機械式駐車場のEV化を考える /EV車の未来はどうなるのか

マンションの機械式駐車場の課題として、EV車対応をどうするかという問題があります。平置き駐車場がある場合はEV用充電器を設置するという手もありますが、機械式駐車場では設置できる場合とできない場合があります。また築20年を過ぎた頃から機械式駐車場の入れ替えが議論になり、入れ替える際にEV用充電器をどうするか課題になることがあります。そこで今回は世界的なEV化の流れを振り返り、今後の動向を考えていきたいと思います。EVの基本的な知識については以前に書いたことがあるので、そちらをご覧ください。

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アメリカの初期の排ガス規制

EV化の流れは排ガス規制が根底にあります。地球環境を考え、自動車が出す排気ガスを規制する流れは1960年代のアメリカから始まります。上院議員のエドマンド・マスキーが自動車の排気ガスを規制することを提唱し、1970年に大気浄化法改正法(通称、マスキー法)が制定されました。これは1975年以降に1970年比で、排気ガス中の一酸化炭素や炭化水素、窒素酸化物(NOx)を1/10にするという厳しいものでした。

※エドマンド・マスキー

この法案にアメリカ自動車産業のビッグ3(GMフォードクライスラー)は猛反発し、当時のフォード社長のリー・アイアコッカは、この法律をクリアすることはどれだけの資金と時間を掛けても不可能だと公言していたそうです。アメリカビッグ3だけでなく欧州メーカーもアメリカ議会に圧力を掛ける中で、このマスキー法を最初にクリアしたのは日本のホンダでした。四輪メーカーとして歩み始めたばかりのホンダが、1972年にCVCCエンジンでマスキー法をクリアしたことはアメリカでも衝撃だったようで、さらに73年にマツダがロータリーエンジンでマスキー法をクリアするとアメリカにはさらに衝撃が走ります。

※ホンダのCVCCエンジンと搭載されたシビック

マスキー法をクリアできないビッグ3は米議会へのロビー活動と圧力を強め、マスキー法が施行される前年の1973年に施行が1年延期され、74年にはマスキー法の修正法が可決されて当初の規制値は撤廃されることになりました。しかし74年に決まった修正値も施行が延期されるなど、マスキー法は迷走していきます。このままでは1975年以降は新車販売は日本車以外はできなくなるという事態に、米議会も混乱したようです。

オイルショックの余波

上記のようにアメリカでは排ガス規制をめぐり混乱が生じていましたが、ビッグ3の言い分だけを聞くわけにはいかない理由が議会にはありました。それは1973年に発生した第4次中東戦争の影響です。エジプトとシリアを中心にしたアラブ諸国がイスラエルに攻め込み、ゴラン高原とシナイ半島に戦火が広がりました。またこの戦争に合わせて石油輸出国機構(OPEC)は原油価格の値上げを通告し、原油の減産を決定しています。さらにOPECはイスラエルを支持するアメリカなどに禁輸措置を実施し、これによって世界的なオイルショックが発生しました。

※日本のオイルショック

イスラエルを巡る中東問題は解決の目処が立っておらず、今後も同じような事態が起こることが予想されました。そのためアメリカでは自動車の燃費を良くしてオイルショックにも耐えられる社会構造を作る必要があり、マスキー法を巡って議会がドタバタしている中でもマスキー法を支持する議員は少なからずいたのです。自動車の排ガス規制はビッグ3の抵抗が強いですが、自動車の燃費を良くすることは喫緊の課題だったわけです。

そこで米議会が考え出したのがCAFE規制です。これは日本語では「企業間平均燃費」と呼ばれるもので、自動車メーカー別で平均燃費(二酸化炭素排出量)を算出して、それが年間販売台数などを加味した一定の基準を超えたメーカーに罰金を科すというものです。このCAFE規制はカーター政権下の1978年にスタートし、その後は各国で採用されることになります。

ヨーロッパの排ガス規制

ヨーロッパの排ガス規制は対応が遅く、1993年にマーストリヒト条約によりEUが創設されてから欧州全体での排ガス規制が始まります。厳密にはEU創設の1年前からEuro1と呼ばれるトラック等の排ガス規制が始まり、96年にはオートバイも含めたEuro2がスタートします。そこから2000年のEuro3、2005年のEuro4と次々に規制を強めていきました。乗用車の排ガス基準が決められのはEuro4からで、この規制をクリアするためにヨーロッパではディーゼルが主流になっていきました。

2009年にEuro5、2014年にEuro6が定められ、ヨーロッパではクリーンディーゼルが環境に優しい自動車として多くメーカーに採用されていました。しかしここで大きな事件が発生します。2015年9月に米環境保護局(EPA)が、ドイツのフォルクスワーゲンのディーゼル車がデフィートデバイスを使った違法なソフトウェアで排ガス基準を誤魔化していたと発表したのです。これを受けてイギリス、ドイツ、フランス政府は自動車の実走行中の排気ガス測定を始めています。

この不正の余波は大きく、ワーゲンと同じデフィートデバイスをダイムラー(メルセデス・ベンツ)やアウディも採用していたことがわかり、リコール騒ぎに発展しています。さらにフランスのグループPSA(プジョー、シトロエン、オペルなどの会社)がフランス政府から排ガス規制の不正を捜査されるなど、ヨーロッパの自動車業界は大きな打撃を受けることになりました。

日本車の躍進

ヨーロッパの自動車メーカーが排ガス不正で揺れる中、日本の自動車メーカーがヨーロッパで売上を伸ばしていきました。ダイムラーやアウディが不正に関わる大規模リコールを発表した2017年の上半期に、トヨタはハイブリッド車(HV)の売上を44%も伸ばしました。以前からヨーロッパ市場における日本メーカーは脅威でしたが、ヨーロッパ車が得意とするディーゼル車で日本に対抗できると目論んでいました。またヨーロッパ各メーカーは、HVの使い勝手の悪さからヨーロッパでは普及しないと踏んでいました。

しかし排ガス不正によってヨーロッパ各社のディーゼルのイメージは悪化する中でも、マツダのクリーンディーゼルエンジンSKYACTIV-Dからは不正が見つかりませんでした。そしてトヨタはHVでシェアを急速に伸ばしていき、ヨーロッパ市場を日本が独占する可能性が出てきました。そのため早急な対応に迫られていき、そこで出てきたのがEVです。ヨーロッパ各メーカーもEVの開発は進んでいませんでしたが、それは日本も同じでした。ディーゼルのアドバンテージがマツダにあり、HVのアドバンテージがある中で、ヨーロッパにも日本にもアドバンテージがないEVなら勝負ができると考えたようです。

※マツダのSKYACTIV-D

こうして2017年に、フランスとイギリスが2040年までにディーゼル車とガソリン車の新規販売を禁止すると発表することになりました。これを陰謀論のように語る人もいますが、見方を変えるとヨーロッパ自動車メーカーの生き残りを賭けた戦いだともいえます。

テスラ社の躍進

2003年にアメリカのデラウェア州に設立されたテスラ社は、さまざまな困難もありましたが2010年には上場企業となります。世界的なEV化の波に乗って、2020年には1年で株価が500%も上昇して時価総額でトヨタを抜くまでに成長しました。EV車の代名詞とも言えるほど成長したテスラは、今後のEV車の未来を占ううえで重要な企業の1つと言えます。

※テスラのイーロン・マスク

EV車の課題はバッテリーの価格でした。リチウムイオン電池は高価なうえに重量があるため、大きなバッテリーを搭載すると価格が上昇するうえに車重が重くなって走行距離も伸びなくなります。EV車に2倍の容量のバッテリーを搭載しても走行距離が2倍になるわけではなく、車重が重くなった分だけ走行距離が減ってしまうのです。そのため以前のEV車は小型車が中心でした。小型バッテリーで加速性もありませんが、買い物などで近所を移動するには十分だと考えられていたのです。

しかしテスラのイーロン・マスクは、大容量のバッテリーを惜しみなく搭載していきます。EV車を普通自動車サイズにすればバッテリーを多く積むことが可能で、大容量バッテリーなら加速性も十分です。大容量バッテリーは高額なので車体価格が高価になりますが、プレミアムEV車として思い切った高価格帯で販売しました。ソフトウェアのアップデートで機能が変わるなど、ガジェット好きの富裕層には魅力的な車にすることで、EV車に新たな価値観を生み出すことに成功しました。そのためアメリカやヨーロッパだけでなく、中国の富裕層にも人気が集まり大成功をおさめました。

プレミアムEV車という新たな価値観を創造したテスラは一人勝ちでしたが、ヨーロッパの自動車メーカーもプレミアムEV車市場に参入していきます。高価な自動車と高級車の違いを知り尽くしている老舗高級自動車メーカーであるBMWやポルシェがテスラを猛追し、もはや市場はテスラの一人勝ちはできなくなったという声もあります。また富裕層やガジェット好きの人達の間で一巡すると、それ以上は販売台数を伸ばせないという面もあるでしょう。日本で新車で購入すると安いものでも500万円以上で、1000万円以上のラインナップの方が多い車をポンポンと買える人は限られています。

そこにテスラのCMの不正疑惑や証券詐欺の疑いなど不祥事が続いたことで、株価が急落しているのが現状です。テスラが今後、どのような巻き返しを図るかはわかりませんが、ここ数年がテスラの分水嶺になるように思います。

EV車は今後の標準となるか

世界的に環境問題が叫ばれ、ガソリンや軽油などの化石燃料の価格が世界情勢に大きく影響することを考えると、脱内燃機関の流れは続くと思います。しかしこれまでに紹介してきたようにEV車への流れは環境問題というより政治問題の側面が大きく、ヨーロッパ内で日本や中国などがEVで大きなアドバンテージを作ったら、またルールが変更される可能性もあります。逆にバッテリー技術に関して大きなブレイクスルーが起これば世界的なEV化が一気に加速する可能性もあり、どうなるかは全くわかりません。

資本の体力があるトヨタは、こうした状況からEVの開発を進めつつHVも継続していますし水素自動車の研究も続けています。どっちに転んでも対応できるように全方位に向けて研究を進めているのです。このようなことができるメーカーはトヨタ以外にはほとんどありませんが、トヨタが無駄になるかもしれない研究を続けている背景を見ると、今後の自動車業界がどのようになるか予測不可能であることを証明しているようにも思います。

機械式駐車場のEV化をどうするか

このような状況を踏まえると、もうしばらく様子を見るのが良いでしょう。機械式駐車場の入れ替えがある場合は、EV対応可能なパレットかを確認し、将来的にEV充電器のシステムを導入する場合に対応できるようにしておく方が良いと思います。すでにマンション内にEV車の所有者がいて、充電器の導入の要望が住民間で高まっているならば一部で導入することも検討する必要があります。しかし大量に導入したり、EV化ありきで物事を進めるのは早すぎるように思います。

まとめ

今回は排ガス規制の歴史を振り返り、なぜEV車が注目されているのかを見てきました。現在、EV車普及で世界各国が動いていますが、今後もEV車だけで自動車業界が回っていくのかは不透明な部分があります。今後の世界がどのようになるのかは誰にもわからないので、EV車対応を求められているマンション理事会は慎重に対応することをおすすめします。一気に進めるのではなく一部にEV充電器を設置するなどの対応をしつつ、世界情勢とトレンドを見守っていく必要があると思います。

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