建て直しになった高級マンション /ザ・パークハウス グラン 南青山高樹町

東京都港区の青山に、平均販売価格が1億4000万円という高級マンションが販売されました。2013年3月から販売が始まったザ・パークハウス グラン 南青山高樹町(以下、南青山高樹町)の販売は好調で、青山の新たなシンボルになるはずでした。「ザ・パークハウス グラン」シリーズは、三菱所レジデンスのフラッグシップで、webサイトにも「都心立地を選び抜き、最高水準のグレードを目指した」と記載されています。今回は欠陥マンションとして世間を賑せ建て直しになった高級マンション、ザ・パークハウス グラン 南青山高樹町について書いてみたいと思います。

物件概要

所在地:東京都港区南青山
構造・規模:地上7階地下1階 RC造
総戸数:86戸
事業主:三菱地所レジデンス
設計:三菱地所設計
施工:鹿島建設
平均販売価格:約1億4000万円

ネットの告発で始まった騒動

2013年12月7日、南青山高樹町について、某掲示板に以下の書き込みが行われました。

よくこんなもん買うよね(笑)
現場の実態を知らないやつら多すぎ。
コア屋が常駐してるクソ現場。
部屋内もコア抜いてるで。
まあクズ中のクズ。
設備は関電工なんだが、やらかしすぎ。
地所は知らねえけど、鹿島もグル。
鹿島はやめな。

この書き込みには大勢の人が、証拠もなく誹謗中傷をする態度を批判しました。しかしこの書き込みを行った人物は反論を繰り返し、その中には現場にいなくては知り得ない情報も含まれていました。さらに証拠写真もあると強気の姿勢で、南青山高樹町に欠陥があると書き込み続けていきます。このスレッドは軽い炎上を起こし、この件は注目されることになります。

この書き込みから2日後の12月9日に、契約者から三菱所レジデンスに真偽の確認をする問い合わせが入ります。三菱地所レジデンスの問い合わせに、鹿島建設は翌日の12月10日にスリーブに不具合があることを報告しました。これによりネットの書き込みは虚言ではなく事実であることが確認されました。ここから事態は大きく動き出します。

スリーブとは何か

スリーブとは換気ダクトや給排水管がコンクリートの壁や梁を貫通する場合に、予めコンクリート内に入れておく穴のことです。マンションでは地下ピットに入れば見ることができますし、各部屋でも天井を剥がせば見ることができます。壁に空いているエアコン用の穴や換気口もスリーブでコンクリートに穴が開けられています。

※スリーブを貫通する配管

このスリーブは構造体の梁の耐力を弱くしてしまう可能性があるので、位置やサイズが厳しく決められています。そのためスリーブを開ける時には、サイズと位置を明記した図面を設計監理事務所に提出して承認をもらわなくてはいけません。またスリーブを開けた際には、開口補強を行わなくてはなりません。開口補強は穴を開けたため弱くなった部分を補うための措置で、これも厳しくルールが決められています。

もしスリーブを好き勝手に入れてしまうと、地震の際の耐力が不足するだけでなく、 長期荷重 にも耐えられない建物になる可能性があります。地震がなくても建物の自重だけで壊れてしまう脆弱な建物になりかねません。そのためスリーブは十分に検討され、工事の際には入念なチェックが必要になるのです。南青山高樹町では、このスリーブを間違えてしまったようです。

隠蔽を疑われた補修工事

ネットで告発が行われる4ヶ月前の2013年8月に、設備工事を担当している関電工からスリーブ位置が間違っているという報告が鹿島建設にありました。これに対して鹿島建設の現場所長は、コア抜きを指示しました。コア抜きとはコンクリートに穴を開ける工事です。マンションの建設現場ではスリーブを間違うことが時々あり、その際にはコア抜きで正しい位置に穴を開けるのが一般的な対応方法です。そのため鹿島建設は、この時もコア抜きを指示しました。

※コア抜きで開けた穴

鹿島建設の広報によると、この時に鹿島建設の所長は鉄筋探査を行ったうえで、コア抜きをするように指示したそうです。コア抜きをすることで、梁の鉄筋を切断してしまうと梁の耐力が大きく下がることになります。そこで鉄筋探査(多くの場合は超音波探査機かレントゲンを使用する)を行って、鉄筋の位置を確認してから行うのが一般的です。しかし関電工の下請業者は、この鉄筋探査を怠ったようです。そのため、後にあちこちで鉄筋の切断が見つかることになります。最終的な調査で、751カ所のスリーブに位置やサイズが違うなどの不具合があり、204箇所で鉄筋が切断されたことが判明しています

関電工からこれらの報告を受けた鹿島建設は、設計監理を行っている三菱所設計にも事業主の三菱地所レジデンスにも報告をしなかったため、鹿島建設が隠蔽していると言われることになります。このことが後々まで影響し、契約者に不信感を抱かせることになりました。

契約者への対応

12月10日に鹿島建設から不具合があると報告を受けた三菱地所設計は、すぐに調査に乗り出します。そして鹿島建設から報告を受けた以外の場所にも不具合があることがわかりました。12月13日からX線を使った調査が始まり、16日に複数のスリーブで鉄筋が切断されていることがわかっています。これを受けて6000カ所以上あるスリーブを全て再チェックすることが17日に決まりました。この時点で鹿島建設は、三菱地所レジデンスに引渡が遅延することを報告しました。しかしいつなら引き渡せるのか、この時点では鹿島建設も明言できませんでした。

※X線で撮影された鉄筋

約1ヶ月後の2014年1月20日、鹿島建設は三菱地所レジデンスに報告を行い、工期の延長は最低でも1年が必要で、現時点では引渡が可能になる日を特定できないとしました。この報告を受けて、三菱地所レジデンスは1月25日、26日に契約者説明会を開きました。この席で三菱地所レジデンスは、契約の合意解除を申し出ています。約束の日に引渡ができず、さらにいつ完成するかもわからない状態なので、契約の解除しか道がなかったのです。

2月15日、16日に再び契約者説明会を開いた三菱地所レジデンスは、是正工事を行うか建て直しかは検討中と答えています。1ヶ月以内にどちらにするか決定し、希望者には再契約することを約束しました。さらに3月15日、16日に説明会を開き、建物の解体と建て直しが決定したことを伝えました。最終的に解約は手付金の返却に加え、契約の2割を迷惑料として支払い、賃貸契約を解消している人には2年間の家賃保証をしたそうです。その結果、3000万円ものお金を手にした契約者もいたようです。ここまでの流れを一覧にしてみました。

原因は何だったのか

スリーブの位置は設備配管の施工図を作成することで決まります。それを建築の施工図に記載し、設計監理事務所(三菱地所設計)の承認を得て最終決定となります。鹿島建設の広報や三菱地所設計の説明によると、建築の施工図にスリーブ位置を記載する際にミスがあったようです。さらにチェックした三菱地所設計がそのミスを見落としたため、このような事態になったようです。鹿島建設と三菱地所設計の両社が揃ってミスをしたのですが、そもそも最初にスリーブの位置を書いた関電工が間違っていたという話もありました。関係者全員が間違っていたというわけです。

誰だって間違える可能性はありますが、鹿島建設、三菱地所設計、関電工という日本を代表する企業が、揃いも揃ってミスをしたということで注目を集めることになりました。当初、このミスは CAD で設計した際にスリーブを記入したレイヤーを重ね合わせるのを忘れたため、必要な場所にスリーブが入らなかったと言われていました。そういうミスもあったのでしょうが、位置がずれていたり径が違ったスリーブもあったので、単にCADのミスだけではないと思われます。そもそもこれほど実績のある大企業3社がミスを重ねたのですから、凡ミスだけではなくミスを誘発する要因があったと考える方が妥当だと思います。

本当に隠蔽はあったのか

2013年8月に関電工からスリーブに間違いがあると報告を受けた鹿島建設が、三菱地所設計にも三菱地所レジデンスにも報告しなかったため、鹿島建設による隠蔽があったと報じられました。ここで私が気になるのは、何ヶ所のスリーブに不具合があると報告を受けたのかということです。100ヶ所、200ヶ所で不具合があったと報告を受けたなら、設計監理者に報告するべき不具合です。しかし関電工もあちこちチェックをして報告をしたわけではないと思うのです。

例えば機械室の工事が始まり、 墨出し を行ってスリーブが間違っていることに気がつきます。そうなると予定通りの日に工事が終わらなくなるので、現場監督に相談します。2013年8月に最初に関電工から鹿島建設にあった報告というのは、このような工程上の打合せで出てきた話のように思えてなりません。そこで鹿島建設からコア抜きの指示があるわけですが、数カ所のスリーブの間違いで設計監理者に報告することはほとんどありません。日常的に起こる施工ミスと是正工事の指示で、設計監理者の判断を仰ぐ内容ではないからです。

しかし工事が進むとあちこちでスリーブの間違いが発覚し、コア抜きもどんどん増えていったのでしょう。あまりに数が多いと設計監理者に報告する必要が出てきますが、いくつ以上の不具合があれば報告しなくてはならないという決まりもありません。そんな中で、報告するタイミングを逸してしまったのではないかと思います。しかしこの件は、ネットの告発という最悪の形で設計監理者の三菱地所設計だけでなく、施主の三菱地所レジデンスに知られてしまいました。こうなると「なぜ報告しなかったんだ」ということになってしまいます。

私は鹿島建設と何度も仕事をしていますが、このようなことで隠蔽を行うようなイメージがありません。私が施主の立場で鹿島建設と仕事をした際には、ビックリするようなカミングアウトを淡々とされたこともあります。そこには鹿島建設が持つ技術力やメーカーや業者への影響力の大きさが背景にあり、ミスを回復する能力があるからです。さっさとミスを認めて是正工事を提案してくる姿に、さすがスーパー ゼネコン だと何度も思わされました。逆に技術力が乏しく、メーカーなどに融通を利かせられない中堅ゼネコンは対処のしようがないので、隠蔽しようとする傾向がありました。

しかし契約者から説明を求められた現場所長は、病気療養を理由に契約者説明会に出席しませんでした。このことが鹿島建設の隠蔽に説得力を持たせたのですが、後述しますが現場所長の欠席には別の理由があったような気がしてなりません。

工事現場だけの問題なのか

当時、この件を調べるために私は可能な限りいろいろな方に話を聞いてみました。さすがに三菱地所、鹿島建設や関電工の方は詳細を教えてくれませんでしたが、業者やメーカー経由でさまざまな話が出てきました。もちろん真偽はわからないのですが、どうやら早い段階から現場は混乱していたようです。そして複数の人から、三菱地所レジデンスの決定が遅いため現場が混乱していたという話が出てきました。分譲マンションの工事では、このようなことは起こりがちなのです。

分譲マンションでは、ギリギリまでプラン(間取り)の変更が行われることがあります。工事が着工してもプランを変更することがあったり、未決定の事項が多々あることもあります。 躯体 のコンクリートを打設した後でもプランを変更する場合もあるのですが、これをやってしまうと換気ダクトの配管ルートが変わり、スリーブの位置を変更しなくてはならなくなることがあります。つまりコア抜きが発生してしまうのです。なぜギリギリまでプランの変更が発生するかというと、 これにはいくつかの理由があります。

① 土地購入から着工までの期間が短い
② ①の理由により、プラン決めも設計も十分に検討する時間がない
③ デベロッパー は売れるマンションを作るため、ギリギリまでプランを検討する

などの理由があります。デベロッパーが最も重視するのは早く売れることで、ゼネコンとは考え方が全く違います。以前、そのことを書いたのでそちらも参照してください。

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本来は、このように遅れてプランの変更はできないのですが、建設業界には「お施主様」思想が強く、施主が言ったことには無理難題でも逆らえないという考え方が今でも根強く残っています。特に施主が大手の場合、次の仕事も欲しいゼネコンは施主に強く言われると従ってしまうのです。この南青山高樹町でも、施主である三菱地所レジデンスのプラン決定が遅れても鹿島建設は黙って従うことになったと言う声を複数の人から聞きました。真偽は不明ですが、いかにもありそうなことだと思います。

そう考えると、契約者説明会に現場所長が出席しなかった理由が違って見えてきます。欠席したのは現場所長を契約者の集中砲火から守るためのように言われていましたが、全責任を背負った所長が施主を批判する発言をする可能性があったためとも考えられます。もちろんこれも真偽はわかりませんが、私は施主の対応の悪さから悲惨な目にあった現場所長を何人も見ているので、さもありなんという気がしてしまいます。

契約解除で途方にくれた人達

南青山高樹町を契約していた人達は、金銭的には十分な保証を得ることができました。しかしこの保証によって、困った人もいたようです。それは相続税対策で購入した人達です。これほど好立地のマンションになると資産性が高く、販売価格も平均1億4000万円にものぼるので、相続税対策として現金を減らしたい人には好都合だったようです。ところがマンションが手に入らないだけでなく、お詫び金までもらうことになってしまい、結果的に現金が増えることになってしまいました。相続税対策としては、最悪の展開になってしまったようです。

まとめ

南青山高樹町では、スリーブをめぐる施工不良で、費用は鹿島建設が負担して建て替えになりました。鹿島建設はコア抜きを指示しておきながら、鉄筋探査を行っているか確認しないままコア抜きをさせたことが最大の失態だと思います。しかしそれ以外の部分の責任については、噂に基づく想像の域を出ませんが、施主の三菱地所レジデンスにも責任の一端があったのではないかという気がしています。この事件は大手だからと言って安心できないという、これまで言われてきたことに信憑性を与えることになりました。しかし施主が三菱地所レジデンスのような大手でなければ、これほど手厚い保証をすることはできなかったでしょうし、速やかに建て直しの判断ができたのも鹿島建設という大手が施工していたからというのもあります。中小のゼネコンでは、これほどの費用負担は不可能だったと思われます。

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欠陥マンションがなくならない背景には、ゼネコンの問題ではなく企画の段階から駆け足で設計を行い、販売と施工をしなくてはならない現状があると思います。タイトなスケジュールで進む中で、間違いに気がついてもやり直す時間も余裕もないことが多いだけでなく、間違いに気がつく暇もないというケースも多くあります。これは業界全体の問題として考える必要があると思います。

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