ホテルニュージャパン火災の教訓 /なぜ消防訓練が大事なのか

建物の防火対策を語る際に、転換期になった火災がいくつかあります。今回はその1つであるホテルニュージャパンについて書いてみたいと思います。82年に起こったホテルニュージャパンの火災は、74年の法改正が有効だったことを示し、消防検査の厳格化につながりました。何より安全を軽視した経営が、どれほど恐ろしいかを日本中に示した事件とも言えます。

ホテルニュージャパンの火災

1982年2月8日、東京都千代田区にあるホテルニュージャパンの9階から出火しました。明け方未明に発生した火事は9時間以上も燃え続け、死者33名を出す未曾有の大災害になりました。東京消防庁は最高出動ランクの「火災第4出動」を発令し、消防車60台(ポンプ車48台、はしご車12台)、救助車8台、救急車22台、消防へり2機を投入しました。動員された消防職員は600人を超え、消防総監が自ら現場に乗り込んで本部指揮隊車から陣頭指揮をとる文字通りの全庁上げての総力戦で、火災が鎮火したのは昼過ぎでした。

窓から炎が吹き出し、その窓のカーテンを伝って脱出する宿泊客の映像が日本中に生中継され、地獄絵図となった火災現場の様子がテレビカメラに捉えられていました。その衝撃は大きく、ホテルなどの大規模物件の防火性が大きく論じられることになります。それはホテルやデパートなどの商業施設に止まらず、マンションの防火性にも大きな影響を与えることになりました。

ホテルニュージャパンとは

1960年に東京都千代田区の赤坂見附に開業しました。当初は財閥の藤山コンツェルン(バラ印の砂糖で有名な大日本製糖が中心)によって、マンションとして計画されていました。しかし1964年開催の東京オリンピックの宿泊需要を当て込み、急遽ホテルに設計変更されて開業に至りました。独立性とプライバシーを重んじる高級マンションの設計を流用したため、ホテルとしては迷路のような配置になっていて、これが火災時に避難を困難にした一因となってしまいました。

またこのように急遽ホテルに変更したわりには、藤山コンツェルンにはホテル経営のノウハウがありませんでした。そのため同じ1960年開業のホテルニューオータニやホテルオークラ東京の後塵を拝するようになり、常に経営に苦しんでいました。それでも著名人が宿泊することで知られ、地下にある高級クラブ「ニューラテンクォーター」は政財界の社交場として知られ、力道山が暴力団組員に刺殺された現場としても有名でした。派手な話題には事欠かないホテルだったのです。

その後、藤山コンツェルンが弱体化すると経営に苦しむホテルニュージャパンは売却されることになります。買収したのは東洋商船を率いる昭和の乗っ取り屋、横井英樹でした。1979年に買収が行われ、横井がホテルニュージャパンの社長に就任します。横井はホテル経営のノウハウは全くありませんでしたが、徹底的な経費削減と合理化を推し進め、ホテルニュージャパンの再建を進めていきました。

※横井英樹

人災によって拡大した被害

①火災の原因

出火場所は938号室でした。宿泊していたイギリス人が、酔って寝タバコをしながら眠ってしまいます。焦げた臭いに気づいて飛び起きたイギリス人は、毛布を使って火を消しています。鎮火したと思って再び眠ってしまうのですが、火はまだ消えておらず、毛布から出火しました。煙に巻かれたイギリス人はそのまま死亡し、938号室内で炎が徐々に巨大になっていきます。

②消防検査で指摘されていた不備

1972年に発生した戦後最悪の火災、大阪千日デパート火災の教訓から74年に消防法が改正されました。これにより防火扉やスプリンクラー設備の設置などが義務付けられています。この改正が画期的だったのは、すでに建設されている建物にもこれらの設置を義務付けることでした。法の不遡及(そきゅう)の原則に反し、過去に遡って適用されたのです。これには多くの建物オーナーから不満の声が上がりましたが、消防庁は粘り強く指導を重ねていました。

ホテルニュージャパンも同様で、消防検査でスプリンクラー設置に加えてさまざまな防火対策を指導されていました。しかし社長の横井英樹は全て拒否しました。横井はホテルニュージャパンの消防設備工事を行っていた業者への支払いもしなかったため、業者は離れていきました。消防設備を揃えない一方で、横井は数億円をかけてホテルのロビーに豪華なシャンデリアや家具を設置しています。そのため東京消防庁碑文谷署は、何度もホテルニュージャパンに対して指導を行っていますが、横井は何度もそれをはぐらかして対応を先送りにしていました。

痺れを切らした消防庁は建物の使用禁止を迫り、これでようやく横井はスプリンクラーの設置を指示します。しかし実際にスプリンクラーを設置することなく、スプリンクラーヘッドを天井に取り付けただけのダミーでした。横井は悪質な偽装により、消防検査を免れようとしていたのです。そのためホテルニュージャパンで火災が起こった時、スプリンクラーが稼働することはありませんでした。

③火災の危険性を何度も指摘していた消防庁

消防検査を行った消防庁の職員は、ホテルニュージャパンの危険性を何度も指摘していました。壁は可燃性の高いベニヤ材の上にクロスを貼っただけでしたし、カーテンやシーツなどは防炎加工がされていない製品が使われていました。火災が起こった際に、これらの寝具が急速に可燃してフラッシュオーバーを起こす可能性が高く、さらにベニヤ板を燃やして急速にホテル全体に炎が広がることが懸念されました。そして火災はその懸念通りに広がりました。

関連記事
意外と知らない火災にまつわるマンションの法律 /そのカーテンは違法?

何度も行政指導を繰り返したものの無視され続けることに消防庁は焦りを見せ、是正されなければ建物を使用禁止にすることを通告しています。しかし横井は是正することなく、見せかけの防火対策を行いました。ホテルニュージャパンからの出火を知らされた消防職員は、現場に到着する前に最悪の火災になることを予想していたそうです。そして到着すると、想像以上の地獄絵図になっているホテルニュージャパンを前に言葉を失ったと言います。

④加湿器を止めたため乾燥したホテル内

この日は空気が乾燥していましたが、経費削減のために全館空調の加湿機能を止めています。そのためホテル内部の空気が乾燥していき、炎が回りやすい状態になっていました。これに加えて迷路のような建物、燃えやすいものばかりで作られた内装と寝具、さらに全く機能しないスプリンクラーが加わり、ホテルニュージャパンでは炎が一気に広がる要因が揃いました。そんな中で、先の938号室の寝タバコがあったのです。

⑤初期対応の致命的なミス

横井は人件費をギリギリまで削っていたため、ホテルの職員は慢性的な人手不足と過重労働に苦しんでいました。横井の社長就任前は職員が320人いましたが、人件費の削減を繰り返したため134人になっていました。長時間勤務が重なり、誰もが疲れ切って仕事をしていたのです。さらに横井は消防の指導に反して、消防訓練を一切行っていませんでした。炎が建物を包む中、ホテルニュージャパンには疲れ切り消防訓練が未経験の職員しかいなかったのです。そひてさらに不幸は重なります。

938号室からの出火に気がついたのは、ホテルの従業員でした。この従業員は火災発生時の訓練を受けていなかったため何をすれば良いのかわからず、とりあえずマスターキーをとりに戻ります。この従業員からの知らせで警備員も火災を知ることになりますが、誰一人として館内放送を行ったり、非常ベルを鳴らしたり、119番通報を行いませんでした。多くの従業員や警備員は、館内放送のやり方も非常ベルの鳴らし方も知りませんでした。知っている職員は、ボヤが出たことで社長の横井が激怒することを恐れ、あえて非常ベルを鳴らしませんでした。

従業員は消化器などで自力で消火することにしますが、屋内消火栓の使い方を知る者はいませんでした。火災訓練をやっていなかったので、誰も触ったことがなかったからです。こうして初期消火が十分に行われず、宿泊客に危険を知らされることもなく、消防の出動も遅れました。119番通報をしたのはホテルの関係者ではなく、ホテルの前を通りかかったタクシーの運転手でした。停電した迷路のようなホテル内で従業員が宿泊客の避難誘導を行わなかったため、逃げ惑う人々は煙に巻かれるようになります。避難誘導等は点灯せず、防火扉は分厚い絨毯に阻まれて自動で閉まることもありませんでした。

炎が大きくなると、横井は宿泊客の避難誘導ではなくホテル内の高価な家具などを持ち出すように従業員に指示をしました。そのため避難誘導を行ったのは宿泊客でした。逃げ惑う宿泊客を誘導し続け、亡くなった外国人宿泊客もいました。

ニュージャパン火災が与えた影響

消防にとって、ホテルニュージャパンは痛恨の極みとなります。危険だとわかっていたホテルで出火し、予想された通りの悲劇になってしまったのです。この火災以降、消防庁の指導は厳しくなり、なんだかんだで言い訳を重ねて設備投資を惜しむ経営者に強く迫るようになっていきました。また世間の防火に対する認識も大きく変わりました。

火災が鎮火した際に、社長の横井は殺伐とした消防やメディアの前で、呑気な挨拶と火元となった宿泊客が悪いと批判しました。その様子がテレビで報じられると多くの人が怒り、人命を軽視して利益を優先した横井の姿勢に批判が集中しました。さらに消防の指導を無視し、防火設備が全く機能しなかったことが報じられると、多くの人がホテルなどの宿泊施設を不安視するようになりました。

しかし3階以上で30人以上を収容できる宿泊施設で、消防機関が検査をして基準に適合している「適マーク制度」がメディアで紹介されると、適マークがついたホテルなら安心という話が広がり、多くの宿泊施設が適マーク取得に向けて動き出します。それまでなかなか進まなかった適マーク制度ですが、ホテルニュージャパン火災から一気に全国に普及することになりました。

なぜ消防法は遡及するのか

法律は遡及しないというのが大原則です。新たに決めた法律で、過去のものを縛ることはできないのです。例えば窃盗が死刑になったとして、過去に窃盗を行った人を死刑にはできないのです。しかし消防法は、新たに作ったルールをすでに建設されている建物に当てはめることができます。これは消防法が持つ他に例を見ない特徴になっています。

ホテルニュージャパン火災をはじめ、多くの犠牲者を出した火災の教訓から1人でも多くの人を守るため、消防法は過去に遡って既に建設された建物にも防火対策を求めます。以前は建物の所有者に協力をお願いする弱腰の指導でしたが、ホテルニュージャパンの火災以降は悪質な建物所有者に対しては改善命令を出して、強力な指導を行うようになっていきました。

消防訓練はなぜ大事なのか

ホテルニュージャパンの938号室で出火を従業員が確認した時に、すぐに宿泊客の避難誘導と初期消火を適切に行なっていれば、これほどの被害は起こらなかったといわれています。消防隊が到着するまでに、938号室の火はまだ小さかったため、消火器や屋内消火栓でも十分に対応できたと考えられるのです。

しかし何をして良いかわからない従業員は、貴重な時間を浪費していきました。消防隊が到着し、警備員に9階への侵入路を案内するように言うと、警備員は社長の許可がないとできないと返答しています。何を優先するべきか、何をすべきかわからない人達は、被害を食い止めるのではなく被害を拡大させることもあります。従業員が消防訓練を行なっていれば、こうしたことは防げたと考えられます。

マンションでも同様で、火災が起こった際に慌てずどうやって避難するか、誰が何を行うかを予習しておくことで、不要な犠牲を出さずに済みます。大勢がパニックになると予想外のことが起こりやすくなりますが、消防訓練を行なうことでパニックを抑える効果も期待できます。消防訓練が形骸化しているマンションもありますが、やり方を工夫して大勢の方に参加してもらうことが重要です。

その後のホテルニュージャパン

横井英樹は口封じを狙ったのか、火災現場から人命救助の最中に負傷して入院した東京消防庁特別救助隊隊長の高野甲子雄に現金を届けています。持参した秘書に高野は激昂して追い返されたことが、後に明らかにされました横井は業務上過失致死で逮捕され、実刑判決を受けています。

ホテルは火災の直後に東京都より営業禁止処分が出され、消防庁より建物の使用停止が命じられました。しかし火災に伴う悲劇は、ホテルとしての信頼とイメージを失墜させたため、再建の目処が立たず廃業になりました。やけ崩れたホテルはそのまま長年放置されていました。後に千代田生命が取得して建物を解体しますが、千代田生命が破綻したためプルデンシャル生命が購入しています。

まとめ

未曾有の火災被害は自然災害ではなく人災でした。ホテル管理者が適切な防火設備を設置し、消防訓練を実施していれば、これほどの大被害にはならなかったでしょう。消防点検と消防訓練の重要さは、ホテルニュージャパン火災が日本中に知らしめてくれました。マンションで消防訓練が行われる際には、積極的に参加して非常時に備えてください。いざという時に慌てることなく避難ができるようになると思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です