韓国光州市マンションの崩落を考える /日本では考えられない工程

2022年1月11日、韓国の光州広域市の建設中のマンションが崩落し、作業員6名が行方不明になる事故が発生しました。衝撃的な現場映像や写真と共に大々的に報じられましたので、ご存じの方も多いでしょう。この事件は日本ではちょっと考えにくい工程で工事をされているので、解説していきたいと思います。

事故の概要

2020年3月に着工し、2022年11月に入居予定のマンションで事故が起こりました。施工は現代産業開発(HDC)と報じられていますが、一部の記事にはHDCは設計のみとも書かれていたので、詳細なことは私はわかりません。マンション名は花亭I-PARK(アイパーク)201棟と報じられていますが、韓国の現代グループはアイパークモールという複合商業施設を運営しているので、商業施設を併設したマンションなのかもしれません。

その花亭アイパーク201棟で2022年1月11日の午後3時47分頃、マンションの23階から34階の外壁が崩落しました。当時、39階建ての屋上のコンクリート打設を行っている最中で、事故発生直後に3人が自力でマンションから脱出しています。さらに3人が救助されて手当を受けましたが、作業員6名が行方不明になりました。現場周辺では10台前後の車両が崩落した壁に押しつぶされ、周辺の約100世帯が一時的に停電となりました。

マンションの構造

複数の記事を追いましたが、マンションがどのような構造なのかわかりませんでした。私はハングル文字が読めないので、韓国のサイトを読むことができればもう少し細かい情報が得られたかもしれません。しかし写真や記事を見ていくと、鉄骨が見られないので恐らく鉄筋コンクリート構造だと思います。以前の高層ビルは鉄骨を使わなければ立てられませんでしたが、高強度コンクリートの開発が進んだのでこのくらいの高さでも建設が可能になりました。

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このくらいの高さの建物になると、鉄筋コンクリートでもPC(プレキャストコンクリート)を併用しているケースが多いので、このマンションもそうかもしれません。PCとは、あらかじめ柱や梁などを工場で制作し、それを現場に持ち込んで組み立てる手法です。このメリットは工場で制作するため天候に左右されることなく高い精度で部材を作ることが可能になり、さらに工期の短縮ができるのです。しかし東京理科大学の今本啓一教授は、以下の記事でPC工法の可能性を否定していて、自昇式の型枠足場を使ったスリップフォーム工法だろうと予測しています。

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コンクリートの打設方法

コンクリートを打設する際には「○階立上がりコンクリート打設」という言葉が出てきます。これはコンクリートを打つ部分を表す部分を示す言葉で、どの部位を打設するかを示しています。例えば「2階立上がりコンクリート打設というと、2階柱・2階壁・2階梁・3階床のコンクリートを打設します。

※2階立上がり

この場合、2階梁や3階床は宙に浮いた状態でコンクリートを打設するため、下図のように型枠支保工(以下、支保工)を使って支えながら打設を行います。この支保工の撤去は期間が決まっていて、4週間後のコンクリートの強度を見て決定します。

※型枠支保工

支保工を撤去するのが打設から4週間後になること、次の打設までに鉄筋工事→型枠工事が必要なことから、2週間後にコンクリートを打設することになります。鉄筋コンクリート構造のマンションでは、2週間ごとに1階ずつ建設されています(この工程はPCを使うと大幅に短縮できます)。そしてコンクリートを打設する日に、2つ下のフロアの支保工を撤去する工事を行うのです。これでちょうど4週間後に支保工を撤去することになります。

2週間ごとにコンクリートを打設し、4週間ごとに支保工を撤去するという流れで最上階までコンクリートを打設して、鉄筋コンクリートのマンションは躯体部分が完成するのです。

I-PARKのコンクリート打設の工程

発表されている資料によると、I-PARKはかなり短い期間でコンクリートの打設が行われていることがわかります。その工程をまとめたのが以下の図です。

ピットの打設から38階立上がり打設は2週間以上の間隔で打設していますが、これは正月休みがあったからでしょう。それ以外は2週間以内どころか1週間にも満たない期間で打設をしています。韓国ではどのような打設ルールになっているのかわかりませんが、日本では到底考えられない工程です。また38階立上がりのコンクリートを打設している最中に、すぐ下のピットの支保工を解体していたという報道もありました。これも日本では考えられない工程です。

上図の青の日付は、日本で行われる2週間工程の日付です。日本で行う場合とは、かなり違うことがわかると思います。

倒壊の原因

これまでに書いたように、コンクリートの打設期間が短いので打設後の養生期間が短すぎたと考えられます。また支保工の解体も早すぎたため、十分な強度が出ないまま上階を建設して自重にコンクリートが耐えられなかったのでしょう。また他にも複数の原因が報じられています。

①生コンの不良

コンクリートの品質を測るものの1つに、水セメント比というのがあります。コンクリートはセメント+水+細骨材(砂)+粗骨材(砂利)で構成されます。その水とセメントの割合が水セメント比で、水が少ないと生コンが粘るようになり、水が多いとサラサラになります。I -PARKで使用されたコンクリートは、定められた水セメント比より多くの水が含まれていて、規定の強度が出ていなかったと報じられています。またスランプ試験(コンクリートの粘り強さを測る試験)で、3回の不合格があったとも報じられていて、生コンの管理が十分にできていなかったことが伺えます。

※スランプ試験の実施方法

これは過去に日本でも問題になったことがあり、水を多く混ぜることでコンクリートの打設がやりやすくなるので安易に水を加えることがあるのです。日本ではシャブコンと呼ばれ、建物の品質を著しく低下させるためメディアを騒がせたことがあります。私がゼネコンで現場監督になったばかりの頃、土工がグイッと酒を飲むようなゼスチャーをして「マズイ?」と聞いてきました。仕事中に酒を飲みたいと言っているのかと思ってダメだと言ったら、後から生コンが固くて打設しにくいから少し水を混ぜたいという意味だったと言われました。それを聞いた主任は、生コンに水を飲ませるなんてと激怒していました。

②骨材の不良

I-PARKの生コンに使われた骨材に問題があったとも報じられています。粗骨材は山や皮からとった砂利や砂を水洗いし、泥などの不純物や塩分などを除去したものを使います。しかしI-PARKで使用された骨材には土が混じっていて、コンクリート内に不純物が多く含まれていたというのです。これでは設計された強度を出すことができず、この報道が本当なら倒壊の一因と言えるでしょう。

洗わない骨材が問題になったことは、過去に日本でもあります。昭和39年に開催された東京オリンピックによる建設ラッシュで骨材が不足し、海の砂を使ってコンクリートが作られました。これが後にアルカリ骨材反応という現象を引き起こし、多くの建物が早期に劣化する原因となりました。海砂でも十分に洗って塩分を除去すれば良いのですが、この頃はまだそういう知見がなかったため海砂がそのまま使われていたのです。

※アルカリ骨材反応を起こしたコンクリート

③工期の問題

事故当初、現代産業開発は工事は工程通りに進んでいて工事を早める必要はなかったと説明していました。しかし工程表がリークされ、11月には躯体工事が完了する予定だったことがわかりました。つまり工事が2ヶ月遅れていることになります。工程表は何度も書き直すので、リークされたものが正規のマスター工程表なのかはわかりません。しかしこれが本当なら、そもそもの工期の設定に無理があったと言えるでしょう。

韓国での類似の事故

①臥牛アパート崩壊事故

1970年4月8日に、ソウル特別市麻浦区の公営住宅で起こった事故です。1960年代からソウルはスラム化が深刻化しており、朴正煕大統領に抜擢された金玄玉市長が再開発を貧困層を対象とする市民アパートの建設が進んでいました。臥牛アパートは16棟構成の5階建てのアパートで、1969年6月26日に着工し12月26日に竣工しました。

しかし竣工直後から一部の建物にひび割れが入っており、それらの建物の住民には避難指示が出ていました。しかし4月8日午前6時35分に、待避した棟とは別の棟が一気に崩壊して住民33名が死亡しました。さらに倒壊した建物が近隣住宅を巻き込んだため、1名が死亡しています。鉄筋コンクリートの柱は鉄筋が大幅に不足しており、汚水が混入して低品質のコンクリートが使われていることがわかりました。

※崩壊現場

さらに設計にあたって地質調査が行われておらず、地盤改良も行われておらず、杭は支持層に達していないことがわかりました。また工事に際しては、下請け業者への不当な買い叩きや施工業者と監督官庁・役所との贈収賄や癒着も明らかになっています。その後も倒壊の危険性があるアパートが次々に解体され、市長は罷免される事態になっています。

②三豊百貨店崩壊事故

1995年6月29日に、営業中だった三豊百貨店が崩壊した事故です。死者502名・負傷者937名・行方不明者6名という、当時は建物崩落事故としては世界最大規模の事故でした。当初は三豊建設産業が4階建てのオフィスビルとして計画していたのですが、急遽5階建てのアパートに変更して施工されました。売り場内に柱が並ぶことを嫌って柱が撤去され、なんら補強することなく吹き抜けを設置しています。さらに階数を増やしたにも関わらず補強をせず、さらに屋上に給水タンクを設置したために建物の自重が増して、建物全体が強度不足になっていました。

事故の前日には最上階の天井にひび割れが発生しており、事故当日の朝にはひび割れが大きくなっていましたが、経営陣は営業中止にするほどではないと判断して営業を始めました。そして混雑する17:57に、突如建物が崩壊します。A棟の両端を残して建物はほぼ全壊し、従業員と店内にいた客の多くが下敷きになりました。このケースでも粗悪なコンクリートが使われ、鉄筋も不足していました。この百貨店の経営幹部は逮捕され、さらに行政側にも逮捕者が出ました。

まとめ

まだまだ事態が推移しているので、わからないことが多いのが現状です。しかし報道の内容を見る限り、現在の日本では考えられないような工事が行われていたことが伺えます。韓国では過去にも同じような事故が起こっており、韓国建設業界の施工技術の問題と言う人もいます。しかし私はそれだけではないように思います。過去の日本でも、施主(工事を依頼する人)を「お施主様」と呼び、施主の意見は絶対で施工会社は絶対に逆らえない風潮がありました。工期を1年契約したのに施主が8ヶ月で完了しろと言い出したら、無理とわかっていても引き受けなくてならないような商慣習が横行していたのです。今もその名残は残っていて、無理難題が施工業社に押し付けられることがあります。韓国でもこのような商習慣が残っているという話をよく聞くので、これが改善されない限りは高い建設技術を持っていても、同じことだと思います。

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