新耐震基準なら安心という誤解 /マンションの耐震性を考える
中古マンションを検討する際に、新耐震基準か旧耐震基準なのかが話題になることがあります。大きな地震がある度に新耐震基準の建物の優位性が確認され、旧耐震基準の建物では危ないという声が聞かれることもあります。しかし本当にそうなのでしょうか。今回は新耐震基準なら安心という誤解について考えてみたいと思います。
日本の建築基準は厳しい?
日本の建築物の安全基準は、建築基準法によって定められています。建築基準法では建物の最低基準を決めていて、どの建築物もこの法律に縛られることになります。そもそも日本は地震が多いため、建築に関する規制が厳しい国です。例えば自分の土地に自分で家を建てるにも、一級建築士がいなければ建てることができません。これを料理に例えるなら、自分の食事を調理するのにも調理師の資格が必要ということになります。
一方で、景観に与える影響はさほど厳しくなく、外観のデザインや色などは自由度が高いことでも知られています。バブル景気の頃に、ポストモダンの世界的な建築家が日本で多くの仕事をしました。外観のデザインへの規制が少なくお金が余っていた当時の日本は、彼らにとて格好の表現の場だったのです。このように安全基準は厳しくデザインが緩いのが日本の建築基準です。当然ながら地震に対する基準は、世界的に見ても高い基準を保っています。
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新耐震基準とは
建築基準法で定める耐震性の基準のことです。1948年に発生した福井地震(マグニチュード7.9)の教訓を元に、建築基準法が制定されました。この時に長期荷重(地震がない平時)と短期荷重(地震などの災害時)という考え方が盛り込まれ、耐震設計が本格的に行われるようになります。これ以降、建築基準法は細かい変更を行いながら、耐震性の高い住宅を建設していくことになります。
そして1981年に、建築基準法の大改正が行われました。これまでの耐震設計を一次設計として、さらに二次設計と呼ばれる新しい設計手法が追加され、それが義務化されました。保有水平耐力や相関変形角など、地震の際の建物の歪みを計算することが必要になったのです。これは耐震設計の考えを大きく変更するもので、当時の建築業界には大きなインパクトがあったようです。
それまでは震度5程度の地震に耐えられる住宅を作る必要がありましたが、法改正により震度6強の地震にも耐えられる設計を行うことになりました。この震度5程度の地震に耐えられる1981年より前の耐震基準を「旧耐震基準」、震度6強に耐えられる1981年以降の耐震基準を「新耐震基準」と呼んでいます。新耐震基準は震度6強の地震でも、崩壊・倒壊をしないことを目的に設計されています。
1980年以前は全て旧耐震か?
このため中古マンションを選ぶ際に、1981年以降のマンションを選びましょうと言う人は多く、逆に1980年以前のマンションは危険だと言わんばかりの人もいます。しかし建物が完成した年を見るだけでは、新耐震基準の建物なのか旧耐震基準の建物なのかわからないことがあります。特に1981年前後は新耐震と旧耐震が混在しています。
改正建築基準法は1981年6月1日に施行されたため、5月31日までに 建築確認 が申請されたマンションは旧耐震基準で設計しても大丈夫でした。1981年6月1日に建築確認を申請すると新耐震基準での申請になりますが、そのマンションの竣工はいつ頃でしょうか?小規模のマンションでも建築確認から半年以上はかかるものがほとんどなので、1982年に竣工することになります。
では1981年に竣工したマンションは、旧耐震基準なのでしょうか。それがそうとも言えません。実は抜本的な法改正だったため、行政が指導して1981年の法施行の前から新耐震基準で設計していた建物も多くあるのです。そのため1980年や1981年に竣工した建物の中には新耐震基準のものがあります。また建築確認から竣工まで数年かかるような建物では、1982年に竣工した建物でも旧耐震基準のものがあります。このように新耐震基準か旧耐震基準かを1981年という基準だけで判断すると、間違えてしまうことがあるのです。
倒壊しないマンションはない
新耐震基準なら大地震でも倒壊しないと言う人もいます。確かに新耐震基準で設計され適切に施工されていれば、倒壊の可能性が低いのは間違いありません。しかし倒壊の可能性が0というわけではないのです。例えばマンションが未発見の断層の上に建っていて、地震でその断層が数メートル動いたらマンションは倒壊するでしょう。絶対に倒壊しないと言えるマンションは存在しないと言えるのです。
2016年の熊本地震では、新耐震基準の建物がいくつも倒壊しました。戸建てでもマンションでも同様で、この時は震度7の揺れが2回続けて起こったために倒壊が増えたようです。震度7の揺れには壊れながら耐えたものの、壊れた状態で再び震度7の揺れに襲われて倒壊したようです。このような事が起こるのは当然で、設計の想定を超える地震が起こることは今後もあり得るでしょう。しかし未発見の断層まで真剣に考え出したら、地上には住めなくなってしまいます。
私が違和感を覚えるのは、旧耐震だと地震に脆く新耐震だと地震にも万全といった言い方をする人が少なからずいることです。新耐震基準が地震に強いことは間違いありませんが、何事にも絶対がないように新耐震基準を絶対視するのも違うように思います。また新耐震基準が目指しているのは、震度6強の地震でも崩壊・倒壊をしないことです。
旧耐震基準は危険か
社団法人 高層住宅管理業協会が、東日本大震災の後にまとめた報告の中に、耐震基準ごとのマンションの被害状況一覧があります。対象エリアは東北6県に関東の1都6県で、旧耐震を1971年までの物件、新耐震を1982年以降、1972年から1981年を移行期として3つの時期に分類しています。
そもそも1971年以前のマンションより1982年以降に建てられたマンションの方が圧倒的に多いので、単純に数の比較はできません。しかし旧耐震でも大破や中破がなかったというのは、注目すべきだと思います。これだけでも旧耐震基準の建物だから、即危険という訳ではない事がわかると思います。地震による被害は構造設計だけでは決まりません。建物の下にある地盤も大きな要素になります。繰り返しますが、新耐震基準の方が耐震性が優れているのは明らかです。しかし旧耐震基準が即危険というわけではないのも、間違いだと思います。
地震が心配なら賃貸の方が良い
どんなマンションで倒壊のリスクがあるのですから、地震による資産の喪失を懸念するなら賃貸が最も良いということになります。新耐震基準のマンションで倒壊しなくても、住めるようにするための改修に大きな費用がかかるかもしれません。しかし賃貸ならマンションが住めなくなれば、引っ越せば良いだけです。地震で資産性が減るかもしれないと心配するのは大家だけで、賃借人にはそんな心配がありません。購入の際に地震の安全性を第一に挙げる人は、賃貸という選択も考えるのが良いと思います。
まとめ
1981年6月1日に建築基準法が改正され、これまでの耐震基準が抜本的に見直されました。それが新耐震基準です。震度6強の地震でも崩壊・倒壊をしないことを目標としており、これまでの大地震によって有効性が証明されています。しかし旧耐震基準が即危険というわけではなく、東日本大震災でも旧耐震基準の多くの物件が無事でした。また新耐震基準ならどんな地震にも安全というわけではなく、どんな建物でも地震で倒壊するリスクがあります。絶対に倒れないマンションなどは存在しません。地震による資産の喪失を心配する人は、賃貸という手もあります。借りるだけなら地震で資産を無くす心配はありません。