お客様主義・お施主様主義の弊害 /クレームとキレたゼネコンの騒動

今はずいぶんと落ち着いてきましたが、かつてゼネコンはお施主様主義と言って工事発注者の言う事は絶対だと思っていました。またデベロッパーは、お客様の言うことは絶対だと思っている節がありました。今回はお施主様は絶対だと思っているゼネコンと、お客様は絶対だと思っているデベロッパーによって起こった悲劇です。私がデベロッパーに勤務している頃に某所から聞いた話で、その時は絶句してしまいました。ちょっと信じられないかもしれませんが、こんなこともあったんだということで読んでください。

マンション購入者からのクレーム

それは内覧会から始まったそうです。マンションが完成してから、購入者が観にくるのが内覧会です。初老の夫婦は完成した部屋を見て、怒り出しました。そのクレーム内容は多岐に渡るので全ては覚えていないのですが、大体以下のものでした。

①壁や床に小さな傷が多い
②オプションの棚の色がサンプルと微妙に違う
③フローリングの木目に節がある
④オプションの大理石にヒビや欠けがある
⑤上框の石に虫がいる

こういった内容でした。夫婦で内覧会に来た奥様の方が怒り心頭で、営業担当者とゼネコンの担当者は数時間に渡って怒られたそうです。しかしゼネコンは困ってしまいました。壁のクロスの傷は貼り直すことで修繕できるものの、目を凝らさないと分からないレベルの傷を数百箇所も指摘されていたそうです。これでは貼り直しても同じように言われる可能性が高いと思いました。さらに②の棚の色はメーカーのサンプルを見せて決めたので、ゼネコンではどうすることもできませんでした。

※トラバーチン(上)と天然木のフローリング(下)

③のフローリングの節は、オプションで天然木材を使っているためさまざまな模様が入ることを事前に説明してあったのです。「なぜ検品して節を排除しないのか」と言われても、そんなことをしていたらコストが跳ね上がってしまいます。④の大理石のヒビや欠けはトラバーチンという石材特有のもので、欠けではなく水の通り道としてできた天然のものです。ヒビも石灰層によってできるもので、石屋もこれこそがトラバーチンの良さと言うものでした。しかし「モデルルームで見た見本と違う。すぐに交換しろ」と言われてしまいました。また⑤の上框とは玄関の靴を脱ぐ場所から廊下に上がる部分の段差に使われている石のことなのですが、虫が入っているというのは生物の化石です。化石が入っているのは天然物の良さなので、石屋は何ら問題のないものと言っていました。

お客様主義とお施主様主義の発動

これに対してデベロッパーは、お客様の希望に沿うように対応してくださいとゼネコンに言い、ゼネコンは施主が言うなら仕方ないとクロスとフローリングを張り替え、大理石や上框を張り替える作業を行いました。もちろんゼネコンは一円ももらっていません。完全にサービスでこの作業を行うのです。しかも購入者の入居予定日までに終わらせなければなりません。突貫工事のような雰囲気で、修繕工事を行い完成させました。しかし購入者に再度確認してもらうと、再び怒られてしまいました。クロスは傷だらけだし床は擦り傷だらけだと言われましたが、どこのどの部分の傷なのかほとんどわからなかったそうです。そして貼り直した大理石には小さな穴があり、サンプルとは違うのでダメだと言われてしまいます。

これは詐欺だと怒る購入者の奥様に、デベロッパーの担当者とゼネコンの所長はひたすら謝り、納得のいくように再度工事をすると約束しました。しかし購入者はすでに賃貸マンションの契約を終わらせているので、住むところがなくなります。仕方がないのでゼネコンが工事を終わらせるまホテルを借りることを約束しました。これが悲劇の始まりでしたが、ゼネコン側としてはデベロッパーがなんとかしろと言うので、できることをやろうと考えてしまったのです。

脅迫に近い要求

なぜここまで購入者の言いなりなのかと不思議に思われるかもしれませんが、ここまでのやり取りの中で購入者から脅迫に近いことを言われていたからです。この購入者は某大学の教授で、テレビにもよく出ていました。書籍も多数執筆しており、名前を知らなくても顔を見れば当時は誰でもわかる人でした。そのためこの夫婦は、自分達の要求が通らなければテレビでこの状況を放送すると言ってきたのです。当然ながらデベロッパーもゼネコンも実名を公表すると言われてしまい、それを恐れて言いなりになってしまいました。

落ち着いて考えれば、出演者の1人である大学教授が番組の内容を決めることなんてできません。しかし過剰なお客様主義によりデベロッパーは購入者の希望を叶えなくてはと思い込み、デベロッパーがそう言うならと過剰なお施主様主義のゼネコンが従ったのです。この時点でどちらも経営者に判断を委ねていたそうですが、どちらの経営陣も購入者の希望に沿った解決をするように判断したそうです。

さらなるトラブル

ゼネコンはホテルを用意し、そちらに住んでもらうように依頼しました。しかし再び購入者は激怒します。マンションの近くにあるホテルの中で、最も良いホテルを選んだのですが「こんな安いホテルには泊まれない。馬鹿にしているのか」と騒がれました。さらに支払うのは宿泊費のみと伝えると、食事代がないのはおかしいと言われました。マンションに住もうがどこに住もうが食事代はかかるので、ゼネコンが支払いを拒否すると、この夫婦は猛抗議しました。ここで交渉が始まるのですが、デベロッパーの「購入者が納得いくかたちで」という意見に押されて、ゼネコンは一泊3万円超えのホテルに食事代も了承しました。

そして2週間ほどの工事が始まるのですが、ゼネコンはホテル側からの連絡に腰を抜かします。購入者の奥様は部屋が殺風景だからと観葉植物をホテルに注文し、その金額が十数万円になっていました。さらに食事に友人たちを招いてパーティをはじめ、お土産として1個1万円以上するメロンを配っていました。1日のホテル代が数十万円になっており、事情を知っているホテルがゼネコンに連絡してきたのです。こんなことを毎日やられてはたまらないと自重するように購入者に依頼するのですが、「私たちは欠陥マンションを買わされて精神的苦痛を受けた」と騒いではねつけました。

困ったゼネコンはデベロッパーに相談するのですが、「購入者が納得いくかたちで」と返されてしまいました。デベロッパーからすれば、費用はゼネコン持ちなので関係ないという態度だったそうで、ここにきてゼネコンは態度を硬化させることになります。あまりに遅すぎる感じがしますが、このままではダメだとようやくゼネコンも感じ始めたのです。

再検査も不合格

なんだかんだでゼネコンは10日程度で修繕工事を終わらせ、再び購入者に見てもらいました。しかし以前のものでも問題ない出来だったのですから、新たに作り直しても大きく変わるはずがありません。大理石にしても石屋に頼んで巣や筋が少ないものを選んでもらったのですが、トラバーチンを使う以上は大きく変わることはありません。購入者はヒステリーを起こしたように怒り出し、全部やり直せと言ったそうです。ゼネコン所長は「これ以上は無理です」と言ったのですが、購入者はやり直さなければひき取らないと言い捨ててホテルに帰ってしまいました。

本気で怒ったゼネコン

購入者からすると、贅沢三昧のホテル暮らしを続けられるのですから、簡単にこれお終いとは言わないでしょう。しかし約10日でホテルの代金は数百万円になっており、これではいけないとゼネコンも真剣に考え始めました。そしてゼネコンの営業担当者と役員、そして弁護士がデベロッパーを訪問することになります。ゼネコンは当初約束した宿泊代と2人分の食事代の支払いのみを行い、それ以外の費用は全て購入者に請求すること、そしてこれ以上の修繕工事を拒否すると言ってきました。

しばらくはデベロッパー側も何とかならないかと言っていたようですが、弁護士から不当要求だと言われて渋々納得しました。そこでゼネコンの弁護士はすぐに購入者に連絡して、ゼネコン側の見解を伝えています。当然ながら購入者は激怒し、こちらも弁護士を立てるとかテレビで訴えると怒鳴ったそうですが、ゼネコン側の弁護士はむしろ弁護士を立ててもらった方が良いし、テレビで言うなら名誉毀損で裁判も考えていると伝えました。そして実際に購入者は弁護士を立ててきたそうですが、購入者側の弁護士は実際にマンションを見たりホテルの請求書を見て勝ち目がないと判断し、さらに交渉の際の録音テープを聞いて脅迫罪で訴えられる可能性もあると購入者を説得したようです。こうしてこの件は解決しました。購入者はホテルで豪遊した数百万円をゼネコンに支払い、マンションに引っ越しました。

聞いていてただただ呆れました

これはもう20年近く前の話ですが、これを聞いた私たちは、ただただ呆れてしまいました。登場人物の全員がおかしいと思ったのですが、同じような状況になると私がいたデベロッパーの経営陣も同じような判断をする可能性があるように思いました。過剰すぎるお客様主義は顧客の言いなりになることにつながり、過剰なお施主様主義は施主の機嫌を損ねないようにするばかりになっていました。話してくれた人は「な、ウチの経営っておかしいだろ?」と冷めた笑いを浮かべていました。

ちなみに当時でも、ここまで言いなりになるデベロッパーは珍しいですし、それにおとなしく従うゼネコンも珍しいと思いました。一緒にいた中堅デベロッパーの人は、ウチの社長なら裁判起こして損害賠償を請求すると言っていましたが、これほど酷い相手ならそう判断する会社があっても不思議ではないと思いました。しかしこのゼネコンやデベロッパーのように過剰に対応する会社があったのも事実で、それは1999年に発生した東芝クレーマー事件の影響も少なからずあったように思います。執拗にクレームを繰り返す顧客に東芝の担当者が「お宅さんみたいのはね、お客さんじゃないんですよ。クレーマーっちゅうのお宅さんはね」と発言し、これが録音されていてネットに公開されると東芝が激しい批判にさらされました。東芝には大きな落ち度がなかったと言われていますが、この一言で東芝は大きな損失を出してしまったのです。

このような社会情勢もあり、このデベロッパーとゼネコンは過剰な対応をしてしまったのだと思います。そしてそういう世相につけ入った大学教授夫婦に、好きなようにされてしまったという感じだったのだと思います。

まとめ

この騒動は2000年代前半に起こりました。上の方でも書きましたが、1999年の東芝クレーマー事件の影響が残る時代ではありましたが、それでもゼネコンもデベロッパーも言いなりになりすぎていたように思います。施工不良には売主も施工者も真摯に対応するべきですが、過剰な要求に従う必要はありません。また天然の木材や石材は、購入時に正しい説明がないとトラブルの元になるがちですが、この件も説明の甘さが一因にあったように思います。しかし何を説明してもどのような正論をぶつけても全く話を聞かずに自論だけを主張するクレーマー気質の人もいますので、毅然とした態度で臨むことが最も大事なのだと思いました。

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