わかりにくい建築費 /相場がない世界

普段からさまざまな質問を受けますが、もっとも答えに困る質問が工事費用や建築費に関するものです。リフォーム費用や修繕費用など、業者からもらった見積書が高いのか安いのかわからないので判断して欲しいというわけですが、金額はさまざまな要因によって変わってくるので判断が難しいのです。

人件費は時価に近い

工事に関わる職人の人件費は、年々変わっていきます。特に野丁場と呼ばれる ゼネコン の仕事を主に請けている建設業者の職人は、人件費の変動がよくあります。それは公共工事の人件費が毎年変わるからで、民間の工事もこれに影響を受けるのです。以下の図は国土交通省が発表している「公共工事設計労務単価」の推移です。

平成24年度は1日1人の職人の人件費が1万3000円ちょっとだったのに、近年では2万円近くになっていることがわかります。これは全業種の平均額で、業種によっては金額のバラツキが大きくあります。特殊技能が必要な工事の職人は金額が高くなっています。とにかくこのように年々金額が変わるうえに、人件費が工事費の大部分を占めることも多いので、とてもわかりにくいことになっています。

2019年はゼネコン同士で職人の奪い合いをしていたので、高額になりがちでした。それまで1日2万円ぐらいだった溶接工が、6.5万円でオリンピック会場の工事に呼ばれたりしていました。こうなってくると金額はあってないようなもので、マンションの修繕など単価の安い仕事には、なかなか人が回らないということがありました。

材料費は業者によって違う

照明や便器、ユニットバスなどは商社から購入して取り付けますが、商社が業者に売る金額は業者によって変わります。例えば定価20万円の便器があったとします。工事業者Aは、その商社から毎年数百個の便器を10年以上買い続けています。工事業者Bは年間3個から4個購入していて、全く購入しない年もあります。この場合、業者Aの方が圧倒的に安く購入できるのです。業者Bが13万円の価格が提示されるのに対し、業者Aは8万円だったりすることがあります。

値引率はメーカーや商品によって大幅に違うので、どの業者がいくらで購入しているかは全くわかりません。しかし多く購入している業者の方が安く仕入れることができるのは間違いなく、倍以上の価格差があることも珍しくありません。そのため複数の会社の見積書を比較した時に、同じ機器の値段が全く違うのは当たり前なのです。

経費は業者によって違う

これは建築に限らずどんな工事でも同じです。会社の規模によって経費が全く違います。社員数が10人の会社と、本社と支店に別れて数百人の社員を抱える会社では、事務員さんの給料や事務所の家賃などが違ってくるのは当然でしょう。そのため経費は各社ごとにバラバラです。大手企業がどうしても高値になってしまうのは、この経費が高くなってしまうからでもあります。

相見積もりをとって比較する時は、単に経費の額を見るだけでなく会社の規模を考えなくてはいけません。10人程度の規模の会社の経費が、100人規模の会社の経費より高い場合は高額になっていると思えますが、その逆なら仕方ないと言えるでしょう。

搬入・搬出経路によるコストの差

工事において、材料の搬入や廃材の排出は価格に大きく影響することがあります。マンションの敷地内にトラックを停められるか、エントランスの前までトラックを入れられるか、エレベーターを使えるかなどが影響します。もし敷地外にしかトラックを停められずエレベーターも使えないとなれば、材料を運ぶために、より多くの人を連れてこなくてなりません。その分の人件費がかかってしまいます。

そのため搬入・搬出の経路はコストに大きく影響を与えます。見積もりの際に、この搬入・搬出ルートをほとんど確認しない業者は、工事が始まってから揉めることがあります。トラックをエントランスの前に停められるものと思って見積書を作り、いざ工事が始まって停められなければ工事の遅延につながりますし、人を連れてこなくてはいけないので人件費が余計にかかるからです。追加料金を請求されたり、予定日に工事が終わらないことが考えられます。そのため搬入・搬出ルートを入念にチェックしない業者には注意が必要です。

安全対策による費用の違い

現在、建設業界では安全に対する考え方が、どんどん厳しくなっています。大手のゼネコンの現場では、カッターナイフで指先を軽く切って血が出ただけでも、事故として報告しなくてはいけません。絆創膏を貼っておけば良い程度の怪我であっても、後に破傷風で指を切断することになった事例がいくつもあるからです。

安全対策に対する考え方は、大手になればなるほど厳しい傾向がありますし、中小企業でも安全対策に厳しい態度で臨んでいる会社も多くあります。一方で安全対策に無関心な会社があるのも事実で、安全対策には費用がかかるので避けようとするどころか、そもそも安全対策に何をするべきか知らないという業者もいます。そして安全対策には費用がかかるので、見積金額にも大きく影響していきます。

マンションの外壁タイルの張替え工事では、タイルや工具が万が一にも落下した時に備えて、立ち入り禁止区域を設定します。その際にガードマンを1人置いて通行人の誘導を行うか、2人置くかで費用が変わってきます。中にはマンションの敷地内だからという理由で、ガードマンを置いていない業者を見たこともあります。誰かが通り掛かれば、作業員が作業を止めるので大丈夫という理屈でした。もちろんガードマンを置かなければ費用は安く済みます。このように安全対策は費用に大きな影響を与えますが、事故が起こってしまうと「事故があったマンション」という評判がついてしまう可能性がありますし、ましてや死亡事故があったマンションということになれば、「事故物件」というレッテルを貼られることになりかねません。

相場を口にする人は多いが

建設業界では、相場という言葉を口にする人が多くいます。しかしこれまで書いてきたように、さまざまな条件によって工事金額は変わります。「この工事の相場はせいぜい・・・」と言っても、それはその人が経験してきた業者と物件の中の話でしかなく、全ての工事に当てはまるものではありません。そのため全く当てはまらないことも多く、誰もが口にする相場ほど当てにならないものはありません。

あくまでも見積書が妥当かどうかは、現場を検証しながら確認するしかありません。現場の状況や会社の規模なども考慮せずに、見積書を一瞥して「この工事の相場は○○万円だから、高すぎる」なんて言おうものなら、業者から嫌な顔をされるだけでなく、工事をすることになってもギクシャクしかねません。

ただこのような作業は、建設業界に詳しくない人にとっては難しいかもしれません。そういう時は管理会社に協力をお願いするのもありだと思いますし、コンサルタントなどの専門家に依頼して、確認してもらうのも一手だと思います。建築費が適正か否かは、簡単にわかるものではありません。むしろ簡単にわかるという人を疑ってかかるべきだと思います。

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