イギリスではタワーマンションが嫌われているのか?
以前も書いたことがありますが、日本のネット記事や書籍にはイギリスではタワーマンションが嫌われていると書かれているのをよく見かけます。しかし以前に書いたように、イギリスではタワーマンションが次々に建設されており、タワーマンションが嫌われているというより好まれているような印象すら受けます。どうしてこのようなことになっているのかを考えてみました。イギリスで建設されたタワーマンションに関しては、以下の記事に書いたので参照してください。
チャールズ国王の発言
イギリスでタワーマンションが嫌われていると言われる理由の1つは、チャールズ国王の発言による部分が大きいように思います。チャールズ国王は王太子時代に何度も高層建築物を批判しています。超高層建築物を「見るに堪えない」「酷い」と酷評しており、街並みを破壊すると批判的なコメントをしています。チャールズ国王はロンドンで次々に建設されるタワーマンションを嫌っており、これらの発言は市民に好意的に受け取られているという話も聞きます。
王族、しかも次期国王のチャールズ王太子の発言ということもあり、これを根拠にイギリスではタワーマンションが嫌われているという記事に繋がっているようです。しかしチャールズ国王は父親のフィリップ殿下ほどではないにしても、辛辣で率直な発言が多いことで知られています。高層建築物へのどぎつい発言はチャールズ国王らしい発言でもありますし、ロイヤルファミリーの発言がイギリス国民の総意というわけでもありません。そこは注意するべきだと思います。
階級社会が残るイギリス
イギリスには今でも階級社会が存在します。差別があるわけではなく、それぞれの階級でそれぞれの立場での考えや発言があります。チャールズ国王の発言は貴族階級の頂上からの発言であり、労働者階級などの考えとは異なっていても不思議ではないのです。この階級は社会的な地位や財産とは無関係です。労働者階級に生まれた人が世界的企業を築いて何兆円の資産を保有しても、労働者階級であって貴族階級になるわけではありません。逆に貴族階級の人物が落ちぶれて、一文なしに転落しても貴族階級のままです。
ここが日本人の私たちにはわかりにくいところですが、階級は血と家系と伝統の問題であり、現在の富や地位とは関係ないのです。そのため貴族階級やジェントリー階級では、伝統を重んじる古き良き大英帝国の文化が強く残るのです。そんなチャールズ国王がロンドンの景観を大きく変える超高層建築を好まないのは当然のことだと言えます。The Shardのように1万枚以上のガラスを使ったピラミッドがロンドンに建築されるのは我慢ならないのです。
カントリージェントルマンの趣向
イギリスにはカントリージェントルマン(田舎の紳士)という言葉があり、貴族階級らのライフスタイルを端的に示した言葉です。彼らは街の中に住むのではなく田舎で過ごし、狩猟や乗馬などを楽しみながら生活をしています。イギリスの貴族の屋敷は田舎にあり、田園風景が広がる中や森の中に巨大な城が存在しています。自宅の庭にゴルフコースがあるような広大な広い土地で自然を楽しみつつ、新聞などで常に政府や中央の動きには目を光らせており、国家の危機が訪れれば駆け付ける準備をしています。
そのためロンドンなどの都市部に住む人の多くは労働者階級であり、毎日働かないと生活ができない人達です。貴族階級は不労所得で生活ができるので、基本的に仕事はしません。しかし中には社会貢献のために医者や弁護士、政治家になる貴族もいて、そういう人達は都市部で生活をしています。こうした人達を除けばイギリスで莫大な資産を持つ貴族は田舎に住んでいるので、豪邸は田舎にあり都市部に家を買って通勤するのは労働者なのです。
労働者階級の富裕層
しかし20世紀に入ると労働者階級に多くのお金持ちが現れました。特にシティ・オブ・ロンドンと呼ばれるロンドンの中心部は金融街となり、金融で成功した大金持ちが多く出現します。彼らは会社に勤めているか会社を経営しているので、毎日の通勤が必要になります。そこでロンドンの高級住宅を購入するようになりました。彼らは貴族階級が持つような伝統的なものを良しとする価値観ではなく、新たな世界を切り開くことを重視しています。ロンドンに建設されるタワーマンションに住むのは、このような人々なのです。
貴族階級の人々は、家具にしても古いアンティークの家具を中古で求めます。また最も良いスーツは父親や祖父からのお下がりで、良いものを長く使うことを良しとしています。貴族のスーツを見ると、袖を伸ばすお直しをした跡がくっきり残っていることがあります。これは父や祖父のお下がりを着ているからで、代々に渡って良い家柄であることを示しているのです。しかし新興の金持ちは最新の家具を揃え、真新しい高級スーツを仕立て、全てを新品の高級品で揃えようとします。これはアメリカの金持ちの影響も強く、イギリスの貴族らとは全く異なる趣味嗜好を持っています。彼らは富の象徴としてタワーマンションを購入し、ロンドンを一望できる景観を楽しんで生活しているのです。
貧困層のタワーマンション
2017年6月14日に、ロンドン西部のケンジントン・アンド・チェルシー地区で発生したグレンフェル・タワーの火災は、低所得者向けの住宅だったということが日本でも注目されました。24階建のグレンフェル・タワーは1974年に完成したタワーマンションで、日本では富裕層が購入するのにイギリスでは低所得者が住むのがタワーマンションだと吹聴する人もいたほどです。確かにイギリスには低所得者向けのタワーマンションが存在します。
1960年代から70年代にかけて、スラム・クリアランス事業として低所得者や浮浪者などの住宅として中高層の公営住宅が多く建設されました。街のスラム化を防ぐために公営住宅(カウンシル・エステート)を建設して低所得者を詰め込んだのですが、狭い土地に多くの人を住まわせるために高層住宅になっていったのです。カウンシル・エステートは音楽ファンにはお馴染みで、ここから多くのスターが育っています。セックス・ピストルズ、ザ・スミス、オアシスなどのメンバーはカウンシル・エステートで育って音楽に出会っています。
火災が発生したグレンフェル・タワーもカウンシル・エステートの1つです。古いうえに低所得者ばかりが住んでいるので外観が見すぼらしくなっており、外装工事だけを行ったらその部分から出火して延焼が広がってしまいました。グレンフェル・タワーの火災は、以下の記事に書いています。
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これを根拠に「イギリスのタワーマンションは低所得者が住むマンション」という記事や書籍を見かけますが、正確には「イギリスには低所得者向けのタワーマンションがある」というだけで、全てのタワーマンションが低所得者向けというわけではありません。このような話が、さも真実のように出回っていることに驚いてしまいます。
イギリス人はタワーマンションが嫌いなのか
タワーマンションが多く建設されている現状を見ると、イギリス人がタワーマンションを嫌っていると言うのは無理があると思います。しかし当然のことながらイギリスにもチャールズ国王のように嫌っている人もいますし、古き良き時代を好む貴族階級の人には嫌われていると思います。シティに住む新興の富裕層はタワーマンションを好んで住んでいますし、好んでいるから多くのタワーマンションが建設されているのです。好きな人もいれば嫌いな人もいるという、どの国でもありがちな当たり前の結論になってしまうと思います。
まとめ
チャールズ国王が嫌いと言っているから、イギリス人はタワーマンションが嫌いというのは飛躍のしすぎですし、グレンフェル・タワーが低所得者向けのタワーマンションだからイギリスではタワーマンションにお金持ちは住まないというのは、あまりにお粗末な意見だと思います。そもそもイギリス人はタワーマンションが嫌いというのはステロタイプの意見ですし、日本人ほど他人の家を気にする人が少ないのでタワーマンションが好きか嫌いかなんて話題もあまり出ないようです。なんというか、この手の日本の記事には悪意を感じてしまいます。