なぜマンションから和室が消えたのか /マンションが売れない時代のBRUTUSの影響
新築マンションで和室を見なくなってから、どれくらい経つでしょうか。2000年代初頭は、まだ和室を見ることはありました。しかしいつの間にか和室は姿を消し、フローリングの洋室ばかりになっています。私は床に寝転がる生活をするなら畳張りが最も適していると思うのですが、現在ではフローリングにカーペットを敷いて寝転がる人が多いように思います。なぜマンションから和室が消えたのでしょうか。今回は、和室が消えた理由を考えてみたいと思います。
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2000年頃が分岐点?
データがないので個人的な記憶で言うと、90年代のマンションの多くには和室がありました。それが減少したのは2000年代に入ってからだと思います。まず和室と言っても、単に畳が敷いてある部屋というわけではありません。90年代のマンションの和室は押し入れがあり、鴨居があって天井も天パックと呼ばれる石膏ボードに木目調の印刷を施した木天井のように見えるものでした。しかし2000年頃から、徐々に洋室の床が畳になっているだけの和室が増えていきます。引き戸ではなく開戸で入り、壁には長押もなく、押し入れではなくクローゼットがある畳敷きの部屋です。
この頃から、正方形の琉球畳を使った和室も見られるようになりました。一般的な畳よりモダンな印象を与える琉球畳は、デザイン性の高いマンションに採用されることが多かったように思います。しかしこういった和室は徐々に消えていき、フローリングの部屋ばかりになっていきました。この和室の消滅と同時に消えていったのが、カーペットの部屋です。2000年頃のマンションは、カーペットとフローリングを併用するケースがありました。フローリングは歩行音が階下に響きやすいため寝室だけをカーペットにしたり、逆にリビングだけカーペットにするなど、デベロッパーによって考え方はさまざまでした。そのためこの頃のマンションはフローリングとカーペットと畳の部屋があり、トイレや洗面所はPタイルという4種類の床材が使われていたこともあります。
リフォームでも和室を洋室に
2000年代から増えていったのがリフォーム事業です。以前からリフォーム業社はあったのですが、ネットなどでリフォームして新築のように改修した中古マンションの情報が増えたため、安く購入できる中古マンションを自分好みにリフォームする人が増えていきました。この中でも和室から洋室への変更が多く行われています。特に75㎡4LDKなどの各部屋が狭い間取りの場合、和室を潰してリビングに繋げて広いリビンングを実現するリフォームが多く行われていました。
また2000年代に入るとバリアフリーが流行します。それまで畳の部屋は、フローリングの部屋との境に段差がありました。しかしバリアフリーによって段差がなくなると、フローリングに溜まった埃が畳の上に入ってくることになります。フローリングは掃除機で埃を簡単に吸い取れるというメリットがありますが、カーペットのように埃を吸着する機能がないのでエアコンの風や人が歩く風圧で埃が飛び散るデメリットがあります。そのため畳の上に寝転がっていたら、フローリングの部屋からの埃が畳の上に侵入してくることになり、畳のメリットが消えていったのです。
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デザイナーズマンションの流行
デザイナーズマンションの流行は、雑誌「ブルータス」が火付け役だったと思います。1996年に「有名建築家が作った集合住宅情報」という特集を載せ、これが大きな反響を呼ぶことになりました。その後も「ブルータス」は、積極的に有名建築家のデザイン性の高いマンションを紹介し続けます。この時の特集は賃貸マンションが中心で、若いカップルが若い時限定で住みたいおしゃれな部屋という切り口だったと思います。吹き抜けがあったりコンクリート打ちっ放しの部屋が注目され、テレビドラマに出てくるような部屋に住むことができると大人気になっていきました。
女優の吉瀬美智子さんは1995年頃に上京してモデル活動を始めますが、自分で部屋を借りられるようになったら絶対にコンクリート打ちっ放しの部屋に住むと決めていたとインタビューで語っていました。まさに「ブルータス」の影響を受けていたと思われます。こうして従来のマンションとは違う、おしゃれなマンションが人気になり、デザイナーズマンションという言葉が90年代末になるとテレビなどでも頻繁に紹介されるようになりました。この波は分譲マンションにも波及し、有名建築家を起用したマンションや建築士とは別にデザイナーを登用した分譲マンションも登場するようになります。このおしゃれなマンションの流れの中で、昔ながらの和室は敬遠されるようになっていきました。
マンションが売れない時代の変化
2000年代初頭は長引く不況により、マンションが売れない時代でした。リストラのニュースが連日報道され、大手企業でも早期退職社を募るようになり、将来への不安が大きくなっていました。さらに住宅金融公庫の「ゆとりローン」による破産が増えたことで、マンション購入に関してネガティブな情報も増えていました。こうしたマンションが売れない時代に、マンションデベロッパーはさまざまな手を打つようになります。その1つが先に書いたデザイナーズマンションでした。従来のマンションのイメージを一新し、おしゃれな生活ができる間取りや内装を考えるようになり、よりモダンなものを採用するようになります。
その一方で、不況により大企業が倉庫やグラウンドを手放したため都心部の広大な土地が売りに出されることになり、そこに大規模マンションが建設されるようになりました。タワーマンションブームの到来です。この倉庫やグラウンドは湾岸部に多かったこともあり、マンションデベロッパーはこぞってそれらの土地を購入してマンションを建設していきました。その様子から湾岸戦争とも呼ばれ、激しい販売合戦が繰り広げられることになりました。このようなタワーマンションが飛ぶように売れる影で、郊外の中規模マンションなどは販売に苦戦していて、それらに違いを出すためにデザイナーを登用するなどしていました。
さらに90年代後半から、フローリングの遮音性能が向上していきました。騒音を気にしなくて良いとなると、多くのデベロッパーはこぞってフローリングを採用するようになります。またマンションが売れない時代ではコストダウンも進み、1室にフローリングとカーペットと畳があるような仕様は敬遠されるようになります。全てフローリングにすれば1業種の工事で済むため、畳やカーペットが姿を消すことになりました。このようにさまざまな要因が重なり、分譲マンションから和室が姿を消すことになっていったのです。
和室の復権はあるか
実は、ここ数年ほど和室への関心が一部で広がっています。日本人の多くは床に座る生活をしています。床に座ったり寝転がったりする生活では、畳が最も優れています。元々、フローリングは欧米の靴を履いたまま生活するスタイルで進化した床材です。カーペットにしても、ホテルの床がカーペットなのを考えても床に座るというより靴で生活するスタイルに適しています。そのため、和室が見直され始めています。
とは言っても新築マンションの間取りを見ると、和室はほとんど見当たりません。また賃貸マンションでも洋室派の方が和室派より圧倒的に多く、和室のワンルームを洋室のワンルームにリフォームするケースが多く見られます。しかしアキュラホーム住生活研究所などの調査によると、戸建で和室・畳コーナーのある間取りの割合は2009年:62%、2014年:63%、2015年:68%、2016年:71%と増加傾向になっています。マンションは洋室ばかりですが、戸建ではジワジワ復権しているようなのです。
まとめ
90年代後半に雑誌「ブルータス」から火がついたデザイナーズマンションブームに加え、マンションが売れなくなった2000年代に入ると床の種類を減らしてコストダウンを図るようになりました。さらにフローリングの遮音性能が向上したため、畳張りではなくフローリングの部屋ばかりになりました。生活スタイルの変化などが原因と言われていますが、いまだに多くの人が床に座ったりカーペットを敷いて床に寝転がる人が多いのを見ると、畳の部屋が減った理由ではないと思います。戸建では和室が増加しているようですが、マンションはどうなるのでしょうか。今後、リフォームなどで畳張りの部屋を作る人が増えるのではないかと個人的には思っています。床に寝転がるなら畳が一番良いですし、小さな子供がいる家庭でも畳の安全性は見逃せないと思うんですよね。