ハイテンションボルト・バブル /2019年にボルトを求めて奔走した人々

2019年の建設業界はちょっと異常なことが多かったと思います。以前紹介したようにできない建築を受注して修羅場になる現場が多くありましたし、それに拍車をかけたのがハイテンションボルトの不足でした。ハイテンションボルトはマンションでは全く使われないこともありますが、一部には使われているのでマンション建設現場にも混乱を引き起こしました。このボルト騒動がどんなものだったのか、解説したいと思います。

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ハイテンションボルトとは

鉄骨を留めるボルトで、日本語では高力ボルトといいます。見た目は普通のボルトですが、高張力の鋼(はがね)で作られていて、ボルトの軸力が均一に働くように設計されています。鉄骨造の建物には必要不可欠な部材で、鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)のマンションや、マンションの外階段が鉄骨の場合などに使われています。またマンションの別棟に集会室などを設ける場合にも鉄骨造が使われていることがあり、その場合には鉄骨を固定するためにハイテンションボルトが使われています。

なぜハイテンションボルトが不足したのか

①オリンピック需要

2019年は、2020年に開催が予定されていた東京オリンピックのための大型建設工事がピークになっていて、競技場やホテル建設が東京中で行われていました。そのため鉄骨工事があちこちで行われていて、ハイテンションボルトの需要が一気に高まっていました。材料だけでなく作業員の数も不足しており、あちこちで人と材料の取り合いが起こっていました。無理な施工も行われていたので、多くの工事が遅れていたため、鉄骨需要とそれに付随するハイテンションボルトの需要が集中することになりました。

②ボルトの材料不足

ハイテンションボルトは特殊鋼線材から作られます。これは普通鋼(鉄と炭素の合金のうち、熱処理をしないもの)にニッケルやクロムなどを添加するなどして、耐熱性、耐食性に優れており、厳しい環境下で使われるものです。この特殊鋼線材が不足していました。オリンピックなどにより一時的に需要が大きく増えたため、例年にない需要が発生してしまい、材料の供給が追いつかなくなったのです。

③自動車業界の余波

ハイテンションボルトの材料になる特殊鋼線材は、自動車の部品にも使われます。クランクシャフト、カムシャフト、ドライブシャフト、スタビライザー、ギア、コンロッド、ハブ、ボルトなどです。2019年は自動車業界が好調で、多くの特殊鋼線材を使うことになりました。自動車業界の影響力は強く、建設業界に回るはずだった特殊鋼線材が自動車業界に向かったと噂されました。

不足に拍車をかけた大手ゼネコン

ハイテンションボルトが不足しても、工期は決まっています。そのためなんとしてもボルトを確保しようと多くのゼネコンが動きました。特に力のある大手ゼネコンは、鉄骨メーカーに強く進言して自分の現場に納品するように迫りました。不足しているとはいえ、まだボルトの余裕があった2019年の上半期はどうにかなりました。しかし下期になってくると、大手ゼネコンでも納品が間に合わない可能性が出てきました。

仮にある大手ゼネコンの現場で3万本のボルトが必要だとします。しかし納期に間に合わない可能性が出てきました。そこで大手ゼネコンは取引のある商社全てに3万本のボルトを発注して、最初に納品されたボルトを使おうと考えます。それでは後から納品されるボルトは無駄になってしまいますが、1日でも早く欲しい大手ゼネコンは多少の損をしても複数の発注をしてしまうのです。こういう現場がいくつもあると、本当に必要な本数以上の発注量がメーカーに届いてしまい、更なるハイテンションボルトの不足を招きました。

ハイテンションボルトのゼネコンの仕入れ値は、1本あたり数十円です。仮に1本100円だとしても、3万本で300万円です。数億円、数十億円の請負工事で300万円というのは大きな額ではありませんし、ボルトが届かなくて工事が遅延するとそれ以上の損失が出てしまいます。ですから無駄になると分かっていても発注しますし、それがさらに市場を逼迫させていったのです。

メーカーは増産しなかったのか

メーカーはハイテンションボルトの増産を行いました。しかし既存の設備で増産を行うのは、せいぜい残業手当や休日出金手当を払って工員の勤務時間を増やす程度のことしかできません。臨時の工員を雇うこともあったでしょうが、ボルトを製造する機械の数は決まっているので、どんなに稼働率を上げても市場のハイテンションボルト不足は解消しませんでした。設備投資をしようにも間に合わず、一過性の需要過多なので設備投資をしても投資資金を回収できる見込みが立ちません。そもそも材料が不足しているので、ボルトを製造する機械を倍に増やしても2倍の量を生産できるわけではありませんでした。

Yahoo!オークションやAmazonにも登場

2019年の8月頃は、どこに電話してもハイテンションボルトがないという状況でした。ほとんどの鉄骨屋は2020年2月ぐらいには落ち着くと言っていましたが、工事中の建設現場ではそんな悠長に構えていられません。何か情報がないかと探していると、ヤフーオークションに出品されているのを見つけました。なんと落札価格が3000円近くになっていました。またAmazonにも出品されていて、1本が2000円から3000円になっています。それまで1本あたり30円から100円ぐらいで買っていたボルトが、2000円や3000円になっているのです。

以前なら、ハイテンションボルトは少し多めに発注し、余ったら鉄屑として捨てていました。建設現場では「あの時のボルトを捨てずに持っていれば、小遣い稼ぎができたのに」なんて話で盛り上がっていました。こうしてほとんどの建設現場でハイテンションボルトが不足し、もはや諦めムードになっていました。多くの現場では工期の延長を求めて施主と打ち合わせを行い、鉄骨部分だけ残して工事をする現場が多くありました。当時私はマンションの鉄骨階段工事の立ち会いをいましたが、痛んだ鉄骨階段を出入り禁止にして、2020年以降になってから工事することに決めました。そして2020年に入ったら、コロナ禍でさらに工事実施が遅れることになります。

奪い合いになった半年間

2019年に入る頃からハイテンションボルトは不足すると言われていて、6月頃には大規模な現場に影響が出始めて騒がれていました。8月頃には中小のゼネコンが工事する小規模の現場にもボルトが入らなくなり、どこの現場でもボルトがないと騒いでいました。しかしどんなに騒いでもボルトが入荷されることはなく、工期の延長を願い出るようになりました。その間、あちこちでボルトの奪い合いがあり、商社の担当者がノイローゼになっているなんて話も聞かれました。

まとめ

2019年は建設業界にとって慌ただしい年であり、人もモノも不足して奪い合いになりました。東京ではオリンピック関連の工事が落ち着けば元に戻ると言われていましたが、2020年に入るとコロナ禍が始まって混乱に拍車がかかってしまいました。このブログを読んでいる方の多くはマンションに住んでいる方だと思いますが、建設価格はこのように突発的に高値になることがあります。2019年の建設単価に合わせて長期修繕計画を立てたら、修繕積立金が跳ね上がっていたでしょう。またこの年は大規模修繕工事をズラしたマンションも多かったのですが、その多くは職人(作業員)が集まらなかったからです。マンションの修繕も時代の影響を強く受けますが、その影響は近年になって強くなってきているように思います。

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