オリンピック需要の裏で何が起こっていたのか

2019年の建設業界は、ちょっとした狂乱がありました。職人が不足して人件費が高騰し、さらに鉄骨のボルトが入ってこないというトラブルが発生してい他のです。コロナ禍で延期になった東京オリンピックですが、2019年にオリンピック需要の裏で何が起こっていたのかを書いてみたいと思います。

高力ボルトの不足

2019年の建設業界最大の話題は、鉄骨に使う高力ボルト(ハイテンションボルト)の不足だったと思います。鉄骨を使った建設には必ず必要なボルトで、1本あたり100円から200円程度のものです。これが市場から消えてしまい、オリンピック関連施設の工事が止まるといった騒動にまで発展しました。

※ハイテンションボルト

ボルトが不足した原因はいろいろ言われていますが、真相はわかりません。ただ言えることは、1970年代には20社以上あったボルトメーカーが今や10社程度しか存在せず、急激な需要には耐えられないようになっていたことです。そこにオリンピックの需要が加わりました。ハイテンションボルトの素材は低炭素ボロン添加鋼というものが使われており、これは自動車にも使われる素材なので自動車産業の影響で不足したとも言われていました。

しかしどうやら2019年の高力ボルト不足は、70年代のオイルショックで起こったトイレットペーパーの買い占め騒動、2020年の新型コロナで起こったマスクの買い占め騒動と似たような心理的な問題が大きかったようです。オリンピックによる建設ラッシュが高力ボルトの不足を生む可能性があると噂され、大手ゼネコンをはじめ多くが高力ボルトを多く発注したために需要過多に陥ってしまったようです。あるゼネコンは土木の現場で高力ボルトが7000本必要で、万が一納入できないことを危惧して複数社に7000本を発注した、なんて話がまことしやかに言われ、高力ボルト不足に拍車をかけました。

高力ボルトは1本あたり100円から200円程度でしたが、ネットのフリマサイトやアマゾンには1本3000円以上で売られていて、ちょっとした投棄対象になりそうな高騰を見せていました。この高騰は2019年末ぐらいには落ち着き、受注を受け付けなかった鉄骨屋も平常を取り戻しました。

人材の不足と人件費の高騰

オリンピック関連施設の建設、オリンピック向けのホテルの建設などが加わり、職人の不足が顕著になりました。人手が不足すると人件費が高騰します。特にオリンピック関連施設では、金額はいくらでも良いから職人を連れてこいという雰囲気だったみたいで、めちゃくちゃな金額で勧誘が行われていました。

私が経験した出来事です。某オリンピック会場の現場で、ダクト工事の職人が不足しており、職人を紹介して欲しいと相談がありました。応援なので請負契約ではなく、常用(工事の進捗に関係なく1日働けばお金がもらえる)で何人でも欲しいと言います。建設現場では人工(にんく)という言い方をしますが、1人が1日働いて進む工事の量やかかる経費を示す言葉です。私が冗談で「1人工8万円なら探せるかも」と言うと、お願いしますと言われました。

これが得体の知れない会社なら笑って終わるのですが、設備業界の大手企業の人が真顔で「8万円なら何人連れて来れますか?」と言うのですから驚きです。1ヶ月で200万円近くになってしまいますが、それでも構わないというわけです。ちなみにダクト屋さんの金額はそれぞれですが、せいぜい2万円/人工程度です。4倍もの金額を払っても人が欲しいというほど現場は追い詰められていたのです。

なぜ人手不足になったのか

①人手が減って仕事が増えた

建設業はバブル期に最も稼いだ業界の一つです。そのため多くの職人がいましたが、その後バブルが弾けて多くの業者が廃業しました。それでもなんとか続けていた建設業者も多くいましたが、2008年のリーマンショックによって多くが廃業します。この頃には職人の高齢化も手伝ってすでに大きな仕事が請けられない業者も増えており、リーマンショックは廃業のきっかけに過ぎな買ったという意見もあります。こうして日本の建設業者は大量に廃業し、多くの職人が引退しました。

※財務省・財政制度分科会資料「社会資本整備」(平成30年10月16日)に記載の「公共事業関係費等の推移」

ところがその後、東日本大震災が起こり東北で大量需要が生まれます。復興事業のために全国から職人が集められ、これまで仕事がなかった建設業が急に忙しくなりました。さらに自民党が政権を奪い返すと民主党「コンクリートから人へ」を反転させ、公共事業の拡大を決めました。東北の復興だけでなく全国的に人手不足が深刻化するようになり、さらにオリンピックの東京開催が決まると人手不足は絶望的な状況になっていきます。日本の建設業は長く不遇の時代を過ごしたため人手が減っており、そこに急に需要が増えたので人手不足が一気に進むことになりました。

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②不釣り合いな工事を請けた

スーパーゼネコンと呼ばれる大手5社は従来の公共事業や大型事業に加えて、オリンピック関連事業の工事が増えました。そうなると余裕がなくなり、それまでスーパーゼネコンが受けていた工事の中には、彼らが請けられないものが出てきました。するとそれまでスーパーゼネコンが請けていた工事の一部が、準大手ゼネコンに回るようになります。

準大手も手がいっぱいになると、これまで準大手が請けていた工事を中堅ゼネコンが請けるようになり、さらに中堅ゼネコンが請けていた仕事を中小ゼネコンが請けるようになります。今までよりワンランク上の工事をしなくてはならなくなったゼネコンは、それに対応できる業者を探すことになります。そのため各所で職人の取り合いが発生し、人件費が高騰することになりました。

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施工精度は大丈夫なのか

オリンピック関連施設や大型事業はノウハウがあるゼネコンが受注しており、人手不足の中でもそれなりの施工精度を維持していると思います。問題は普段やらないような大型建築を請け負うことになったゼネコンです。これらはホテルやマンションを手がけており、外から見ても突貫工事になっていることがわかる現場がいくつもありました。ほぼ竣工しているように見えるホテルの中から鍛冶屋や防水屋が出てくるのを見れば、施工経験のある人ならどんな状況か察しがついてしまいます。工程がひっくり返って、めちゃくちゃになっているのです。

私が関わったあるホテルでは、所長が鉄骨関係は自分はわからないと言いきり、打ち合わせから何から全てを担当者に一任していました。所長には鉄骨工事の経験がないので、打ち合わせをしようにも何もわからないというのです。しかし所長は現場内の全ての工事に責任を追う立場なので、わからない人が所長をやっているというのは変な話なのです。このゼネコンは鉄骨工事が初めてで、この現場のために鉄骨工事の経験がある人を雇って担当者に据えていたようです。このようなゼネコンの施工精度がどのようなレベルかは、推して知るべしです。今後、このホテルでどのような事故が起こっても、私はさほど驚きません。

まとめ

オリンピック開催に沸く裏側で、建設業界ではモノ不足と人手不足により混乱していました。この時期の建築物には施工管理精度が怪しいものが混じっています。このような騒ぎは建設業界にとっても良いものではありません。短期的に潤った会社もある反面で慣れない工事を無理して請けて、損失を出している会社も多くあります。

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