素人の手作りマンション /高知の沢田マンションのカルトな人気

沢田マンションは高知県高知市にある賃貸マンションで、その特殊性や独自性から「土佐の九龍城」「日本のサクラダファミリア」などと呼ばれ、何度もメディアに取り上げられてきました。このマンションの最大の特色は、建築の素人夫婦が法律によらず勝手に建設したということです。そのためさまざまな問題を含んでいますが、同時に商業ベースで建てられたマンションにはないオリジナリティに溢れています。今回は高知の沢田マンションのカルトな人気について考えてみたいと思います。

沢田マンションとはなにか

沢田マンションという名称は、建設した沢田夫妻の名字から名付けられた名称です。物件概要は以下の通りです。

物件概要
名称:沢田マンション
住所:高知県高知市薊野北町一丁目10番3号
規模:地下1階地上5階 70戸
構造:鉄骨鉄筋コンクリート造
敷地面積:550坪
建築面積:不明
延べ床面積:不明
着工:1971年

面積などが不明なのは沢田マンションには設計図が存在せず、長年にわたり増築に増築を重ねたからです。また建築物なら当然行うべき 建築確認申請が行われていません。すなわち沢田マンションは法的には違法建築物で、行政からの許可を得ずに沢田夫妻が勝手に建てた共同住宅なのです。当然ながら何度も行政指導を受けていますが、時には無視し、時には歩み寄りを見せながら今日に至っています。

なぜ建築確認もせずに、このようなマンションが建てられたのでしょうか。1つは1971年当時は時代が大らかで、確認申請に厳しくなかったというのが言えるようです。今では信じられないことですが、90年代頃まで戸建ては建築確認申請は行っても、確認検査を受けないことがまかり通っていました。さらに地方都市というのもあり、なんだかんだで建設されてしまったようです。もちろん今では高知市で勝手にマンションを建設したら行政に止められてしまいます。

しかし1971年とはいえ、建設業者が無届けでこれほどの建築物を工事した例は聞いたことがありません。驚くことに沢田マンションは沢田夫妻がほぼ2人だけで建設しています。普通なら工事に何人もの職人が出入りするのですが、素人2人だけで完成させたというのは信じられません。建築知識がない2人が鉄筋を組み、型枠を建ててコンクリートを流し込むという作業を延々と行い、現在の形になりました。また設計図を描いておらず、頭の中にあるイメージに従って施工していたそうです。そのため構造体がどのような配筋になっているかも不明ですし、コンクリートの強度などもわかりません。

沢田マンションの特徴

建物全体にスロープが設置されて、しかも5階まで行けるようになっています。バリアフリー設計を先取りしたと言われる大胆なこの導線は、3階までなら自動車が上がれるようになっています。さらに当時としてはかなり珍しい、地下駐車場も完備しています。その代わり5階建てにも関わらずエレベーターがなく、荷物を5階まで運搬できる資材用リフトが存在します。

※沢田マンションのスロープ

また早くから屋上緑化や壁面緑化を積極的に取り入れています。自然派と呼ばれるマンションは多くありますが、沢田マンションではニワトリや豚も放し飼いされており、共用部分のあちこちで動物と不意に遭遇することがあるそうです。実は屋上緑化は最上階が暑くて過ごしにくかったため思いついたそうで、屋上に断熱材も入っていなかったために夏の最上階は猛暑になっていたので屋上緑化を始めたそうです。

その屋上には手作りのクレーンが設置されており、その脇には非常用食料庫が設置さています。全住人の3日分の食料が保管されているそうで、今日の共用防災備蓄倉庫の先駆けになっています。その一方で廊下の床をグレーチングで造っているため、今や腐食してしまい恐ろしくて歩けない場所が何ヶ所もあるようです。各部屋で水圧が違い、お湯が出ないなどのトラブルは日常茶飯事で、雨漏りも常態化しているようです。

このように不便を強いられる生活になっており、その結果として住民同士の結束が強くなっています。わからないことがあれば、先輩住民に相談する、それでもわからなければ全員で考えるといった住み方が行われていて、共同住宅内の繋がりが密になっています。建物そのものも、例えばバルコニーに仕切りがなく繋がっているなど、住民同士が繋がるように考えられています。現在は沢田マンションに住む住民達が共同で運営しているブログがあり、その生活を垣間見ることができます。

外部リンク
沢田マンション住人ブログ

沢田マンションの問題と未来性

法律を無視しているため問題点を挙げればキリがないですが、主な問題点をまとめてみたいと思います。

①違法建築物が放置されている

行政は何度も指導をしたようですが、居住している人がいるため強制的に追い出すわけにもいかず、違法状態が続いているようです。沢田マンションは個人の尋常ではない情熱によって築かれており、ファンも多いのでメディアなどで取り上げられる際には好意的に報じられています。しかしこの建物の安全性は建設した沢田嘉農(さわだ かのう)さんの経験と勘によるものと、今まで大事に至らなかったという脆弱な事実に基づくだけなのです。

もし建物が倒壊して住人が圧死したり近隣の建物に被害があれば、多くの人が手の平を返して一斉に批判するでしょう。図面も存在せず沢田嘉農さんが故人になっているため、建物がどのように造られているのかわからない部分が多く、いつ何が起こっても不思議ではない建物が存在し続けていることは大きな問題です。建築基準法は厳格に運用されていることになっていますが、沢田マンションを見るとやった者勝ちという印象が残ります。

②耐震性以前の問題

沢田マンションの耐震性はどうなのかという声をよく聞きますが、耐震性以前に長期荷重すら計算されていないので、地震などなくても明日何の前触れもなく倒壊しても不思議ではありません。50年近く壊れていないので、恐らく大丈夫だろうという曖昧な憶測があるだけです。

コンクリートは工場で生産されたものではなく、手ごねで作ったようなのでミルシートなどの品質がわかるものがありません。どの程度の強度のコンクリートを作ったのか不明ですし、配筋方法も記憶を頼りに後から資料が作られている程度なので実際のところはわかりません。そのため地震が来なくても、壊れる時は壊れるでしょう。ただし50年近くも存在し続けているということは、余裕度を大きく持って作られているのだと思います。現在の多くのマンションは経済設計のため、建築基準法の基準ギリギリを狙って行われますが、構造計算が出来なかった沢田夫妻は余裕度を過剰に見積もって造ったのではないでしょうか。

また沢田マンションは2001年の芸予地震などにも直面していますが、大きな被害を出していません。これは建物の強さもありますが、地盤の良さが大きいと言われています。非常に固い岩盤の上に建設されているため、被害が最低限に抑えられていると考えられるのです。

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③工事の時からあらゆる法律が無視されていた

マンション内のあちこちに配線が剥き出しになっていますが、沢田夫妻のどちらかが電気工事技師の資格を持っていたとは思えません。沢田マンションでは漏水が常態化しており、配線からの火災が起きていないのが不思議なくらいです。もしかしたら電気火災が起こったことはあるのかもしれませんが、大規模火災に発展していないので大事には至っていません。

また沢田夫妻の証言によると、工事の際にクレーン車を運転していたのは小学生の娘さんだったそうです。クレーンの無免許作業というだけでなく、まだ足がつかないような小学生が運転していたというのは、ゼネコンの安全担当者が聞いたら悲鳴を上げそうな状態です。こんな状態ですから、おそらく球掛けの資格もなかったでしょう。事故が起きなかっただけでも奇跡のような工事だったと思われます。

④住人の健康は大丈夫か

雨漏りが常態化しているため、室内にカビが生えるのは当たり前だそうです。映画「風の谷のナウシカ」の腐海(ふかい)に飲まれたように、室内にビッシリとカビが生えることもあるそうですし、さらにはキノコが生えたこともあるそうです。キノコが生えたことを気にせず、むしろ笑い話として語れる人達が住んでいるのですが、このような環境で生活することで健康状態が気になります。

※風の谷のナウシカの腐海

しかしこのような不便なマンションに何十年も住み続ける人がおらず、住人がどんどん入れ替わっているので深刻な病気になったという話は聞きません。

沢田マンションに見る未来

このように問題だらけの沢田マンションなのですが、多くの人を引きつける魅力があり、県外からも大勢の人が見学に訪れています。それは今日のマンションにはない独創性があり、商業ベースで考えられたマンションでは考えられないアイデアが多く詰め込まれているからです。マンション建設は分譲にしても賃貸にしても、採算性が強く求められます。そのため多くの業者が知恵を絞り、今日のマンションのスタイルが生まれました。その結果、画一的で面白みのない建物が増えたのも事実です。沢田マンションはそのような画一性を無視し、好きなように造られています。

またマンションはプライバシーの確保が重視され、今や隣に住んでいる人の顔を見たこともないというのが当たり前になってきました。それにより防犯面などの問題、地域のコミュニティの消失、人間関係の希薄化などが言われるようになりました。しかし沢田マンションではコミュニティが形成され、住人同士の交流が盛んになっています。住人の方が言うには引きこもるのも出てくるのも自由だそうですが、住人同士の飲み会やお祭りなどに留まらず、普段からの交流が活発のようです。

今後、分譲マンションの多くは修繕積立金の不足に苦しむと予想されます。これまでの分譲マンションでは管理は管理会社に任せきりで、理事になることをなるべく避けて、他人との関わりを持たないという人が多くいましたが、今後は住人全員でマンションの資産性について考える必要があります。その意味で、住民同士の盛んな関わり合いを実現している沢田マンションの思想には、何らかのヒントがあるように思います。多くの管理会社が住民のコミュニティ形成に乗り出し、上手くいっている例が少ない現在こそ、沢田マンションは研究する価値があるかもしれません。

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