雨水漏水が起こったら「犬神家の一族」を見るべき

以前にも似たような記事を書いたことがありますが、今回はあるマンションで雨水漏水が起こった際の話です。マンションの屋上から発生した雨水漏水の対応をする理事会の相談を受けながら、石坂浩二主演の角川映画「犬神家の一族」を思い出していました。以前にも雨水漏水は犯罪捜査に似ているという話を書いたことがありますが、今回は「犬神家の一族」に照らし合わせて雨水漏水を考えてみたいと思います。

「犬神家の一族」のあらすじ

昭和22年、一代で財閥を築いた犬神佐兵衛が死去しました。犬神佐兵衛は遺言状を残しており、家族全員が揃ってその遺言状が弁護士によって公開されました。探偵の金田一耕助は、弁護士に頼まれてその場に立ち会います。遺言状には、ある条件下で犬神家とは血が繋がっていないが佐兵衛の恩人である野々宮大弐の孫、野々宮珠世に全事業の権利と全財産を渡すと書かれてありました。また珠世が相続しない場合は犬神佐兵衛の晩年の妾の子供である、青沼静馬に全財産を譲ると書かれてありました。

※犬神家の面々

当然ながら犬神佐兵衛の娘である松子、竹子、梅子とその旦那は憤慨し、犬神家の相続争いは泥沼化していきます。そんな中、竹子の息子である佐武(すけたけ)が殺害されました。それは犬神家で始まる連続殺人事件の幕開けになりました。やがて末弟の佐智(すけとも)、戦争で顔を負傷したためマスクで覆っている長男の佐清(すけきよ)も殺害され、探偵の金田一耕助は事件の背後にある犬神家の秘密と犯人を突き止めていきます。

犬神佐兵衛の遺言状の内容

この物語は遺言状が大きな役割を果たしています。遺言状はかなり長いので、ある程度まとめてみたいと思います。また家系図を参考にした方がわかりやすいと思います。

犬神家の全事業、全財産は野々村珠世に相続する。しかし以下の条件がある。
①珠世は配偶者を佐清、佐武、佐智の中から選ぶ。
②珠世が他の配偶者を選ぶ場合は、全ての相続権を失う。
③佐清、佐武、佐智の3人が珠世との結婚を希望しない場合、または3人が死亡した場合には珠世は誰と結婚しても良い。
④珠世が相続権を失うか死亡した場合は、佐清、佐武、佐智の順で事業を継承する。また全財産は5等分し、佐清、佐武、佐智に1/5づつ、2/5を青沼菊乃の息子の青沼静馬が相続する。
⑤珠世、佐清、佐武、佐智の4人が死亡した場合は、青沼静馬が相続する。
⑥青沼静馬の行方がわからない、または死亡が確認された時は、全財産を犬神奉公会に全納する。

雨水漏水の経緯

都内の2010年に竣工したファミリータイプのマンションで、漏水が最初に発生したのは2011年2月だったそうです。その後の東日本大震災で漏水の修繕工事は遅延が続き、最終的には2011年の年末までかかったそうです。漏水が発生したのは3階の角部屋で、リビングの天井に大きなシミができたのだそうです。その後、2年から3年周期で同じ場所で漏水と修繕を繰り返しており、管理組合の一部ではマンション全体に欠陥があるのではないかと不安視する声も上がっていました。

売主のデベロッパーは本格的な調査を約束したのですが、10年以上も雨漏りを修繕できない売主に管理組合は不安を募らせており、私もそこに呼ばれることになったのです。初会合はマンション理事会、修繕業者、管理会社、売主の4者で行われました。そこに私も理事会側のアドバイザーとして出席したのです。

犬神家で起こった事件

犬神家の顧問弁護士である古舘弁護士の元で働く若林弁護士は、遺言状が開封されると事件が起こると危惧して、金田一耕助に仕事を依頼します。しかし金田一耕助が犬神家がある那須に到着すると、若林弁護士は何者かに毒殺されてしまいました。

さらに犬神家の屋敷内の菊園で佐武の死体が発見されました。その後、敷地内で佐清が何者かに殴られて失神する事件が発生し、首に琴の弦が巻き付けられた佐智の死体が屋根の上で発見されました。そして屋敷の前の湖で、斧で殺害された佐清の死体が発見されます。犬神家の家宝である斧(よき)・琴(こと)・菊(きく)で犬神佐兵衛の3人の孫が殺害されたのです。そして彼らは殺される前に、野々村珠世に会っていました。警察は珠世の犯行を疑います。

雨水漏水発生の経緯

3階で起こった漏水は、当然ながらその上階のルーフバルコニーが原因ではないかと疑われました。このルーフバルコニーは広くて2住戸にまたがっていて、逆梁があるのが特徴でした。最初に漏水が発生した際に、水張り試験を行ったそうです。しかし試験中に漏水は起こらず、ルーフバルコニーからの漏水ではないという結論になったそうです。しかしその後の話し合いで、なぜかルーフバルコニーのルーフドレンに問題があるという話になり、ドレンの改修工事を行っています。

ドレン改修工事が終わってから半年以上経ってから、再び漏水が発生したようです。この時も調査を行い、前回工事を行わなかったルーフドレン2箇所の改修工事を行ったそうです。それから1年以上は漏水が起こらなかったのですが、再び漏水が発生してしまいました。この件が幸運でもあり不幸だったのは、この部屋の持ち主は仕事部屋として購入していたため住居は別にあったことです。そのため生活に支障は出なかったのですが、不在の時間も長いので漏水の発見が遅れがちでした。しかし家主が生活に支障がなかったため強く抗議しなかったこともあり、解決がズルズルと長引いていきます。

犬神家の一族の推理

殺された佐武と佐智に最後に会ったのが野々村珠世だったため、珠世が容疑者になってしまいます。佐清・佐武・佐智の3人が死亡すれば珠世は誰とでも結婚できるので、珠世が犯人という線も捨てきれません。しかしこういう場合、この殺人により誰が最も得をしているかを考えるのが定石だと思います。

佐武の殺害

佐清・佐武・佐智の誰かが珠世と結婚すれば全財産を相続できるのですから、佐武の殺害で得をするのは佐清と佐智と、その家族になります。つまり容疑者は佐清と母親の松子、佐智と母の梅子です。この中の誰かが犯人だと考えると、この後に佐清か佐智の命が狙われると考えられます。そして物語には登場していませんが、行方不明の青沼静馬ということになります。青沼静馬が犯人と仮定した場合、彼が全財産を相続するには佐清・佐武・佐智の3人にに加えて珠世の死亡が必要なので、残り3人の命が狙われると考えられます。整理すると佐武殺害の時点で容疑者は佐清と母親の松子、そして佐智と母親の梅子、そして青沼静馬の5人と考えて良いでしょう。

佐智の殺害

佐武に続いて佐智も殺害されたことで、さらに容疑者は絞られていきました。2人が殺害されたことで遺産相続に近づいたのは、佐清と母親の松子、そして青沼静馬の3人になりました。この3人が容疑者になります。連続殺人により、容疑者が絞られてきたわけです。この後、佐清も殺害されてしまいます。そして近くの宿に顔を隠した兵隊服の謎の男が宿泊していたことがわかり、その男こそ青沼静馬ではないかと警察は捜査を行います。3人が亡くなってしまうと、全財産を相続できるのは青沼静馬ですから、彼が犯人に違いないと考えるのは当然のことだと言えます。

雨水漏水の原因の推理

最初の雨水漏水

最初の雨水漏水があった後、水張り試験を行っています。水張り試験を行った時の写真を見ると、水深10cm以上の水を溜めていることがわかりました。この水張り試験の結果、漏水は起こっていません。このことから水深10cmの範囲に漏水の原因になる箇所はないことがわかります。そのため、なぜルーフドレインの改修を行ったのか理解できません。検査結果と修繕工事に関係がありません。この時点で漏水の原因と考えられるのは、パラペットや庇、外壁や逆梁の反対側などさまざまな箇所が想定されます。なぜその中から、水張り試験の結果から最も可能性が低いルーフドレンの修繕をしたのか理解できません。

2回目の雨水漏水

水張り試験を行った結果、ルーフドレンが原因ではないのは明らかなので、2回目の漏水が起こったのは当然と言えるでしょう。しかし2回目の漏水が起こった結果、再びルーフドレンの改修を行っています。私にはこの修繕は意味不明で、無駄にしか思えません。そして2回目の漏水の時は台風が直撃した時だったそうで、強い風がマンションを打ち付けていたようです。つまり普段の小雨程度では漏水は起こらないものの、強い圧力が掛かった時に漏水が発生するのです。この時点で推定できる漏水箇所は、1回目の時と同じくパラペットや庇、外壁や逆梁の反対側などさまざまな箇所が想定されます。

3回目以降の雨水漏水

3回目の漏水が発生したのは、大雨の日だったそうです。気象情報から当時の天候を調べると、風は強くないのですが雨量が多い日でした。しかしこの時、漏水原因を調べるために外壁への放水試験を行っています。台風のように横殴りの雨で漏水が起こったのなら外壁からの漏水を疑うのもわかります。しかし風が弱く大雨が降った後の漏水で、マンションの外壁から雨水の侵入を疑うのはよくわかりません。そして外壁への放水試験の結果、漏水は発生しなかったようです。これは当然と言えるでしょう。

そして外壁からの漏水が確認されなかったため、パラペットのガムシールの打ち直しを行っています。しかししばらくすると、再び漏水が発生しています。この頃には管理組合と売主の関係は悪化しており、施工したゼネコンが何度も謝罪をしています。新築時から何年にも渡って漏水が続いているのですから、当たり前のことだと言えるでしょう。

「よし、わかった!」の危険性

「犬神家の一族」では、警察の橘所長が「よし、わかった!」と手を叩いて「珠世が犯人だ」などと、たびたび犯人を断定します。男性の首を切断するような作業は女性1人では困難なはずです。しかし被害者が直前に会ったのが珠世だと知ると、それだけで犯人だと断定してしまうのです。事件全体を俯瞰して見ることなく、一部の出来事だけを切り取って犯人を決めつけています。これは雨水漏水の現場でもたびたび見られる光景で、とても危険なことです。

※「よし、わかった!」と言う橘署長

今回の雨水漏水も同様で、ルーフドレンにガタつきがあるというだけで、水張り試験の結果を無視してルーフドレンが原因だと思い込んでしまったようです。また2回目の漏水の後には、防水層に傷や浮きがなく、ドレンからも漏れていないとなると外壁に違いないと思い込んでしまったみたいです。漏水事故の全体を見ないで、一部だけを切り取って原因を決めつけてしまったのです。

漏水の原因

最終的にわかったことですが、このマンションの漏水の原因は逆梁からの浸水が原因でした。逆梁の下を通って入り込んだ水が漏水を起こしており、隣の防水層を修理しなくて漏水が止まらなかったのです。水張り試験を行ったので、上からの浸水はないと思い込んで対応していたため、解決が遅れてしまいました。逆梁の下からの浸水は珍しい事象ではなく、コンクリート打設のやり方が悪かったため起こります。この時は最初の漏水が起こった状況を当時の記録から見直していき、漏水の原因を突き止めることに成功しました。こういうケースでは、最初の漏水の状況を見直すことで原因を特定できることが多くあります。

「犬神家の一族」でも、金田一耕助は最初の若林弁護士殺害を追っていました。古舘弁護士から見当違いだと言われても、金田一耕助は最初の事件こそが事件の全貌を解く鍵だと言っています。原点に回帰するのは事件現場だけでなく、漏水の現場でも重要になるのです。今回の漏水は逆梁のコンクリート打設に問題があったため、新築時から問題があった可能性が高いという判断になりました。さらに問題解決までに時間がかかり過ぎたこともあり、今回の補修工事は売主が費用を全て負担して行うことになりました。

一体誰が悪いのか

「犬神家の一族」で悲惨な連続殺人が発生した責任は、もちろん犯人にあります。しかし金田一耕助の言葉にもあったように、犬神佐兵衛の遺言はトラブルを起こすことを狙っていたようでもあり、一連の事件は犬神佐兵衛の願いだったようにも感じます。もうハッキリ言ってしまえば、このような遺言状を残せばトラブルになるのは当たり前なのです。以前、弁護士の人に犬神家の一族のような遺言を残すことはあり得るかと尋ねたら、「あのようなトラブルが起こると分かりきっている遺言状は、普通の弁護士なら止めている」と言っていました。そのため見方によっては、犬神佐兵衛とそれを止められなかった古舘弁護士が連続殺人事件の遠因だとも言えるでしょう。

今回紹介した漏水も同様でした。逆梁を使う設計に加えて、逆梁のコンクリート打設には注意が必要です。しかし施工者が何も考えずに施工したのは現場の状態から明らかですし、設計管理者も注意していなかった様です。逆梁のコンクリート打設は2回に分けて行います。下の図の上の絵のように床と同じ高さで打継ぎを行うと、水が浸水してしまう可能性が高まります。そのため下の絵のように床より高い位置で打継がないといけないのです。

今回のマンションでは、上の絵のように床と同じ高さで打継ぎが行われていました。そのため逆梁の反対側から水が入ってしまったのです。これはコンクリート打設の基本的な知識ですが、ちょくちょく蔑ろにされがちな基本でもあります。

まとめ

今回はマンション漏水現場に呼ばれた後に、たまたま「犬神家の一族」を見ていたら両者が似ていると感じたので書いてみました。マンション漏水が起こった場合、最初の漏水が発生した状況は細かく検証することが解決の近道になるケースが多くあります。修繕したりイジった後に発生した漏水は、別の要因が加わっていることもあるので原因究明が難しくなることがあるのです。また先入観で原因を決めつけてしまうと、

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