ポストモダンなマンションの時代

※ポストモダンの1つ、東京メモリードホール

日本に鉄筋コンクリート造の建物が入ってきた時代はモダニズム建築の全盛期で、日本にもモダニズムの考え方が持ち込まれました。その反発が80年代によって起こり、ポストモダン建築という流行が生まれました。今回はポストモダンなマンションの時代を紹介したいと思います。

モダニズム建築とは

説明するには本数冊のボリュームが必要ですが、簡単に言うと機能的で合理的な住宅で、民族性や地域性、思想などを超えた普遍的なデザインを目指しました。そのため「単なる白い箱」と呼ばれることも多く、日本では「羊かん型」などと呼ばれる建物に代表されます。装飾性を排した建物が多く、ドイツの芸術学校バウハウスの影響が強くありました。

※モダン建築の1つ ル・コルヴィジェのサヴォイ邸

モダニズム建築の代表格の一人、ミース・ファン・デル・ローエはLess is more(より少ないことは、より豊かなこと)と語り、余計なものを排したシンプルで合理的なデザインを追求しました。

ポストモダンの勃興

モダニズム建築の言葉のもとに、四角い箱の建築物が大量に作られるようになると、装飾をしたっていいじゃないかという声が出てきます。ミースのLess is moreに反論しLess is bore(より少ないことは、退屈なこと)という声が起こり、奇抜なデザインの建物が80年代頃から建築されるようになりました。しかしヨーロッパは建物の外観の規制が厳しく、アメリカは規制が厳しくない代わりに深刻な不況下にありました。ポストモダンな建築家は、外観の規制が緩くお金がある国を目指します。バブル経済に沸いている日本です。

突如、福岡市に出現したポストモダン

91年から92年にかけて、福岡県福岡市の香椎浜に6人の建築家がそれぞれに設計したマンション群が竣工しました。ネクサスワールドと呼ばれるこのマンション群は、当時の人気建築家が競ったことで世界的な話題になりました。そして奇抜な形に加えて高額な賃料のため、入居者がなかなか決まらないなどの苦戦もありましたが、バブル期を代表するポストモダンなマンションとして今も福岡市東区の香椎浜に見ることができます。

(1)オスカー・トゥスケ棟

オスカー・トゥスケ棟は、ネクサスワールドの中で、もっとも落ち着いた外観の建物です。街の中に突然、門のような形が現れるので驚かされます。ネクサスワールドのポストモダンなマンション群の中にあって、トゥスケ自身が「オールドスタイル」と言っているマンションです。

(2)クリスチャン・ド・ポルザンパルク棟

モロッコのカサブランカ生まれのフランス人建築家、クリスチャン・ド・ポルザンパルクの設計は奇抜な形と外壁のデザインで、一度見たら忘れられないデザインです。

(3)石山修武 棟

壁全体が微妙に傾き、屋根には巨大なオブジェのような庇があり、無機質なデザインが特徴です。この写真では歯車のような印象を受けますが、裏側から見ると、複雑な機械のように見えます。

(4)マーク・マック棟

街の景観に溶け込まず、異質で奇抜な印象を与えるのがマーク・マック棟です。遠目にはレゴブロックのような印象を与え、とても可愛らしい外観が話題になりました。

(5)スティーブン・ホール棟

窓が極端に少なく、コンクリートを削り出したような印象を与えるのが、スティーブン・ホール棟です。

(6)レム・コールハース棟

レム・コールハースは当時の売れっ子建築家で、彼が設計したマンションなら住みたいという声が多くあがりました。奇抜で斬新なデザインは今でも人気が高く、いくつかの賞も受賞しています。西棟が通称「レム棟」、東棟が通称「コールハース棟」と呼ばれているそうです。

まとめ

今回はポストモダンのマンションとして、福岡のネクサスワールドを紹介しましたが、他にもこの時代の奇抜なデザインのマンションは存在します。しかしネクサスワールドは立地や間取りではなく、建築家の名前で入居者を募る「デザイナーズマンション」のはしりになり、これほどの規模で展開された例はほとんどありません。まったく異なる思想のマンション6棟が一度に集まる姿は壮観で、現在でもその姿を見ることができますので、機会があれば見てみることをお勧めします。

そして肝心の住み心地ですが、これにはさまざまな意見があり賛否両論です。既成の家具が使えない、電気代がかさむなどの声があがる棟もありますが、「ここに住めるのなら、そんな問題は些細なこと」と言う方々が住んでいるようです。他では味わえない満足度があるようです。

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