マンション敷地の崩落と裁判 /事故は誰の責任なのか

※事故当時の様子

今年の2月に神奈川県逗子市のマンション敷地が崩落して、通学中の女子高生が死亡しました。現在、この事故に関して訴訟が起こっており、今後の行方が注目されます。この問題を通して見えてくるのは、マンション管理のあり方と管理会社任せにすることの危険性だということです。そこで今回は事故の概要と、誰に責任があるのかを見ていきたいと思います。

事故の概要

2020年2月5日午前7時58分、神奈川県逗子市池子2丁目にあるマンション「ライオンズグローベル逗子の丘」の敷地の斜面が崩落しました。崩落した土砂は推計で68トンにもおよびます。この崩落で、通学中で近所の高校に通う18歳の女子生徒が崩落に巻き込まれました。女子生徒は救出され病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。事故当時は雨も降っておらず、近所の人の証言によると斜面に危険な兆候は見られなかったそうです。

しかし報道によると、事件の前日にマンション管理人が斜面上部で、長さ4mの亀裂を見つけて管理会社に報告していたとされています。この斜面は2011年に神奈川県より「土砂災害警戒区域」に指定されており、逗子市のハザードマップにも掲載されています。つまり以前から危険性が指摘されていたエリアだったのです。そのためこの事故の責任は誰にあるのかが、大きな注目を集めています。

物件概要

物件名:ライオンズグローベル逗子の丘
竣工年:2004年7月
総戸数:38戸
構造・規模:RC造 5階建て
売主:(株)グローベルス(現在の(株)プロスペクト)
施工:大末建設(株)
管理:(株)大京アステージ

京急逗子線の神武寺駅から徒歩8分、JR横須賀線の東逗子駅から徒歩12分の住宅街に位置します。3LDKと4LDKの間取りが中心で、専有面積は75.80㎡~85.68㎡のファミリータイプのマンションです。

※丸で囲った部分が土砂崩れが起こった場所。

名前からしてライオンズマンションシリーズを展開する(株)大京の物件と思われがちですが、当時大京グループの1社だった(株)グローベルスが売主のマンションです。(株)グローベルスは1991年から大京と業務提携(当時の社名は「かろりーな(株)」)しており、2007年に大京グループを離れています。その後2014年に社名を(株)プロスペクトに変更して現在に至ります。

土砂災害警戒区域とはなにか

1999年6月29日に広島市で発生した集中豪雨により、土砂災害が325件発生、24名が死亡しました。これを機に住民の生命・身体を守るための警戒避難措置の充実や、建築物の安全性の強化、開発行為の制限等の重要性が強く認識されました。これを受けて2001年に「土砂災害防止法」が施行しました。土砂災害防止法では、「土砂災害危険箇所」「土砂災害警戒区域」「土砂災害特別警戒区域」を定めています。今回の事故は土砂災害警戒区域(イエローゾーン)で起こりました。イエローゾーン、レッドゾーンに指定は近隣住民への説明会が開催されます。そのためライオンズグローベル逗子の丘の住民も、管理会社の大京アステージもマンションの敷地が土砂災害警戒区域に指定されていることは知っていたと考えられます。

土砂災害危険箇所

住民が土砂災害のおそれのある箇所を確認し、土砂災害への備えや警戒避難に役立てていただくために公表しているもので、法的規制はありません。

土砂災害警戒区域(イエローゾーン)

土砂災害が発生した場合、住民に危害が生ずるおそれのあると認められた区域で、市町村による警戒避難体制の整備が義務付けられます。

土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)

「土砂災害警戒区域(イエローゾーン)」のうち、建築物に損壊が生じ、住民等の生命または身体に著しい危害が生ずるおそれのあると認められる区域で、一定の開発行為の制限や居室を有する建築物の構造が規制されます。

崩落の原因

国土交通省の国土技術政策総合研究所は凍結・強風による基盤岩の風化を原因に挙げていて、安全性を確保するための斜面管理がなかったために事故が起こったとしています。しかし直接的な原因は不明としています。最終報告の中でも風化を主因とした崩落としています。

遺族による刑事告訴

亡くなった女子生徒の遺族は、マンションの住民と管理会社を業務上過失致死で刑事告訴しました。遺族はマンション住民に対して、内容証明郵便で総額1億1800万円の損害賠償を求めているようです。遺族が管理会社に対して刑事告訴を決めたのは、捜査により事故の前日にマンション管理人が斜面に数メートルのひび割れがあるのを発見し、管理会社に伝えていたことがわかったからのようです。管理会社は報告を受けたものの、特に対策を講じていませんでした。

遺族はマンション住民と管理会社が安全管理を怠ったのが事故の原因としています。2011年に土砂災害警戒区域に指定されてから、この斜面には何ら対策が講じられていませんでした。裁判ではその責任が問われることになると思われますし、管理会社の責任も争点となるでしょう。

事故の責任は誰にある?

崩落した場所がマンションの敷地内なので、崩落の責任はマンションの所有者になります。つまりマンションを購入した人達です。土地や建物を所有する人は、建物や敷地の安全性を確保しなくてはなりません。マンションの壁のタイルが剥落して通行人にケガをさせた場合も、マンションの住人の責任が問われます。この事故で真っ先に責任を問われるのは、マンションを所有する住人達になります。しかしマンションの所有者だけの責任かというと、そうではないかもしれません。

①管理会社の責任

遺族は管理会社の(株)大京アステージに対しても刑事告訴しました。大京アステージは「崩落した斜面に対する専門的な点検業務は管理組合との契約に入っていない」としています。それはその通りでしょうが、マンション管理会社に善管注意義務があります。善管注意義務とは「委任を受けた人の、職業、地位、能力等において、社会通念上、一般的に要求される平均人としての注意義務」で、マンション管理会社は単に受託した仕事を行うだけでなく、管理業務のプロとして注意を尽くす必要があるのです。

マンションの敷地が土砂災害警戒区域に指定された場合、管理会社が何をすべきかという点は重要なポイントだと思います。斜面地の改良を管理組合に提案していたにも関わらず管理組合から拒否されていたのか、またはなんら提案をしなかったのかで責任の重さが変わるでしょう。さらに今回の告訴では、前日に管理人から斜面にひびが入っていると報告されたことも重要なポイントになります。管理会社として何ができたのかが、争われるでしょう。

②売主(事業主)の責任

このマンションが販売されたのは2004年で、土砂災害警戒区域に指定されたのは2011年です。そのためマンション計画時には指定されていなかったのですから、責任を問うのは難しいと思います。計画時に土砂崩れの危険があったにも関わらず、なんら対策を講じていなければ責任が生じると思いますが、それを証明するのは難しいでしょう。売主に責任を問うのは難しいと思いますし、なんら責任がない可能性もあります。

※2023年6月追記

マンション建設の計画段階で、事業主のプロスペクトは地質調査会社のジオレストにこの土地の調査を依頼していました。この報告には「崩壊地が数カ所存在している」「風化が進行してクラッキーな状態」などと記載されており、事業主は土砂崩れが起こること予見できていたのか、またこれらの報告に対してどのような設計や施工を依頼したかを遺族側は主張しているようです。この地質報告書を元に遺族は設計事務所も訴えています。

③施工会社の責任

売主と同様で、建設された時期には土砂災害警戒区域に指定されていませんでした。工事の際に土砂崩れの危険性があって放置していたのなら、何らかの責任を問われると思います。しかしそれを被害者遺族側が証明するのは難しいでしょう。施工会社に責任を問うのは難しいと思いますし、なんら責任がない可能性もあります。

④区分所有者の責任

区分所有者、つまりこのマンションを買って住んでいるか他人に貸している人達のことです。建物の所有権を持つ人達で、法律上では所有権を得るということは管理責任を持つということになります。そのため区分所有者は、事故の責任を免れることは難しいでしょう。

※2023年6月追記

2023年6月23日、警察が業務上過失致死の容疑で管理会社の大京アステージの担当者を書類送検する方針だと各メディアが報じました。事故前日に現場の斜面にひびが見つかったという報告をマンションの管理人から受けており、適切な対応を取っていなかった疑いがあるとのことです。確かにこれだけの事故が発生し、死者も出ているので徹底的に調査する必要はありますが、管理人の連絡だけで業者を動かすというのは難しいでしょう。私がこの担当者の立場だったとしても、まず自分の目で確認してから業者に連絡したいと思うでしょうし、翌日に何ができたのかと言われても難しかったように思います。特に管理委託契約の業務範囲に含まれていない土地の異常に関して、迅速に対応できたかというと考えさせられるものがあります。もちろん報道に出ていない事実もまだまだ多いと思われるので、事態の推移を見守りたいと思います。

管理会社任せはリスクがある

マンションの管理を行うのはマンションの管理組合員です。管理会社は管理組合員から委託されて管理を行っているに過ぎません。マンションに住んでいる多くの人が、このことを忘れがちです。今回の事故の裁判では、区分所有者の責任が認められる可能性が高いと思いますし、管理会社の責任も認められるかもしれません。しかし管理会社の責任が認められたとしても、このマンションの資産価値が大幅に下落するのは避けられないでしょう。今後、このマンションが販売されたとして、積極的に買いたいと思う人はそんなに多くないと思われます。今後は「管理会社が何も言ってくれなかった」ではなく、管理組合が管理会社のお尻を叩くぐらいの積極性が必要になってくるでしょう。管理会社任せにすることで、リスクが高まるということを意識しないといけません。

※2023年7月追記

7月1日に一部のメディアが、遺族側とマンション住民側で6月28日に和解が成立したと報じました。住民側が遺族側に約1億円を支払うことで、和解となったようです。遺族側は管理会社と神奈川県を相手に訴えを起こしており、この和解がどう影響するか注目されます。

マンション敷地の崩落と裁判 /事故は誰の責任なのか” に対して1件のコメントがあります。

  1. けん より:

    この事故のせいか今年度のアステージとの管理委託契約の条項に管理員の業務内容の変更を求めてきました。

    点検業務で
    敷地および擁壁部分は外観目視点検の対象に含まれないものとする。

    安全性等を保証するものではない。

    この条文を付加する変更には納得出来ない。

    きっと今期の総会でほぼ全てのアステージ管理の
    管理組合との重要事項説明書にこの1文が足されて
    いるのだろう!

けん へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です