マンションでケーブルテレビが無料になった理由

2003年頃だったと思います。私は不動産 デベロッパー の品質管理室に勤務していました。そこにケーブルテレビ会社J社の営業のA氏が訪ねてきました。面識もなく突然の来訪で、受付の女性がとりあえず私に繋いだのです。今やマンションでケーブルテレビは常識になりましたし、地上波だけなら無料が当たり前です。今回は私の昔話になってしまいますが、マンションでケーブルテレビが無料になった理由を書いてみたいと思います。

J社の要望

A氏の話は単純明快でした。新築マンションにJ社の回線をもっと入れるにはどうしたら良いかというもので、そのために協力できることがあれば惜しまないとのことでした。

当時、大半のマンションは屋上に共聴アンテナを設置してテレビ放送を受信していました。ケーブルテレビを利用するのは、電波障害で共聴アンテナではテレビ放送を受信できない場合でした。J社は有料チャンネルの収益で利益を得ていますが、マンションの場合は共用部にケーブルテレビ用の機械を設置しなければいけません。マンションが竣工して入居者がJ社の有料チャンネルを見たいと思っても、共用部で工事をしなくてはならないので管理組合の許可を得る必要がありました。そのため最初から機械を入れておけば、J社としても有料チャンネルの営業をしやすいのです。

しかしこちらとしては、ケーブルテレビを導入するメリットがあまりなく、何かデベロッパーか入居者にわかりやすいメリットがあれば導入を増やせます。この件は、継続して打ち合わせをすることになりました。

視聴料の問題

A氏と話している中で、ケーブルテレビを導入した物件ごとに視聴料が違うことがわかりました。私たちデベロッパーから見ると物件のプロジェクトごとに打ち合わせを行なっており、またJ社側から見ると支局ごとに打ち合わせているので、何の基準もルールもなかったのです。そのため月々の受信料が無料のマンションから、月々1住戸あたり1500円というものまで、かなりの幅がありました。

地上波放送(NHKと民法各局)しか見ていないのに月々1500円は高いと思いますが、電波障害でテレビが見られないので、仕方なくその金額になっているケースもあったようです。こうして全国統一の料金を決めるために動き始めました。

J社の提案と拒否

数ヶ月後にA氏はやって来ました。自信満々で、新築時の設備工事費は無料で、月々の料金は1住戸あたり500円というのがJ社の提案でした。A氏がこの案をまとめるのに、J社の本社でさまざまな折衝や根回しをやったはずで、とても魅力的な提案だと思いました。

しかし私は、これでは各支店で新築マンションの計画をしている担当者は見向きもしないと思いました。共聴アンテナを設置すれば、工事費はかかりますが月々の料金はかからないのです。今回の提案だと、やはり電波障害が起こっているマンションに仕方なく導入するだけになってしまいます。魅力的な提案に見えて、インパクトはほとんどないと思いました。

月々無料を要求する

私はA氏にこんな話をしました。

ご提案の内容だと、私たちデベロッパーは工事費を少しだけ安くすることができます。これはありがたいです。しかし住民の皆さんは、共聴アンテナを設置していれば払わなくて良い視聴料を毎月500円払わなくてはいけません。これは魅力的な話ではありません。

ケーブルテレビの回線を新築マンションに導入することで、一番メリットがあるのは誰でしょうか。J社さんは、マンションの内覧会で、購入者に有料チャンネルの営業をしますよね。マンションの入居が始まってからも営業をしますよね。それで得た利益はJ社さんのものですよね。

私達は畑を耕す土地をJ社さんにお貸しするんです。種を撒くのも構いません。刈り取った作物は全てJ社さんのものです。それなのにお金を取るんですか?新築時の工事費は無料、月々の視聴料も無料が妥当じゃないでしょうか。

A氏は困り果てた顔になり「仰っていることはわかりますが・・・」と、私の提案を持ち帰りました。

無料が決定

それから数ヶ月経って、A氏は社内の許可を得たと言ってきました。新築時の工事費無料、月々の視聴料も無料にすることで合意を得たのです。ただし条件があり、包括契約書を締結することでした。全物件にJ社の回線を入れることをA氏は希望しましたが、地主の関係などから全物件は無理です。しかし無料という基本が決まったのですから、細かい条件は時間がかかりましたが大きな問題にはなりませんでした。

こうして包括契約が結ばれ、原則として全てのマンションにJ社の回線を導入し、新築時の工事費も月々の視聴料も無料で決定しました。私は包括契約書を添えて稟議書を書いたのですが、押印する人それぞれから連絡があり、こんな都合の良い契約をどうして結べるのかと質問されました。

他のデベロッパーにも波及

包括契約が結ばれると、J社は他のデベロッパーにも同様の提案を持ちかけて、次々と契約を結んでいきました。こうしてJ社は自らの放送エリアに建設される新築マンションのほとんどに、ケーブルテレビの回線を導入させることになります。

この動きは他のケーブルテレビ会社にも波及して、いくつものケーブルテレビ会社が無料で契約をするようになりました。こうして新築マンションにはケーブルテレビを無料で引き込むことが当たり前になっていきました。今では当たり前のことですが、当時としてはかなり画期的な出来事でした。

A氏の踏ん張りとJ社の決断

A氏が社内でどれほど大変だったかと思います。これまで有料で行っていたものを無料にするというのは、簡単には決まらなかったでしょう。ましてやJ社のような大手では困難だったはずです。しかしA氏はなんとか踏ん張り、J社は決断しました。この決断は後に地上デジタル放送への切り替えの際に、大きく役に立ちました。

この後もA氏とはさまざまな仕事を一緒にすることになるのですが、突然の訃報が届きました。本当に残念なことで、もっといろいろな仕事を一緒にしたかったと今でも思います。

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