鉄筋が不足していたマンション /ザ・タワーズ・ウエスト
千葉県市川市で建設されていた45階立てのタワーマンションで、鉄筋が不足していることが発覚し、工事が中断する騒動がありました。2007年の事件で、新聞やテレビでも大きく取り上げられました。大手不動産会社が事業主になり、スーパー ゼネコン が施工するマンション工事で鉄筋が不足した原因は、驚くほど単純なミスでした。今回は欠陥マンションがどうして生まれるかを考えるために、「ザ・タワーズ・ウエスト プレミアレジデンス」で起こった騒動を振り返ってみたいと思います。
建設の背景
このマンションは、千葉県市川市が行った再開発事業の一環として建設されました。1980年から市川駅南口の調査が始まっているので、実に20年を超える計画だったことになります。市川市は人口増加による住環境や都市景観の悪化に加え、公共施設の不足も問題になっていました。しかしバブル景気の崩壊などさまざまな社会変化があり、大幅に計画が見直されて実行に移されています。
再開発はA地区とB地区に区分けされ、A地区には分譲住宅を中心に、公共施設として図書館、キッズステーション、商業施設も盛り込まれました。B地区には賃貸住宅を中心に、公共施設として行政サービスセンター、高齢者関連施設、地域包括支援センターなどが含まれています。まさに市川市を変える大きな事業であり、市川市のシンボルとなる再開発事業でした。問題になるザ・タワーズ・ウエストは、A地区に建設される分譲マンションです。
物件概要
・地上45階 地下2階 鉄筋コンクリート造
・事業主:三井不動産レジデンシャル・野村不動産・清水建設
・設計:日建設計
・施工:清水建設・戸田建設・五洋建設・上條建設、京葉都市開発JV
・着工:2005年08月04日
・竣工:2009年01月
鉄筋不足が発覚した経緯
このマンションでは 住宅性能表示制度 を採用していました。2007年10月11日に、日本建築センターがこの制度のための中間検査を行った際に、柱の鉄筋不足が発覚しました。不足している部位は25階から30階の柱の 主筋 で、柱ごとに各2本ずつ合計128本が不足していました。柱の主筋が不足しているということは、耐震性だけでなく 長期荷重にも耐えられない可能性があるので、重大な施工ミスになります。
ここで問題なのは、日本建築センターの検査を受けるまでに誰も配筋のミスに気がつかず、数フロアも工事が進んでしまったことです。鉄筋工が配筋を終えると現場監督が配筋を確認します。配筋写真を撮影するため、鉄筋の本数を数えて黒板に図示して撮影が行われます。大抵の場合、配筋の間違いはここで発見されます。その後、設計監理者の検査も行われるので、配筋の間違いがあればここでも発見されます。設計監理者の検査は毎フロアごとではありませんが、今回は5フロアに渡って間違えているため、設計監理者も見過ごしていたと思われます。
その後の対応
清水建設は工事をストップして調査を開始します。某巨大掲示板には「鉄筋屋がやらかした」「工事が止まった」と書き込みがあり、2007年10月半ばにはザ・タワーズ・ウエストで何かトラブルが起こったらしいと噂になっていました。2007年11月5日、野村不動産と清水建設が、市川市に鉄筋が不足していることを報告します。これがメディアで大々的に報じられ、超一流の設計事務所とゼネコンが起こした施工ミスとして話題になりました。既にマンションは完売していたため、契約者に対して何度も説明会が実施されることになります。
市川市の市長はマンション3階に市の図書館が入ることを挙げ、図書館オープンがあるため工期の延長は難しいとコメントしています。清水建設は2007年12月20日に是正計画書を国土交通省に提出し、12月28日に認可されました。年明けから是正工事が始まり、これで当初の予定通りの2009年1月に竣工が可能になりました。事業主3社は契約者への説明会で、竣工が予定通りのため手付金を放棄しなければ解約には応じられないことを伝えています。しかしその後、当初の見解を変えて解約に応じることにしました。また契約者で結成される契約者の会は不安を表明し、25階から30階までの解体と建て直しを要望しましたが、事業主3社に拒否されています。
鉄筋が不足した原因
普通に工事を行っていれば、このような鉄筋の不足が起こることは考えにくく、さらに鉄筋屋、現場監督、監理事務所が見落とすというのは珍しい事態です。それでも起こってしまったのですから、誰も現場を管理・監理していなかったと言われても仕方のない事態です。ましてや日本を代表するスーパーゼネコンの清水建設の施工と、同じく日本を代表する設計事務所の日建設計の監理の元で起こったのですから、なぜこのようなことになったのかと驚かされます。どこの社員かは明かせませんが、関係する会社の人にこのことを質問すると「柱筋のX方向とY方向を間違えたと聞いている」と言っていました。つまり柱の向きの縦と横を間違えたというのです。
図のように横長の建物では、地震で建物が揺れる際に横方向より縦方向の方が大きく揺れて変形します。横方向には柱が3本ずつあるので変形しにくいですが、縦方向は柱が2本ずつになるので変形に弱くなるからです。そこで柱の主筋は縦方向に多く入れるのが一般的です。図では横方向の主筋は2本ですが、縦方向は1本多くなっています。構造計算によって鉄筋の数は変わるので一概には言えませんが、概ね柱の主筋はこのような傾向にあります。
ところがザ・タワー・ウエストでは、縦方向と横方向の鉄筋を間違えて配筋してしまったそうなので、もしかしたら従来とは違って横方向の方が主筋の数が多くなる柱があったのかもしれません。このような例外は図面の時点でチェックしておいて、施工時に注意しなくてはならないのですが、それがチェック漏れしてしまったのかもしれません。縦と横の方向を間違えたのなら、本当に初歩的なミスだと思います。
誰の責任なのか
当時は鉄筋工のミスを指摘する超えも多くありましたが、建設工事は細心の注意を払っていても間違いが起こるという前提で計画されています。そのため鉄筋工が配筋した後に現場監督がチェックして配筋写真を撮ることになっていますし、その後に監理者が検査することになっているのです。ところがザ・タワーズ・ウエストでは、現場監督が見落として設計監理者も見落としました。工事管理・設計監理の両方で責任を問われるべき内容ですので、清水建設と日建設計の両方に責任があると思います。
消えた鉄筋にまつわる噂
ネット上では鉄筋が不足した原因として、現場所長が鉄筋を売却して利益を懐に入れたのではないかという噂が出ていました。不足した鉄筋の太さは51mmでD51と呼ばれる太い鉄筋になります。1本の長さは4mで重さは70kgを超え、それが128本では10トン近い量になります。これだけの鉄筋を入れ忘れたとなると現場に大量の鉄筋が余るか、伝票に大幅なズレが生じることになるはずで、誰も気がつかないはずがないと思われました。そのため組織的な盗難の噂がネットを中心に語られていました。
しかし建設現場の内情を知る人なら、この噂は根も葉もないものだとわかるはずです。鉄筋の数量を誤魔化して所長が差額を懐に入れるというのは、昭和のある時期までは実際にありました。しかしバブル景気が弾けてからは多くのゼネコンでは所長の裁量は制限されており、内部監査も厳しくなっています。このような窃盗ができるほど、今は甘くありません。
この事件では、施工図の段階か鉄筋の加工図の時点で間違いがあり、間違った数量で発注していたのでしょう。最初から少ない量が現場に納められていて、そのため現場に鉄筋が余ることもなかったのだと思います。この現場では性能評価制度を使い第三者の検査もあるのですから、そんな中で意図的に図面より少ない鉄筋で施工して差額を誤魔化そうとするような浅知恵の人が、清水建設にいるとは思えません。
契約者軽視と言われた
当初から事業者3社は竣工を遅らせることなく、予定通りに完成させることを言っていました。そのため契約者の解約に対しては顧客側の都合による解約(手付け金の没収)しか受け付けない姿勢で説明会を開きました。これに対して契約者からは、きちんと時間をかけて調査して欲しいという声や、解約に対しても不満が挙がりました。あまりに事業者の都合ばかりが目立ち、不安を感じる契約者の気持ちを考えていないという批判が巻き起こります。
まずこの工事は再開発工事のため、行政の都合が大きく反映していました。市川市の市長が早々に工期の延期を否定する発言をしていますし、清水建設が12月20日に是正計画書を出して、仕事納めの28日に許可が下りるというのも異例です。普通の工事なら12月20日に提出したら、年明けになるのは間違いありません。役所がこれほどスピーディに対応するのは、行政側の事情で工期の延長が難しかったからでしょう。
工期を延長しないとなると契約は履行可能になるので、法に則ると契約者が購入を止める場合は手付金を放棄しなくてはなりません。事業主3社は法に従って発言しており、特に問題とは言えないのです。しかし主筋が入っていなかったから補修工事で済ませるというのは、建築知識のない一般購入者からすると不安になる説明です。不安を払拭するような説明ができていない中、法律論をぶつけてきたので自分たちが軽視されていると契約者の多くが感じたのだと思います。
大手なら安心というわけではないが
トラブルの原因は驚くほど初歩的なミスで、日建設計や清水建設らしからぬ失態だったと思います。以前から大手だからといって安心とは言えないと言われていましたが、この事件はそれを証明したように思います。一方で、このような恥ずかしいミスを認めて是正を申請したのは、大手だからこそできたという面もあります。清水建設の施工力があったからこそ、まだやり直しが効くし工期内に工事を終わらせることができると確信したからこそ、このような結果になったと思います。
これが小さなゼネコンなら、是正方法を巡ってなかなか施工方法が決まらず、工事が止まる期間が長引いたでしょう。また資金力の問題も出てきたでしょうから、適切な是正方法があっても実行できないこともあります。4階立てぐらいの建物で、1階から4階まで柱の主筋が足りないと発覚したら、そのまま破綻するゼネコンもあるはずです。その意味で大手だから安心できる面があるのも事実です。
まとめ
この件では、住宅性能表示制度の有効性が証明されました。性能評価の検査を行った日本建築センターが鉄筋の不足を発見しなければ、このまま竣工していた可能性もあります。なんら役に立たないという声もありましたが、住宅性能評価書がついている物件は、ない物件よりも一定の安心があると言えるのではないでしょうか。
マンション建設は複雑な工程に多くの業種が関わるので、完璧に工事を行うのはほぼ不可能と言えるでしょう。ミスが起こらないように工事を進めるのも大事ですが、誰かが失敗する前提で工事管理や設計監理が行われ、ミスが見つかると速やかに是正することが求められます。それができなかったマンションが欠陥マンションとして世間を騒がせることになります。なぜ欠陥マンションがなくならないか、それはまた別の機会に考えたいと思います。