事例 エントランスが水浸しになるマンション

これは私が デベロッパー のアフターサービスセンターにいた時の話で、まだまだ私の経験が不足していた頃の出来事です。若手の社員がアフターサービスを担当する物件で、エントランスが水浸しになるというクレームが来ました。何度か担当者が現場に行ったところ、自分だけでは不安だと感じて私に応援の依頼をよこしました。

現場の状況

竣工引渡しから半年ほどしか経っていない新築のマンションです。エントランスの横に池があり、エントランスを抜けると広い中庭があります。床にタイルが敷き詰められた中庭で、水捌けを良くするために側溝が設置されていました。

強い雨が降るとエントランスが水浸しになるということで、エントランスの一部は木の床になっていましたが、腐食の恐れがありました。この浸水は竣工直後から繰り返していて、その度に管理会社の担当者が駆けつけて水を処理していたそうです。あまりにも浸水が多いので、何らかの欠陥があるのではないかと管理組合は疑っていました。

管理会社・施工会社の意見

管理会社の担当者は、池からエントランスに水が侵入していると主張しました。そこで工事の時の担当者に質問すると、エントランスに池が接する配置を懸念して、企画担当者に何度も変更を依頼していたそうです。そして変更できないとなると、施工方法を何度も検証して検査を繰り返しました。しかしエントランスのサッシの枠と池の水面が数センチしか離れていないため、強い風が吹く時などに水が侵入した可能性は否定できないと言います。そこでまず、竣工図と工事写真の確認を行いました。

過剰な防水仕様と水道使用量

竣工図によると、池とエントランスは厚さ15cmのコンクリートの壁で隔てられているだけで、いかにも水が侵入しそうな造りになっています。しかし施工した ゼネコン の所長に工事写真を持ってきてもらうと、その写真には過剰なほどの防水工事を行った様子が写っていました。工事の担当者も現場所長も絶対に漏水が起こると考えていたようで、二重三重に防水対策を施していました。そして施工方法も問題がないようでした。

現場所長も、あらゆる手を尽くしたが池とエントランスを併設する以上は漏水の可能性を否定できないと言います。そんな話をしていると、管理会社の担当者が共用部の水道使用量のデータを持ってきました。池の水が減ると自動で水が足される仕組みになっているので、水道使用量が増えるはずです。しかし竣工から常に一定の使用量でした。それでも使用している水の量が多く、管理会社の担当者は池の水が漏れている証拠だと言います。私はその話を信じました。

池の調査と再度の浸水

ゼネコンや管理会社に協力してもらい、池の中を調査しました。しかし ウレタン防水 を施した池の中の防水には問題が見当たらず、池から漏れている確証が得られませんでした。そこで水面から少し上にあるサッシの下端からの侵入を疑いましたが、何も見つかりませんでした。これ以上調べるには、サッシを外すしかありません。

そんなことで悩んでいると、再び雨が降ってエントランスが水浸しになりました。「一体いつまでこんなことが続くんだ」と怒る住民の皆さんに私は謝りながら、奇妙なことに気がつきました。中庭に続く出入り口付近が最も濡れているのです。池とは反対方向で、池の水が溢れているならここが濡れるのは変です。そこでアフターサービス担当者の若手と二手に分かれて、各住戸を訪ねて水が溢れる時の状況を目撃していないかヒアリングして回りました。

すると数名の人から、雨の日には中庭に滝のように水が溢れて、その水がエントランスに侵入しているということがわかりました。池の水が漏れているのではなく、雨水が溢れてエントランスを浸水させていたのです。池の調査は見込み違いでした。

排水枡と排水管の調査

中庭に滝のように雨水が流れていたということは、雨水処理が上手くいっていないということです。私は再び竣工図の中から設備図を取り出して雨水の排水経路を確認しました。排水枡のサイズや管径は通常のもののように思えましたが、念のために設計事務所に雨水排水量の計算書を送ってもらうように依頼しました。

次は雨水排水管の調査です。地下ピットに潜り、排水管を叩いて詰まりがないか確認すると同時に、管理会社がファイバースコープを持って来たので、排水管の中に入れて確認しました。しかし詰まりは見つかりませんでした。設計事務所から計算書が送られてきましたが、1時間当たり60mmの雨でも流れるようにという要求に対し、降水量が100mm以上でも排水可能になっていました。

ここで私は万策尽きた感じになってしまいました。目撃証言から雨水が溢れているのは間違いありません。しかし溢れる理由がないのです。念のためにマンションから繋がる道路の排水枡に詰まりがないか確認してみましたが、行政にはそういう声は上がっておらず、マンションの住人も道路に水が溢れているのを見た人はいませんでした。

竣工図で気がつく

アフターサービスの若手担当者は、マンションの理事会に説明しなくてはならないのに、このままでは「わかりません」としか言いようがなく焦っていました。そこでもう一度、竣工図を見直すことにしました。そして何度も見ていると、奇妙なことに気がつきました。地下ピットに潜った時の様子と、図面に書かれている地下ピットの形状が少し違うのです。まさかと思って現場に行き、再び地下ピットに潜りました。そして決定的なミスに気がつきました。思わず地下ピットで「バッカじゃないの−!」と大声で叫んでしまい、若手担当者が驚いてやって来ました。

ありえない工事が行われていたことへの怒りと、調査を始めて1ヶ月以上も気がつかなかった自分に腹が立ったのです。それは本当に基本的な工事のルールが、無視されたことから起こっていました。あまりに基本的すぎて、盲点になっていたのです。

ついに原因が特定

屋上に溜まった雨水は、雨樋を通して地中にある雨水排水枡に下されます。その雨樋は、各階の廊下の排水口とつながっているのですが、1階の排水口と繋げてはいけないのです。これはマンション工事の常識ですし、デベロッパーの設計要領にも書いてある基本的なことです。ところがこのマンションでは1Fの排水口が繋がっていました。下図の左のような状態です。

※左が1階と直結した雨樋。逆流して1階に雨水が溢れます。

なぜ1階と繋げてはいけないのか?屋上から勢いよく落ちて来た雨水が升の中で跳ね返り、1階の排水口から溢れるからです。屋上から降りてくる雨樋が、全て1階の排水口につながっているため、雨の度に排水口から水が溢れるのです。試しにバケツに水を入れて屋上から流すと、勢いよく1階で水が溢れてきました。まさかこんな初歩的なことを間違えているマンションがあるとは思いませんでした。

犯人は身内だった

ゼネコンの所長に、なぜこんな稚拙な工事をしたのか問い詰めると「御社の企画の方が、どうしてもやれと言うので・・・」と白状して再び愕然としました。所長も設計事務所も反対したそうですが、廊下と中庭のデザインが悪くなるという理由で、企画担当者が押し切ったようです。「お施主様にどうしてもと言われたら、私たちでは反対しきれません」とゼネコンも設計事務所も言います。素人のデタラメな指示に従うのはプロの仕事ではないと思うのですが、建設業界ではこういうことが起こりがちなのです。

この件はデベロッパー、設計事務所、ゼネコンが費用を1/3ずつ出し合い、排水経路を大幅に変更する工事を行なって解決しました。企画担当者が設計の原理原則を無視したため、高額の出費と大勢の人に迷惑をかけることになったのです。本当に馬鹿げた話ですが、このようなことが起こるのは決して珍しいことではないのです。

私の反省

・管理会社や部下の意見を鵜呑みにしていた。
・池が原因という意見を鵜呑みにした結果、他の原因を探らなかった。
・「まさか、そんなバカなことはしないだろう」と、工事の大原則を見直していなかった。

この案件は、私の中で大きな経験でした。「常識的に言って・・・」などと口にすることはあっても、本当に常識通りに工事が行われているかを確認するまでは疑うべきだと思うようになりました。そしてデベロッパーを退職して、さまざまなマンションに伺うようになると、このように最低限のことを守っていない物件は数多くあることが判りました。そして専門家を自称する人の中にも、この程度の知識を持たない人が多くいることも知りました。欠陥マンション問題が減らない理由の1つが、工事を当たり前に行っていないからだとつくづく思います。

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