大規模修繕工事の監理を監査する /不適切な工事管理をチェック

珍しい依頼で、大規模修繕工事を実施中のマンションから相談です。設計事務所が監理し、すでに工事が始まっている大規模修繕のチェックをして欲しいと言うのです。工事をチェックするのが監理者の役目ですが、理事会が設計事務所に不信感を持っているようで、設計事務所のチェックを行うことになりました。今回は大規模修繕工事の監理を監査するというお仕事の話です。

どういう立場でチェックするのか

こんな依頼を請けたことがないので戸惑いました。そもそもどういう立場でチェックするべきかも悩みました。そのマンションには修繕委員会が設置されていて、大規模修繕は修繕委員会が見ています。そこで私は修繕委員長に委任状を書いてもらい、修繕委員長として工事と監理のチェックを行うことにしました。

なぜ監理者のチェックが必要なのか

大規模修繕の話が持ち上がり、修繕委員会が結成されました。管理会社が設計事務所を紹介し、相見積もりをとって業者を選定することになりました。設計事務所が5社に見積もりを依頼して、その中から決めることになりました。その際に理事の1人が、知り合いの建設会社にも声を掛けたいと申し出ています。しかし設計事務所は、見積もりを依頼した5社は過去の実績から言って申し分なく、他の業者は認められないと断りました。

施工業者が決まり、工事が始まりました。そこで早速トラブルが起こります。工事業者が駐車場に材料を仮置きし、住民が自動車を停められないとクレームが入ったのです。現場監督は朝と夕方に来るようになっていましたが、その時は不在でした。そのため修繕委員の1人が会社に遅刻する連絡をして、自ら工事業者に材料を移動するように指示をし、住民に謝罪をしています。その後も毎日来るはずの現場監督は来たり来なかったりで、契約と違うという不信感が募りました。

修繕委員会には設計事務所が1ヶ月に1回報告することになっています。報告書が出てくるのですが、修繕委員の人達には全くわかりません。そこで先ほどの理事が、報告書を友人に施工会社の知り合いに見せました。その友人は営業職なので工事管理の部署の同僚に報告書を見せたところ、施工方法がおかしいと言い出しました。そこで理事は、教えてもらった施工の疑問点を定例報告の場で設計事務所に質問をしました。しかし設計事務所の回答は、曖昧でした。

「その方は新築工事の施工しか経験がないのでしょう。大規模修繕では、そのようなやり方はしません」

しかし設計事務所が修繕設計を出した際に「これをやれば新築と同様になります」と言っていたので、修繕委員も理事も疑問を持ちました。こういうことがその後も繰り返し起こるようになます。修繕委員も理事達も本当に大丈夫なのかと疑問が膨らんで、ネットで工事方法を調べたり、ネット掲示板に質問を書き込んだりして、地道に調べていきました。その結果、設計事務所の言うことが、信用できないという空気になったそうです。

設計事務所との対面

当然と言えば当然ですが、設計事務所の担当者は私を見るなり不快な顔をしました。そして「あんたとは話さない。出て行ってくれ」と言います。「いえいえ、私は委任状を持った代理人ですよ」と言うと「そんなことは認められない」と言います。修繕委員長の代理人を決めるのに、修繕委員長以外の人が認めるも認めないもないのですが押し問答が続き、ようやく話し合いの席に着けました。この時点で、この設計事務所は基本的な法律を理解していないのでは?という疑問が浮かびました。

話し合いの中でも「この資料はマンション関係者以外には見せられない」と言い出し、「私は代理人だから関係者ですよ」と言い返すなど、全てが要領を得ないやり取りが続きました。設計事務所は、私が秘密保持契約(NDA)を結ばないと、工事の書類を見せられないと言い出したり、何かと抵抗を続けていました。最終的には修繕委員長が「私の代理人に見せられない資料というのは、私にも見せられないということですか?」と迫り、普通に打ち合わせをするまでにかなりの時間を要してしまいました。

次々に出てくる不明瞭な点

①契約書に関して

最初に設計事務所と結んだ監理委託契約書、そして業者と結んだ工事請負契約書を読んで違和感があちこちにありました。例えば以下のような記載です。

「設計図書(別冊の図面、仕様書、現場説明書及び現場説明に対する質問回答書をいう)に従い」
「以下の内容については設計図書の特記仕様書に準ずることとする」

大規模修繕ですから、別冊の図面などありませんでした。そのため図面に掲載されている特記仕様書もありません。ないものに基づいて契約がなされていました。さらにこのような記載もありました。

「以下の工事においては、当該見本又は工事写真等の記録を整備し、定例会議の都度提出することとする」

そしてタイル工事や長尺シート工事などが記載されているのはわかるのですが、今回の工事に含まれていないクロス工事やガラス工事まで含まれていました。この契約書は明らかに他の新築工事で使ったものをそのまま転用しており、このマンションの大規模修繕工事用の契約書ではないようです。そのため実際の工事との食い違いがあちこちで起こっていました。

②定例会議に関して

契約書に書かれていた工事写真の記録は、毎回の定例会議に提出して報告することになっているのに、1度しか報告されていませんでした。これまでに出していない写真の提出を求めると「まだ整理していない」とのことで、未整理でいいから見せて欲しいと言うと、カメラの中に入ったままなのでここにはないとの返事でした。後になってわかるのですが、写真は撮影されていなかったのです。現場監督がいない日は、撮影する人がいないので写真がないのも当然でしょう。

また工程表に変更がある場合は、定例会議で事前に承認を受けるとなっていましたが、何の報告もなく変更されていました。そもそも月に1回の定例会議で、工程の変更の事前承認を受けるというのは難しいはずです。実態と解離していて実行できないように思えます。そのため定例会議では、進捗を報告するだけの場になっていました。

③施工に関して

契約書によると工事開始の7日前には施工計画書を作成して、監理者と修繕委員長の許可を得ることになっていました。しかし施工計画書は全くありませんでした。誰が何の権限で工事を開始したのか不明で、なんとなく工事が始まったような印象を受けました。さらに数少ない工事写真を見ていくと、工事は国土交通省 大臣官房 官庁営繕部の「公共工事共通仕様書」の内容すら守られていませんでした。

この「公共工事共通仕様書」は公共工事をする際の仕様書で、民間工事に適用しなくてはならないものではありません。しかし国土交通省が何万件もの公共工事を経て得たノウハウで、この仕様を否定することは難しいので民間工事でも同様の仕様で行われています。ゼネコン1社、業者1社の経験値とは比べ物にならないほどの経験から生み出された仕様なのですから、他の仕様で行うには理論的な裏付けが必要になるのです。しかしこの現場では、全くと言って良いほど共通仕様書の通りには工事が行われていませんでした。

対応方法の検討

私からの報告で修繕委員会は紛糾し、工事の中止を言い出す委員もいました。契約が履行されていないのですから、それも当然の意見だと思います。そこでまず、契約書の通りにできるのか設計事務所と施工会社に打診することになりました。現場監督は毎日朝と夕方に顔を出すことにし、施工計画書を早急に提出してもらうことにしたのです。しかしこれを要請すると、施工会社の監督から思いがけない返事が返ってました。

「見積書の現場管理費には、毎日出勤するほどの費用が含まれていません。
「施工計画書の作成は見積書に含まれていません」
「追加予算を頂かないと、これらの対応はできません」

この発言に修繕委員会の委員数名が激怒して、工事代金を払わないと言い出しました。契約書に書かれている内容を実行するのに追加予算を言い出すのは非常識ですし、契約不履行ですから工事代金を払わないというのは当然の措置だと思います。しかし設計事務所も「工事を始めているのに、その分の費用も払わないのはダメだ」と言い出し、ケンカになってしまいました。ここで修繕委員会と理事会の不信感は、ピークを迎えていました。

なんとか決着する

この状態に理事長が激怒し、設計事務所を紹介した管理会社を激しく責めていました。また理事長は同級生に弁護士がいるそうで、契約不履行で訴えるための相談もしていました。修繕委員の1人は即刻工事の中止を希望していて、当然ながら工事代金も監理費用も払う必要がないと主張していました。しかし現実問題として、外壁タイルの一部を剥がしたまま工事を中断し、新たに工事業社を決めるまで数ヶ月を要することを考えると、今の会社にキチンと仕事をやってもらう方が良いという意見で修繕委員会がまとまりました。

しかし設計事務所と施工会社は難色を示すので、私の方で妥協案を提案しました。すでに始まっている工事の中で、長尺シート張りなど材料が明らかな物は、納品書を提出することでそのまま工事を継続してもらうことにしました。しかしウレタン塗膜防水に関しては、規定量の材料を使ったことが不明なのでやり直しを依頼しました。皮膜の厚さは問題ないと施工会社は主張したので膜圧検査を行うことで了承し、検査の結果は全て不合格だったのでやり直しになりました。また外壁タイルの下地で、15mmのモルタルを1回で塗ったという証言は見逃せません。15mmでも大丈夫だという根拠が「これまでやっていたから」という安易なものだったので、公共工事共通仕様書に基づいて工事をやり直してもらうことにしました。

また修繕委員会の強い要望により、設計事務所が工事開始から1ヶ月以上に渡って適正な監理を行っていなかったため、監理費用の減額を行いました。3割近い減額だったのですが、設計事務所はすんなり受け入れました。後述しますが、監理費をゼロにされたとしても、彼は痛くも痒くもなかったのだと思います。

談合の疑いが濃厚でした

設計事務所が自分が推薦する施工会社以外は監理をしないという強引な主張をした時点で、この設計事務所は怪しいと疑うべきでした。この設計事務所は施工会社の談合を主導していて、他の施工会社の参入を許さなかったのだと思います。そして施工会社の発注金額も、この設計事務所が決めていたのでしょう。そのため施工会社は話し合いの最中にも、何度も設計事務所に意見を伺っていました。施工会社は管理組合と契約をしているわけですから、設計事務所の顔色を伺う必要も意見を聞く必要もないはずです。しかし何かを了承するにも、全て設計事務所の許可をもらっていました。

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設計事務所が監理費を減額されてもあっさり認めたのは、バックマージンが施工会社から支払われるため、減額された金額は利益の中の微々たる金額だったのだと思います。設計事務所は高いバックマージンを受け取って、施工会社には厳しいチェックをしないでやりたいように仕事をやらせていました。そこに私が割って入ったため、彼らにとっては面倒なことになってしまいました。しかし談合を証明することは不可能に近く、管理組合にできることは談合の可能性を少しでも排除することだけです。しかしこのマンションでは、設計事務所の息がかかった施工会社以外は見積もりを提出させないという、いかにも談合に臭いがする行為を認めてしまいました。そのため設計事務所と施工会社がやりたいようにやってしまった感じがします。しかしこれらのことは証拠がないため、追求することも証明することもできませんでした。

まとめ

この件が特殊な例かというと、決して特殊ではありません。理事会や修繕委員会に建設業に詳しい人がいなのを良いことに、設計事務所や管理会社が好き勝手にやっている例は数多くあります。このような状況を回避するには、わからないことを徹底的に質問して説明を求めることです。中には「専門的なことなので説明してもわからない。私たちを信じて任せてください」みたいなことを言う業者や設計事務所もいますが、理事会や修繕委員会は住民の皆さんに説明する義務があります。理事や修繕委員がわかるように説明できない業者や設計事務所と、契約するべきでなはないのです。納得がいくまで説明を求めましょう。そうすることで、不正なことをしない牽制にもなります。

この物件のように、大規模修繕を初めて何かおかしいと思ったらご連絡ください。手遅れになる前に、何か打てる手があると思います。

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