宮台真司「タワマンの上層部に住む人はノータリン、頓馬」
社会学者で東京都立大学教授の宮台真司氏が、2022年11月29日に南大沢キャンパスで殴られたうえに刃物で切り付けられる事件が発生しました。犯人は逃走しており、犯人像についてさまざまな憶測が出ています。その1つにネット動画で行ったタワーマンション批判が原因で、タワーマンションの住民が犯人かもしれないというのがありました。私はたまたま事件の前にその動画を見ていて、思うところがあるので書いてみたいと思います。以下は敬称略でいきたいと思います。
宮台真司とは
宮台真司は日本の社会学者で、映画批評家としても知られる人物です。東京大学で博士号を取得すると、その後はオウム真理教の事件などでメディアの注目を集め、論壇だけでなくテレビや雑誌などにも活動の幅を広げていきました。東京都立大学で教授を務めており、歯に衣着せぬ物言いでたびたび議論を引き起こしています。著書は「制服少女たちの選択」「終わりなき日常を生きろ オウム完全克服マニュアル」などが有名です。
私が最初に宮台真司を知ったのは、90年代にブルセラや援助交際についてテレビで語っている番組をたまたま見たことでした。若づくりした服装に無理に若者言葉を使う痛々しいおじさんという風貌でしたが、面白い指摘が多く興味を持ちました。当時はブルセラ教授と呼ばれていて、30歳代なのに若者の代弁者のように扱われていて奇妙に感じました。その後、オウム真理教の事件が起こり、社会学の見地からメディアで連日のように発言していました。
宮台真司が語ったこと
ビジネス映像メディアPIVOTのYouTube公式チャンネルで、宮台真司は安藤裕子と対談しています。その中で「タワマン幸福論」という話をしていました。話は多岐に渡るのですが、タワマンに直接関係する部分で話したのは大体以下のような内容でした。
・タワマン問題とは近隣がないこと。
・人と一緒にいることがストレスで、子供への声掛け禁止や挨拶禁止のタワマンが出てきた。
・4階以上の上り下りは出不精になる。
・1970年代からイギリスで4階以上に住む女性の流産率、死産率が高いと報告されている。これを検証する研究が世界中で行われた。
・高層階では認知症が深刻化する確率、鬱化する確率が上階に行くほど劇的に増えている。
これらを踏まえて、宮台真司は「タワマンの上層部に住む人はノータリン、頓馬」と言っています。あえて刺激的な言葉を使うのは毎度のことで、「クズ」とか「バカ」を連発することも珍しくありません。宮台真司が苦手という人の中には、常に大上段から相手をバカにするような物言いが嫌いという人が少なくありません。この「ノータリン」とか「頓馬」を真に受けてバカにされたとTwitterで反論していた人もいたようで、激しいバトルになっていたそうです。
動画:宮台真司のタワマン幸福論
高層階で流産率や鬱病が発症しやすいのか
高層階で流産が増えるという話は、以前「タワーマンションに住むと流産が増えるのは本当!?」という記事を書いたことがあるので、そちらをご覧ください。流産が増えるという国内のデータ(厚生省「生活環境が子どもの健康や心身の発達におよぼす影響に関する研究」1994)はあるのですが、サンプルが少なく調査エリアも限定されています。これを根拠にタワーマンションに住むと流産しやすいというのは危険だと思いました。しかし私は宮台が言うイギリスのデータは知りません。宮台はネットを見れば出てくると言っていましたが、記事はいくつも見つかりますが根拠になるデータや論文は見つかりません。何を根拠にこのような話をしているのか、そこに興味が湧きました。
そして高層階に住むとストレスが高く、鬱化する確率が上がるという話は1994年に建設省建築研究所(当時)の渡辺圭子教授が発表した「集合住宅のストレスと居住者の精神健康」という論文のことだと思います。94年に厚生省と建設省から高層住宅の危険性が発表されているのは、とても興味深いと思います。そしてこれらの論文が発表されてから3年後の1997年に建築基準法や都市計画法が改正され、タワマンブームが起こりました。そして25年が経ちましたが、流産や鬱化する確率が劇的に増えるなら既に社会問題になっているのではないでしょうか。宮台は70年代のイギリスで4階以上に住む女性の流産率や死産率が増加すると報告され、世界中で研究されたと言っていました。それではなぜそれ以降に世界中に超高層住宅が建設されたのでしょうか。
ある時期からタワーマンション否定派が多く現れ、さまざまなネガティブな意見をいいます。しかしその意見の多くが主観的で、客観的に判断できるものが少ないと感じています。高層階に住むことが体に何かの影響を与えるのだろうかという疑問からはじまったのではなく、高層階に住むのは体に悪いに決まっているという結論ありきで書かれているものが多いのです。宮台の意見もこの手の否定派の意見の影響が強く、明確なエビデンスを示さず「ネットを見れば」と曖昧な根拠しか提示していないので信憑性が低いように感じました。
タワーマンション批判のなぜ
タワーマンションとその住民は、何かと批判されがちです。否定派の意見の中には理解できるものも多くありますし、一方で意味不明なものも含まれています。どうしてここまで嫌うのか疑問に思うほど嫌悪している人もいて、タワーマンションの人気ぶりと反発が同居しているため不思議に思っていました。そこで私なりに批判が多い理由を考えてみました。
①住民が鼻持ちならない
これはメディアが作り上げたイメージです。特に武蔵小杉に次々と建設されたタワーマンションに住む人たちを「ムサコ族」とか「華のムサコ族」と呼び、ニューリッチ層として華々しく取り上げていました。テレビや雑誌での特集が何度も組まれ、ムサコ族の優雅な生活などが描かれると、それに反発を覚える人もいたようです。なにせ武蔵小杉は昔からの高級住宅街というわけではなく、再開発によってタワーマンションが次々に建設された新興地です。急に現れて富裕層を気取る人たちへの反発が起こったのかもしれません。
では以前から高級住宅が並んでいた港区の港区マダムなら良いかというと、こちらも鼻持ちならない連中だと思っている人が多いようです。セレブレティを自称し、優雅な生活を送っていることをアピールする人たちが嫌われる傾向にあり、その中にタワーマンションも含まれているようです。しかし武蔵小杉などで実際にタワーマンションに住んでいる人たちと会えば普通の人たちですし、セレブを気取る人もいるでしょうが私はそういう人に会ったことがありません。
むしろ不動産業界にいると鼻持ちならない人が多く住んでいると話題になるのは、都内の中途半端な金持ちが多いと言われる某沿線だったり、地名にステイタスを感じる人が他所から集まってきた某地区だったりするのですが、それらがネットなどで話題になることはあまりありません。武蔵小杉や湾岸エリアのイメージは、メディアによって作られた面が大きいように感じています。
②有名人が否定派
現在大人気のひろゆき(2ちゃんねるの創設者)やホリエモンなどが、タワーマンション否定派で、それらの影響を受けている人も少なくないようです。タワーマンションがダメだという人の根拠を聞いたら、彼らの主張をそのまま言い出す人には何度も会ったことがあります。ひろゆきらは限定されたシチュエーションの中で、損得勘定の話をしています。ですから間違ってはいないのですが、それが万人に当てはまるかというと、違うのではないでしょうか。損得勘定は住宅購入の大事な指標ですが、損得勘定以外で購入する人だっていますし、それは決して変ではないのです。
憧れやこだわりは人それぞれですし、損得勘定抜きに自分が理想とする住宅に住みたいと思う人はいます。どうしてもその土地に住みたいと考えて、購入できるのがタワーマンションしかなかったという人もいます。自動車や自転車を趣味性丸出しにして選ぶ人がいるように、住宅に趣味性を求める人だっているのですから、損得勘定だけが全てではありません。有名人が損得勘定だけで「これを買う人はバカ」と言うのを真に受けてしまうのは、どうかと思ってしまいます。
③購入できない人の嫉妬
タワーマンション肯定派の人の中に、否定派は嫉妬していると言う人もいます。送金アプリ「pring(プリン)」を運営する株式会社pringが2019年に調査した資料によると、約7割の人がお金に関して他人に嫉妬したことがあるそうです。こういったデータもあるため、タワーマンションを購入できる経済力を羨んで嫉妬心からタワーマンションを否定しているという主張は、納得できるような気もします。しかしそういう人もいるとは思いますが、全てが嫉妬とも思えません。それは経済的に裕福な人の中にも、タワーマンション否定派がいるからです。
タワーマンションは特殊な建物
狭い土地を最大限に活かすため、縦に可能な限り伸ばすことで住戸数を増やしたタワーマンションは、マンションの中でも特殊です。一棟当たりの戸数だけを見ても、一般社団法人マンション管理業協会の資料によると、一管理組合あたりの平均戸数は61.92戸です。300戸や400戸のマンションは決して多くはなく、それらの大規模マンションの多くは多棟式です。タワーマンションは1棟で縦に長く数百戸の規模なので、マンションとしてはかなり特殊な部類になります。
このような特殊なマンションですから、好き嫌いがはっきり分かれるのも当然でしょう。タワーマンションとは対極になる2階建で総戸数6戸のマンションもありますが、こういうマンションも嫌いな人が多くいます。住民全員が顔見知りになりやすく、戸数が少ないので管理費や修繕積立金が割高になるため、敬遠する人もいるのです。もしこういう小型マンションがメディアによって持ち上げられ、そこに住む人達が富裕層としてもてはやされたら、やはり嫌悪感をあらわにする人が出てくるのではないでしょうか。
私自身も住みたいとは思わないのですが
私自身、タワーマンションには住みたくない派です。デベロッパー在籍時から、タワーマンションには住まないと決めていました。理由はいくつかありますが、最も大きな理由は上層階にいると落ち着かなくなるからです。乗り物酔いになりやすい体質なので気圧のせいなのか、マンションの54階で仕事をしていると落ち着かない気分になりました。六本木ヒルズの上層階も苦手で、お酒を飲むと妙に酔いが早くて落ち着きませんでした。
それならタワーマンションの下層階なら良いではないかと思われるかもしれませんが、ALCを使った壁をはじめとする構造に不安な面がありますし、好みではない面もあります。これは書くと長くなるので、また改めて別の記事にしたいと思います。そんなわけで私自身はタワーマンションに住もうとは思っていないのですが、だからと言ってタワーマンションに憎悪を向けるのは理解できませんし、事実とは異なる理屈でタワーマンションを批判するのもおかしいと思います。好きな人がいて満足しているなら、それで良いと思うからです。それに自分が嫌いなら住まなければ良いだけなのに、なぜ他人の住まいに口を出すのかとも思います。住宅の好みは千差万別なので、それぞれの人が好みの住宅に住めば良いと思っています。
宮台真司のタワマン批判の感想
宮台真司は住宅の専門家ではないので、ある程度は仕方ないとは思いますが、ネットで拾った信憑性が低い話を元にタワマン批判を展開しているように感じました。そしてもし宮台が言うようにタワマンに住むことによって健康被害が発生するなら、住んでいる人をノータリンと馬鹿にするのではなく、タワマンを建設して販売するデベロッパーやタワマンの建築確認を下付する役所に対して批判するべきだと思いました。
私は宮台真司の論説には耳を傾ける価値があるものが多いと思っているのですが、このタワマン批判はガッカリでしたし価値のある話だとも思えませんでした。しかし影響力がある学者の発言ですし、それが原因で傷害事件に至ったという噂まで出ているので、私の考え方を書いておこうと思った次第です。どんな住宅に住むかは個人の趣味嗜好でもあり、住んでいる人をバカにするのはどうかと思いました。