸術家志向ばかりが強くなってしまいました。美しく奇抜なデザインで都市のシンボルになったり、または都市の印象を一変させる建物を設計しながら、とても使いにくい建物を作るのが今や当たり前になっているのです。

国立代々木競技場

国立代々木競技場は1964年に竣工した、戦後の日本を代表する建築物です。吊り橋状の構造は圧倒的な美しさと迫力を兼ね備え、モダニズム建築の代表作として世界的評価も高いシンボリックな建物でした。設計をした丹下健三氏は日本を代表する建築家で、その名声は世界的なものになっています。戦後の日本において、国家プロジェクトをいくつも手がけ、また黒川紀章氏などを世界的建築家に育てたことでも有名です。

※国立代々木競技場

この国立代々木競技場は完成当初から雨漏りに悩まされ、同時にメンテナンスの困難さから莫大な維持費がかかることで知られています。建築技術に多少の知識がある人が、この体育館の屋根を見たら悲鳴を上げるレベルで、工事のミスや不手際ではなく見た目を優先させ過ぎたために、完成当初から雨漏りが頻発しています。その原因は工事で補えるものではなく、設計がおかしいのは施工を知る人なら一目瞭然になっています。

相次ぐ雨漏りに伴う補修工事、そして改修工事で膨大な費用がかかる実態について問われた丹下健三は「日本の施工技術が私に追いついていない」と一蹴しています。現在も膨大な維持費を垂れ流しているこの体育館は、構造の複雑さから解体する費用も膨大で、次の東京オリンピックでも使うことになっています。維持するにも壊すにも巨額の費用がかかる国立代々木競技場は、東京都の税金で維持されています。東京都民はアトラクティブな見た目と引き換えに、毎年膨大な維持費を払っているわけです。

体育館を作るのに雨漏りしないというのは大前提のはずですが、それすらできなくても丹下健三の評価が下がることはありません。他にも東京都第一庁舎など、雨漏りや空調の問題に悩まされる丹下健三の物件は多々ありますが、不動の名声を勝ち得たまま鬼籍に入られました。

※東京都庁舎

東京都庁舎も丹下健三の設計です。雨漏りが多い、形状が複雑なため空調がデタラメ、維持費が毎年18億円もかかり、修繕費を試算したら1000億円(朝日新聞の2006年報道より)という笑えない建物です。働く人には不便で東京都民にとっては高い維持費を払い続けることになった東京都庁舎ですが、果たして誰のために作られたのか疑問が残ります。この建設で得をしたのは丹下健三以外に誰がいるのか?と疑問を持ってしまう人がいるのも当然でしょう。

東横線渋谷駅

日本を代表する建築家、安藤忠雄氏が設計した東横線渋谷駅はオープンと同時に利用者から批判の声が挙がりました。しかしこれは安藤氏の設計だけが問題ではありません。地下5階という利用しにくい奥深い場所に移ったことに加え、副都心線に連結したことで、埼玉県でサラリーマンが鞄をドアに挟むと、東京から神奈川県にかけて電車が遅延するという面倒さいことになったのです。

※東横線渋谷駅

そこに安藤忠雄氏の絶妙な設計が加わり、地下の魔窟、地獄などと呼ばれることになりました。地下5階に行くのにエスカレーターが少なく、狭いので朝の混雑が増しました。そしてあちこちに現れる空間オブジェが人の導線を邪魔します。邪魔なオブジェはあるのに売店はありません。飲み物を買いたければ、隣の田園都市線まで行けと言わんばかりです。さらにホームは改築して狭くなるという、何のために改築したのかわからない構造です。

導線を無視した設計をする建築家がいるとは思えないのですが、朝の混雑時に歩いてみると、その酷さが体感できます。私が安藤氏の講演を聞いた時、「これまでは人の意見を聞きすぎていたので、これからは自分のために設計をしていきたい」と語っていて、「自宅以外でそんなことをやっちゃダメだろ」と思ったのですが、渋谷駅はまさに安藤氏が自分のために設計したように思います。

実際に渋谷駅の利用者が減っていて、JR東日本の調査では利用者数が3位から5位に下がっています。東横線渋谷駅で降りない人が増えたようです。その経済効果は年間でマイナス20億円になっていて、深刻な経済ダメージを与えています。もちろん全てが駅の設計に起因するわけではありませんが、このマイナスに安藤氏が貢献しているのも間違いないでしょう。これは安藤氏にもダメージを与えたかたと思われがちですが、この後にも熊本駅の設計を依頼されています。こちらも地元の人から「安藤さんは駅を理解していないのでは?」という声が挙がる使いにくい駅に仕上がっているようです。写真で見るかぎり、渋谷駅同様にホームが狭くなって歩きにくいつくりになっていますね。

海外でも

こういうのは日本だけの傾向かというと、そんなことはありません。ノーベル賞候補とも噂された世界的建築家のオスカー・ニーマイヤーの建物は、空調が効かないなどの使い手が苦しむことで有名です。もちろん全ての建物ではありませんが、使い勝手の悪さから業務に支障が出て使われていない例もあります。科学や技術、そして使い手を無視した建築は世界的に行われているのです。日本でも新国立競技場で話題になったザハ・ハディドもアンビルド(建てられない)建物をデザインすることで有名でした。

※オスカー・ニーマイヤーのニテロイ現代美術館

以前、そこそこ有名な建築家の人と話した時に建設技術の話をすると、「私は技術のことを知りたくないんです。知ってしまうと、自由な発想が阻害されますからね」とおっしゃっていました。論文を書くだけならそれでいいのですが、お金を払って実際に建物を建てる人からすると、たまったもんじゃないと思いましたね。科学や技術を捨てた建築家の芸術家気取りが、歪な建物を生んでいると思います。建築は芸術である前に、人が使うことを忘れてはならないと思います。そして維持管理まで考えられていない建物は、未来に負債を作るだけだと思うのです。

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