2019年建設ラッシュの裏側で /できない建設工事を引き受けた悲劇

2019年はオリンピック関連の建設ラッシュで、建設業界が忙しく動き回っていました。この時に何が起こっていたかは、以前の記事「オリンピック需要の裏で何が起こっていたのか」に書きましたが、今回は私が経験したもう少し具体的な話を書いてみたいと思います。この時期は、酷い建設工事があちこちで行われていたのです。

工事の増加と人手不足が重なる

建設業者の多くは90年のバブル崩壊以降、廃業や事業縮小を繰り返していました。バブル崩壊の余波を逃れた業者はなんとか事業を続けていましたが、リーマンショックにより廃業が一気に増加します。さらに民主党政権が誕生し「コンクリートから人へ」の掛け声により、仕事がほとんどなくなって廃業が加速しました。こうして全国で建設業者が減った時に、今度は建設工事の需要が増していきます。

2011年の東日本大震災は、東北に建設工事の需要を一気に高めました。地元だけでなく東京や関西からも建設業者が集められていきました。そして自民党政権が誕生すると、民主党政権の「コンクリートから人へ」を改めて公共事業を拡大します。さらにオリンピックの誘致が決まります。2011年から2013年にかけて、一気に建築需要が高まったわけです。人手が減ってから一気に人手が必要になったのですから、建築費は高騰しました。

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無理な受注が相次いだ時期

こういった事情により、建設業界は一時的に人手が致命的に不足することになります。こうなると大手ゼネコンは公共事業以外は手が回らなくなり、準大手ゼネコンはこれまで大手ゼネコンが手がけていたような民間の大規模工事を行うようになります。そして中小ゼネコンは、これまで準大手が行っていたような工事を行うのです。彼らにはノウハウが足りないので、工事は困難なことが多くありました。

そして比較的規模が大きくないマンションやホテルなどを引き受けたのは、これまでマンションやホテルの建設を行ったことがないような小規模のゼネコンだったりしました。こうして彼らは経験のないマンション建設やホテル建設を行うことになったのです。以下は私が関係した建設現場の話です。

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ある都内の賃貸マンションの混乱

本社が地方にあるゼネコンで東京にも支店があるゼネコンが、都内の民間賃貸マンションの建設を請け負っていました。これまでの主な施工実績は内装工事と倉庫の建設で、鉄筋コンクリートの建物を最初から建てた経験がほとんどありませんでした。この6階建の賃貸マンションを工事するために建設業の免許も揃えたようで、所長は内装以外はわからないと言い切る人でした。

さすがにこれでは不安だと会社も思ったのでしょう。準大手ゼネコンで所長をしていた人を工事長に迎え、サポートをさせていました。また現場監督も不足していたので、大工を営んでいた人や地元で工務店に勤めていた人を雇って現場監督にしていました。それ以外には工場や倉庫の建設に長く携わっていた人が現場事務所にいて、施工図を描いていました。私は現場の最初の頃の様子は知らないのですが、躯体工事の時点で何度もトラブルがあり、業者の一部が降りて工程が大幅にずれ込んでいました。

①施工図のトラブル

倉庫や工場の施工図しか書いたことがない人が、マンションの施工図を描くのは無理があります。外注するべきだったと思いますが、なぜかその人が全て任されていました。施工図は全ての工事を理解していないと描けません。工場や倉庫ではほとんど見ないユニットバスやキッチンなどの水回りの納め方は曖昧で、図面を見てもどうするのかよくわかりませんでした。

そのため床の業者の思惑とユニットバスの業者の思惑が異なり、作っては壊すことを繰り返すことになりました。どちらの業者も「図面通りに工事してるんだぞ」と言い張るのですが、実際には床とお風呂の間に隙間ができています。ユニットバスを作り直すのは時間がかかりすぎるので、床全体を上げるしかないのですが、そうするとサッシが床の下に入ってしまいます。こんなトラブルがあちこちで起こっていました。

②工程管理のトラブル

マンション工事にはいくつもの業者が同時にやってきて、あちこちで工事を行います。それをきちんと管理しないといけないのですが、複数の業者を同時に動かす経験が所長にも現場監督にもないので、作業があちこちでラップしていました。例えば床の業者が床を貼るために部屋に入ったら、クロス屋が天井のクロスを貼っていたなんてことがあちこちで起こっていました。

床屋は1日で5部屋ぐらいは貼るつもりで職人を連れてきていたのですが、クロス屋がいるので何もできないことになりました。床屋の職人はタバコを吸ってジュースを飲み、クロス屋が終わるのをじっと待つことになってしまいました。これでは予定が狂ってしまうので、床屋の番頭はずっと怒っていました。

③仮設計画のトラブル

屋上の手すりを取り付けるために、道路にクレーンを設置して手すりを吊り上げる工事がありました。重機を使った作業経験がある監督がいないので、揚重計画がしっかりできていませんでした。配られた資料を見せてもらうと警察に提出する道路使用許可の資料しかなく、立ち入り禁止措置を誰がするのか、クレーンを設置した時の他の業種の材料搬入をどこから行うのかなど、一瞥しただけで問題がいくつもあることがわかりました。

当然ながら作業当日は大混乱になり、職人同士が怒鳴り合ったり、監督を怒鳴りつけたりで全く作業が進みませんでした。また元々の作業時間にクレーンの設置時間が含まれていなかったため、予定の半分もできないで初日が終わりました。それから毎日がバタバタだったようです。

④竣工日に完了しない

こんな調子ですから、工事は予定通りに完了しませんでした。そのため施主に竣工予定日を先延ばしにしてもらったようです。しかし施主が見に来た日に設備屋と植栽屋が同時にやって来て、設備屋が掘ろうとした外溝部分に植栽屋が植木を初めて両者が揉めていました。これを見た施主も呆れ返っていましたが、経験が不足しているゼネコンに発注したのが運の尽きだと思います。

ある都内ホテル建設の混乱

鉄骨造のホテルで、東京オリンピックの需要を見込んでの建設でした。2019年の12月に建物を完成させ、2月に開業する計画だったようです。受注したのは親会社を建設とは全く関係ない業種に持つゼネコンで、主に内装工事や改修工事を行っていました。そんな会社が鉄骨造の2階建てのホテルを建設することに無理がありました。

さらに敷地条件が悪く、片側3車線道路の交差点に面し、反対側には敷地ギリギリまで建物が建っていました。さらに敷地上空には電線が何本も走っていて、誰が見てもクレーン作業は困難でした。この時点で、この工事は大変なものになることが予想されました。しかし経験が少ないこのゼネコンは、かなり甘く見積もっていたようです。

①土工事のトラブル

基礎を作るために地面を掘るのですが、地中障害になる大きな岩などが出て来ました。そのため用意した重機では掘ることができなくなり、工事方法の見直しを迫られました。しかしゼネコンにはノウハウがないので業者任せになってしまいました。

業者は他社に仕事を取られたくないので、自分たちが用意できる重機だけで作業しようとします。そのため見ていて苛立つほど、作業が遅々として進みませんでした。しかし何が問題なのか理解できないゼネコンは、ただ工事が遅れるのを見ているしかなかったのです。

②鉄骨建方のトラブル

ようやく鉄骨を建てる作業になるのですが、電線があって大型のクレーンが使えないので、材料を一度入れてから、さらに別のクレーンで材料を運ぶ手間が必要でした。さらに鉄骨を建てる順番も難しく、鉄骨を建てる順番と搬入した鉄骨を置く場所を間違えると中のクレーンが出られなくなります。

このような複雑な作業を複数の業者で行うのですから、綿密な打ち合わせを行い、現場監督が手順の一つ一つを間違ってないか確認して作業を進める必要があります。しかし打ち合わせも簡単に済ませ、全業者を集めて行うこともなかったようです。案の定、作業中に中のクレーンが出られなくなってしまい、組み立てた鉄骨を解体するといったことが起こったようです。当然ながら、大幅に工事が遅れました。

③内装工事のトラブル

このゼネコンは内装工事には自信を持っていたようですが、土工事と鉄骨工事で大幅に工期が遅れてしまっため、予定より大幅に短い期間で内装工事を行わなくてはならなくなりました。そのため内装工事の工程はメチャクチャになり、大量の職人が投入されるものの作業ができない職人が溢れてしまいました。

工事には全て順番があります。クロス工事をするにはボード工事が終わっていないとできません。ボード工事は造作工事が終わっていないと無理です。しかし職人ばかりを大量に投入したため、何もすることがない職人が何人もいたのです。当然ながら仕事ができない職人は怒りますし、トラブルになります。現場のあちこちで怒鳴り声が聞こえていました。

利益もなければ品質もない

この2つの現場は慣れないゼネコンが工事を行ったため、現場は大混乱に陥ってしまいました。当然ながら、このような状態では品質などは二の次になり、建物を完成させることが最優先になります。クロスがシワだらけだったりペンキがはみ出している程度なら良いのですが、躯体の部分で問題があれば建物の寿命に影響を与えますし、安全性にも問題が生じます。

しかしこのような現場では、品質のチェックがほとんどできません。予定通りに仕事ができないので怒り狂う職人をなだめて仕事をしてもらい、品質が基準を満たさないからやり直しを指示できるでしょうか。いやそもそも監督はあちこちで起こるトラブルを解決するのに精一杯で、品質を気にする暇もないのです。さらにこのような現場では、余計な人員を投入することになるので、費用も大幅にかかります。ゼネコンの利益は吹き飛んだはずですし、品質だって怪しいものです。誰もが不幸になる工事になってしまうのです。

歓迎できない建設ラッシュ

この2つの現場は、私が別の仕事でゼネコンの社員に会う必要があ李、現場事務所にお邪魔していたため内情を知ることができました。この当時はこのような建設現場があちこちにあったはずで、オリンピック関連の工事でも酷い話を聞いています。

もちろん建設ラッシュの中、自分たちができる仕事を要領よく受注して大きく稼いだ会社もあります。しかし自分たちが何ができるのか理解しておらず、身の丈に合わない仕事を受注して大損を出した会社も多いのです。分譲マンションがこのようなドタバタで建設された例もあるはずで、購入者にとってそれは不幸なことです。

まとめ

2019年の建設事情はこれが全てではありませんが、このような現場があちこちにありました。利益だけに目が眩んだゼネコンが出来もしない工事を受注してしまい、現場が混乱していました。そのため私はこの時期のマンションで、あまり聞いたことがないゼネコンが施工したマンションの購入を相談されたら反対していました。建設ラッシュはこのようなドタバタの現場を生み出し、さらにラッシュが終わると廃業する会社が増えます。このような一時的な好景気は、業界にダメージを与えます。あまり良いことではないんですよね。

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