事例 IHクッキングヒーターで起こった電磁波過敏症

電磁波過敏症というのを聞いたことはあるでしょうか。電子機器が出す電磁波によって、体調が悪くなる症状です。人によって様々な症状があり、まだまだ研究段階ではありますが、マンションに設置されたIHクッキングヒーターによって電磁波過敏症になったというクレームが発生したことがあります。これは私が デベロッパー にいた頃に起こった事件の1つです。

電磁波過敏症のクレーム

都内で新築分譲マンションが完成し、入居が始まってから1ヶ月も経っていない頃でした。1階に住む男性が、引っ越した直後から酷い耳鳴りと頭痛、吐き気に悩み、原因がIHクッキングヒーターにあるというクレームが入りました。マンションを購入したせいで電磁波過敏症になったと主張し、売主としての対応を求めていました。

施工したゼネコンも売主である私たちも、電磁波過敏症というテレビでしか聞いたことのない言葉に戸惑い、どのような対応をしたら良いかわかりませんでした。特にそのマンションの担当者は途方に暮れてしまい、まずは電磁波過敏症の勉強から始めることにしました。電磁波過敏症とは何か、そしてそれを予防する義務が施工者や売主にあるのかなどを知る必要があります。

電磁波過敏症とは

アメリカの医学者ウィリアム・レイが名付けたことで知られていますが、古くから電波や電磁波による健康被害は言われていました。例えば軍事基地のレーダー、電気会社の変電室などで浴びる電磁波によって、体調が悪くなるという意見は多く存在しましたが、医学的根拠に欠けるため病気としては認められにくい状況にありました。

1998年には国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)がガイドラインを定め、2015年にはWHOもファクトシートにおいて現代病と認めています。しかし症状は個人によって様々で、チクチクした皮膚の痛みを感じることから、頭痛や吐き気、目眩や筋肉痛まであり、電磁波と症状の因果関係がはっきりしないことの方が多いようです。

2012年に宮崎市でauの携帯電話基地局からの電磁波で健康被害を受けた住民が、KDDIを相手に裁判を起こしたことがあります。裁判所は原告住民の健康被害を事実と認めたうえで、プラセボ効果の可能性があるとして棄却しています。このように電磁波による健康被害はありそうなのですが、健康被害を訴えている人の原因が電磁波かどうかの判断は難しい状況です。

メーカー・ゼネコンの見解

IHクッキングヒーターのメーカーは、ICNIRPのガイドラインを守っているため問題がないという姿勢でしたが、未解明の部分が多いため絶対に安全とは言えないとも言っていました。電磁波が人体に与える影響は、まだわからないことが多すぎたのです。

ゼネコンは、体調不良とマンションの因果関係がはっきりしない以上は、補償や賠償といったことには応じられないという姿勢でしたが、原因究明には協力すると言っていました。しかし担当者レベルでは「本当にIHクッキングヒーターの電磁波で、本当に健康被害なんて起こるんですか?」ととても懐疑的でした。IHクッキングヒーターで電磁波過敏症が起こるなら、もっと多くの事例があっても良いはずだと考えていたのです。

男性の主張

・以前住んでいた賃貸マンションでは何の症状もなかった。
・引っ越してからすぐに体調に異変が起こった。
・キッチンに近づくと激しい頭痛と吐き気が起こる。
・症状が始まると、1日以上は続く。
・奥様やお子さんには症状が出ていない。
・普通の生活が送れなくなったため、マンションの買取を希望する。

男性が希望するマンションの買取価格は、販売価格と同額でした。男性が契約時に払った金額で買い取れという要求は、買取というより契約の無効を訴えているようなもので、とても承諾できないということになりました。市場価格での買取を提案しましたが、男性はそれを拒否して「売主としての誠意を見せろ」と迫っていました。

対応策の検討

電磁波過敏症という現代病の対応ですから、過去の事例を探しても同じ例はありません。しかしゼネコンが言っているように、体調不良の因果関係が見つからなければ補償することはできません。そしてIHクッキングヒーターが原因なら、IHクッキングヒーターをコンロに変更する提案をすることにしました。しかし男性は電磁波の原因がIHクッキングヒーターだけとは限らないと言い、提案を拒否しました。

さらに住宅内の電磁波の測定を提案しましたが、これも拒否されました。ここで重大な懸念が出てきます。このクレームは電磁波過敏症の問題ではなく、単にマンション購入を後悔しているだけなのではないかという懸念です。電磁波の測定ができないなら因果関係がわからないので、こちらとしては何も補償できないと伝えると憤慨して、周囲にこのマンションは欠陥マンションだと吹聴するようになってしまいました。

この当時、クレームに関しては会社として及び腰の部分があり、男性の主張を受け入れて買い取るのも仕方ないのではという意見も社内にはありました。そのため中古相場で買い取る可能性もあると伝えると、男性は買値での売却を求めてきました。さすがにこれは無理で、話し合いは何ら進展しないままになってしまいました。そして男性は欠陥マンションだと吹聴し、時間だけが過ぎていくことになりました。

突然の解決

ある日、様子を伺うために担当者が連絡すると「解決したから、もういい」と言われました。強硬な姿勢が一転して口調も穏やかで、何がなんだかわかりません。そこで担当者が訪問したのですが、電磁波過敏症が治ったと言い張り、買取は不要と言われました。全ての要求を取り下げるということなので、これ以上はとやかく言うことはありません。しかしさんざん誹謗中傷されたため、私たちのゼネコンもIHクッキングヒーターのメーカーも、やり場のない苛立ちが残りました。

頭痛が治らないので仕事にも行けないと、一時期は休業補償まで要求すると言っていた男性が、ある日突然治ったというのは不可解で、男性はなぜ治ったかを説明しません。そんな中、ゼネコンが共用部の点検を行っている時に、別の部屋の住民が事の真相を教えてくれました。男性は入居して間も無く家庭内で揉めて、奥さんと子供が出て行ったのだそうです。その直後から病気になったと騒ぎ出し、奥さんとの話し合いが決着して戻ってきたら病気が治ったと言い出したそうです。自分達のマンションを欠陥だと言いふらされたため多くの住民が怒っていて、たまたまゼネコンの社員がいたので話してくれたそうです。

まとめ

私たちはほとんど無駄骨に終わり、男性の一人相撲に付き合わされた格好になってしまいました。マンションは全く関係ないのに欠陥マンションだと吹聴され、ゼネコンも施工に問題があるかのように言われていたため、会社によっては名誉毀損で訴えるといった話になっていたかもしれません。この件は特殊な例のように思われるかもしれませんすが、そうでもなかったりします。多くのクレームには心理的な背景が存在し、クレームの原因となった不具合を解決しても、すぐに新たなクレームが入ることがあります。不具合があるからクレームを入れるのではなく、クレームそのものが目的になっているのです。このようなクレームは担当者一人での対応は不可能で、会社として毅然とした対応をとることが必要不可欠です。しかし現状では担当者にお任せになっていることが多く、それが解決を遠のかせて問題を大きくしていることがあります。マンションのクレーム問題に関しては、また別にまとめて書きたいと思います。

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