20年かけて施工不良を証明した福岡のマンション
福岡市東区にあるマンションでは、20年以上にわたり建物の傾きに苦しんでいました。住民は施工不良を疑いましたが、事業主や施工会社から否定され続け、20年以上かけて施工不良があることを証明しました。しかし20年の歳月はあまりに長く、施工会社は住民に謝罪を行うそうですが、今後どのようになるかはわかりません。今回はこのマンションのこれまでの経緯と、今後について書いてみたいと思います。
物件概要
物件名:ベルヴィ香椎六番館
所在地:福岡県福岡市東区舞松原5丁目
構造・階数:鉄筋コンクリート造 7階建て
総戸数:60戸
竣工:1995年7月
事業主:福岡綜合開発(現在の福岡商事)・九州旅客鉄道 他
施工:若築建設・九鉄工業 他
設計:若杉建築設計事務所
傾きによるトラブル
入居当初から不具合が続いていて、マンションのあちこちにひび割れが発生していたようです。建具の建て付けが悪くなる、壁に隙間ができるなどのトラブルが続いたため、住民からの苦情がかなりの数に上っていたようです。そのため管理組合の理事会が全住人にアンケート調査を行って、事業主と協議をしています。施工会社はひび割れの補修を行ったうえで「主要構造部分への影響はないことを確約します。皆様の心配されているような、建物倒壊には決してつながりませんので、御安心下さいますようお願い申し上げます」と文書で回答しています。
その後、玄関ドアが閉めにくい、開けにくいという症状が出るようになり、高齢者では自力でドアを開けることもできないほどの状態になったようです。火災時などには逃げ遅れる可能性もあるため、管理組合の費用負担で玄関ドアの交換工事を行っています。事業主がJR九州という大ブランドであり、施工主も福岡では知られた有名企業なので、なにかあっても安心と思っていた住人らも、さすがに不信感を募らせるようになったようです。
トラブルの経緯
入居直後から不具合が多発し、住民の間で話題になっていたそうです。そこで管理組合の理事会が1997年に住民アンケートを実施し、その結果を元に10月の管理組合総会で今後の対応を話し合っています。翌98年の1月から事業主や施工会社を交えて不具合に対する協議が行われました。この時、施工会社の若築建設は不具合の補修工事を行っています。99年10月に建物の高低差を実測したところ、31mmの差が生じていることがわかりました。しかし事業主も施工会社も構造的な不具合を認めることはありませんでした。
2016年8月に総会で、開かなくなった玄関ドアの交換を管理組合の費用負担で実施することが可決します。しかし多くの住人から不具合について不満の声が挙がったため、9月に建物の傾きを調査しています。その結果、98mmの差が生じていることがわかりました。そして2017年10月に、建物の高低差を調査したところ101mmもの差が確認されました。これをうけてJR九州は建物が傾いている事実を認めながらも、原因は不明で今後調査は行わないと管理組合に通知しています。
2018年2月、管理組合は調停の申し立てを決めますが、調停は不調に終わりました。そこで管理組合は2020年3月に200万円の費用を負担して杭の長さを測定するボーリング調査を行います。その結果、2本の杭がそれぞれ7・3メートルと4・1メートル長さが足りず、支持層に届いていないことがわかりました。これを受けて若築建設もボーリング調査を4月下旬に行い、ほぼ同様の調査結果を得ています。4月29日に若築建設九州支店の幹部が管理組合を訪れて、若築建設の社長が謝罪のために訪問する意向を伝えたそうです。
しかし管理組合は、JR九州がなんら住民への対応をしていないことに不満を募らせていて、事業主が揃わない場所での交渉などは拒否する構えのようです。
支持層とは
支持層とは建物を支える固い地盤のことで、ボーリング標準貫入試験で調べることができます。ボーリング標準貫入試験は地面に穴を掘り、深さ1mごとに地盤の堅さを調査する方法です。
63.5kgのおもりを75cmの高さから落下させて、30cm貫入させるのに要する打撃回数を測定します。この時の打撃回数をN値と呼んでいます。マンションでは、このN値が50以上の地層に杭を打つことになっています。ベルヴィ香椎六番館では、この支持層に2本の杭が到達していなかったことが判っています。
若築建設とは
若築建設(株)は福岡県の北九州市発祥の会社です。1890年(明治23年)、北九州市で石炭の積み出し港にする目的で若松港(現在の北九州港の一部)を築港した若松築港会社が原点になります。その後は港湾工事を中心に業績を伸ばし、1953年(昭和28年)には、東京に支店を構えるようになります。いわゆるマリコンと呼ばれる、海洋土木・建築工事、港湾施設を中心に工事を行うゼネコンです。
平成に入ってからは港湾工事以外の分野にも手を伸ばすようになり、マンション工事も行うようになりました。今回のベルヴィ香椎六番館はマンションを手がけるようになった最初期の工事だそうですが、現在では伊藤忠都市開発、積水ハウス、西日本鉄道、双日新都市開発などのマンションの施工も行っています。2000年に自民党の中尾栄一が、建設大臣時代に若築建設から6000万円の賄賂をもらったとして逮捕されました。いわゆる若築建設事件と呼ばれています。
施工ミスはあるものの傾斜の原因は不明
杭の支持層への未到達以外にも、多くの問題がわかっています。その中で最も問題だと思われるのは、構造スリットの不足です。設計図書に描かれている構造スリットのほとんどが入っていないようで、そのため地震などの外力に弱い造りになっています。構造スリットを入れる位置は構造計算によって求められているのですが、構造計算そのものにも問題があることがわかっています。柱と梁の接合部(パネルゾーンと呼ばれている部分)の検証が省略されていると、設計した若杉建築設計事務所の元社員の方が証言しているのです。
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そして建物が傾ている原因は未だに不明です。2本の杭が支持層に届いていないというだけでは、建物が傾くことは考えにくいのです。杭の鉛直耐力には大きな余裕度が含まれているので、極論すれば3本のうち1本の杭が支持層に届いていれば、 長期荷重 には耐えられると言われています。そのため2本の支持層に届いていない杭は原因の1つではあるものの、それ以外にも原因があると考えるのが妥当です。しかしその原因は未だ判っていません。
管理組合の最大の敵は時効
竣工から25年経って杭の施工不良が発覚したベルヴィ香椎六番館ですが、これほど時間が経ってしまったことが、管理組合にとって最大の障害になりそうです。売主が負う瑕疵担保責任は10年です。改正された新民法では瑕疵担保責任ではなく契約不適合責任という言葉が使われていますが、こちらも10年で時効になります。そのため事業主であるJR九州や福岡商事の法的責任は、時効により消滅していると考えられます。
また施行ミスによる不法行為ですが、不法行為の時から20年で時効となるため、こちらも若築建設の法的責任は時効により消滅していると考えられます。しかしこれまでは除斥期間として20年で時効になっていたのですが、2020年に改正された新民法では消滅時効として20年とされているため、時効の中断や停止が可能になっています。高度な法解釈が必要な部分なので私は専門外ですが、何らかの救済措置が可能なのかもしれません。
まとめ
2本の杭が支持層に到達していないこと、構造スリットが施工されていないことが判っています。しかし時効の壁に阻まれる可能性が高く、最悪の場合は住人の泣き寝入りで終わる可能性があります。惜しむらくは入居してから3年目ぐらいの時に若築建設が大々的に施工不良の手直しを行っているので、この時に専門家を招聘して調査をしていればと思わずにいられません。
施工会社の若築建設は謝罪をすると言っていますし、なんらかの保証が得られる可能性はあります。今後の推移を見守っていきたいと思います。
2020年5月9日加筆
5月8日、施工した若築建設と事業主であるJR九州、福岡商事の役員3名がベルヴィ香椎六番館を訪れ、施工不良に関するお詫びと原因調査を約束したそうです。今後、どのような調査を実施するかはわかりませんが、引き続き推移を見守りたいと思います。