相談事例 マンション営業が上手くいかない

仕事で知り合った不動産屋さんと話していると、ずっと苦戦している若手社員の話を聞いてもらいたいと言われました。上司の自分から何かを言うと説教じみてしまうので、元気が出るような言葉をかけて欲しいというわけです。私は不動産営業のスペシャリストでもないので断ったのですが、雑談でもいいからとゴリ押しされて話を聞くことになりました。

売れない営業マン

彼は20代の若手で、業界経験は3年目です。1年目と2年目は、それなりに売れていたそうですが、昨年の夏頃からパタリと売れなくなり、3ヶ月連続で売上0を記録することも珍しく無くなってしまいました。初年度はあんなに売れていたのになぜ急に売れなくなったのか原因がわからず、先輩や上司からたくさんのアドバイスをもらっています。

先輩方からは売りたいという意識が顔に出ているので、それが相手に伝わってしまい逃げられていると言いますが、売れている頃から「今日は絶対に1本決める」と誓って交渉に挑んでいたそうで、それは入社した時に教わった心構えだそうです。やり方を変えたわけではないのに、全く売れなくなってしまい悩んでいました。

売れなくなる典型的なパターン

話を聞くと、若い社員が売れなくなる典型的なパターンだと思いました。アメリカ大統領のドナルド・トランプはビジネスの心構えを語った際に「知識と経験がないなら若さと情熱を売り込め」と言っていました。恐らく多くのビジネスに通じる話だと思います。若手の社員は経験がなく知識もありません。そこで上司や先輩達は、若手社員に若さと情熱を売り込むことを教えます。ですから若手は教えられた話法をなぞり、熱心に説明を繰り返しエネルギッシュに営業を行います。

彼の場合はそれが功を奏して売れました。しかし2年が過ぎると慣れが出てきます。同じ話を毎日何人もに繰り返すのも飽きてきます。最初の頃は1件売れたら大喜びしていましたが、何件も売るうちに喜びもなくなります。こうしていつの間にか情熱がなくなり、知識も経験もない営業マンは武器を失って売れなくなるのです。ある時期から突然売れなくなる営業マンの多くは、最初に持ち合わせていた情熱を失ったことから失速しています。

そもそも営業とは何か

この若手に「そもそも営業ってなんだと思う?」と質問すると「契約を取ること」と返ってきました。契約をとるのは営業の目的であって、営業活動の意味を表すものではありません。さらに質問すると「住宅を売ること」と言いました。さらに質問すると「顧客に買いたいと思わせること」と言います。

営業の目的は契約です。契約は「売りたい」という意思と「買いたい」という意思が一致するから結ばれるものですが、彼の口からは「売ること」「思わせること」といった、売り手の意思しか出てきません。彼にとって営業は自分の意思を通すことになっていて、相手の意思が存在しないのです。自分の意思だけを押し通す営業が、上手くいくはずはありません。昨日も2人のお客さんと話をしたそうですが、契約に至る気配が全くないそうです。

続けて「では、どうして昨日の2人は、あなたの話を聞いてくれるのでしょうか」と質問してみました。1人は「そろそろマイホームが欲しい」と考えていたそうですし、2人目の人は会社の業績悪化で社宅制度の見直しがあり、来年までに今の社宅を出なくてはならなくなったからだそうです。2人目の方は、来年には住んでいる家を出て行かなくてはならないという問題を抱えています。1人目の方は漠然とそろそろ家が欲しいと考えているようですが、恐らくですが歳をとると住宅ローンが組めなくなるとか、子供が成長して今の家が手狭になったなどの問題を抱えていると思われます。

若手社員はこの2人に、おすすめの物件の話をしたそうですが、反応は今一つ良くなかったそうです。住宅を購入しようとする人は何らかの問題を抱えていて、住宅購入が問題の解決になるかもしれないと考えるから購入を検討するのです。その問題は上記のようにローンの年齢かもしれませんし、子供の成長かもしれませんし、賃貸で上がり続ける更新料と家賃かもしれません。今の住宅に満足している人は、新たに家を買おうと考えません。購入を考える動機があり、大抵の場合は何らかの問題を抱えているからです。この若手社員は問題を抱えた顧客に、その問題を深く理解せずに物件を勧めていたのですから、これで売れるはずがないのです。

最初の私の質問「そもそも営業ってなんだと思う?」ですが、営業は2つのことを行います。「①顧客が抱える問題を顕在化する」「②顧客が抱える問題の解決策を提示する」です。子供が成長して手狭になったから家を購入しようと考えてマンション探しを始めた人でも、話を聞くと親の相続に大きな問題が潜んでいるかもしれません。また安易な住宅購入が、子供の教育費を圧迫する可能性がある人かもしれません。本人が悩んでいる問題だけでなく潜在的に抱えている問題を明らかにして、その解決策を提示するのが営業です。自分が抱えている問題は、このマンションを購入することで解決するとわかれば、喜んで契約するのです。

不動産のスーパー営業マン

私の知り合いに、1億円以上の物件をポンポン売る人がいました。社員を雇わず1人で活動しているのですが、年間20件前後も売っていました。この人の不動産の売り方の特徴は、いわゆる一般的に営業活動と言われる活動をしないことです。ビラを撒いたり、電話を掛けて回ったり、webサイトを作って宣伝したりしていませんでした。店舗すらなく事務所しかないので、不動産屋らしくありません。1日の大半を事務所で過ごし、夜になると知人と食事に行くだけで次々に高額物件を売っていました。

そしてこの人のもう1つの特徴は、ほとんどのお客が物件を見ずに買っていることです。1億円もする物件を見ずに買う人がいるのも驚きですが、ほとんどのお客さんは写真と地図を見るだけで購入を決めていたそうです。このような販売手法が成立するのは、この人が顧客が抱える問題の解決策を提示する能力が飛び抜けていたからです。

新規のお客は全て既存の顧客からの紹介だそうです。やって来る人は富裕層なのですが、会社を経営していて事業継承で悩んでいる人、自分が死んだ後に子供が相続税を払えなくなる危険性がある人、奥さんの知らない子供がいて自分の死後に揉めそうな人達です。それらの問題を聞いて調査し解決策を提示していくのですが、不動産はもちろん税金や金融商品に関する豊富な知識をフル活用していました。そのため不動産購入に至らないこともありましたが、それは気にしていませんでした。

相続税に悩む人であれば、現金をなるべく減らすというのが基本になります。その際に不動産購入を勧めることもありましたし、大口の生命保険を勧めることもありました。「息子さんを契約者にしてください。費用はあなたが持ちます。年間110万円までの贈与なら非課税ですし、あなたの場合は年間300万円渡して贈与税を払っても相続税を削減できます」などとアドバイスを送り、必要なら知り合いの税理士、司法書士、保険屋、証券マンなどを呼んで対応していました。

このように問題を解決していくので紹介が紹介を生み、問題を抱えた富裕層が次々と来ていました。ですからあちこちに営業をかける必要もなく、また顧客は問題解決のために不動産を購入するので見にいく必要もなかったのです。この方は飲み会の帰りに心不全で突如亡くなられてしまいましたが、奥様は弔問客の1人に「ご主人には錬金術で何度も助けていただきました」と言われ、なんのことかと戸惑ったそうです。不動産や金融商品を駆使してあっという間に問題を解決するのが、錬金術のように見えたのでしょう。

契約には双方の意思が必要

不動産が契約に至るには、売りたいという意思と買いたいという意思が一致しなくてはなりません。それなのに一方的に売りたいという意思ばかりを優先して出してしまうと、相手は興味を失います。しかし世の中には人柄だけで売れてしまうような天賦の才を持つ人がいるのも事実で、こういう人はニコッと笑って「私を信じて下さい」と言えば売れてしまいます。しかしこういう人の真似をしても凡人が同じようにやれるはずがありません。むしろこういう天賦の才を持つ人のアドバイスは、凡人には害悪にすらなるような気がします。

「①顧客が抱える問題を顕在化する」「②顧客が抱える問題の解決策を提示する」この2つを念頭に置いても相手はなかなか自分のことを話したがりませんし、問題がわかったとしても解決策を提示できるかはわかりません。話を聞き出すテクニックは必要ですし、さまざまな専門知識に詳しくなければなりません。ですからコツコツと勉強して知識を増やす必要がありますし、専門家の仲間を増やす必要があります。

まとめ

今回話をした若手は、営業をそういう風に考えたことはなかったと感心していましたが、果たして彼がどのように行動を変えるのかはわかりません。しかし相手の問題を解決するという基本さえ抑えていれば、おかしな方向には向かないだろうと思います。営業の現場では「つべこべ言わず売ってこい」と言われがちですが、伸び悩んでいる社員にはこれまでと違って視点を与えるのも大事ではないかと思いました。

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