なぜ修繕積立金が足りていると錯覚するのか /管理組合の落とし穴
結論から書くと、ほとんどのマンションでは修繕積立金が不足しています。しかしほとんどのマンションでは修繕積立金が足りていると錯覚しています。今回はなぜこのようなことが起こるのか、なぜ修繕積立金が足りていると錯覚するのかを解説していきます。修繕積立金の不足は分譲マンションの販売、管理のシステムに起因しているため、管理体制を見直さない限りは不足したままマンションが老朽化していき、やがて住むことが困難になってしまいます。そんな未来を迎えないために、打てる手を早めに打っておくことが必要です。
修繕積立金とは
マンションを購入すると、管理費と修繕積立金を毎月払うことになります。これをまとめて「管理費」と言う人が多いのですが、目的が違う2つのお金をまとめて毎月支払っています。管理費をわかりやすく言うと管理会社に払うお金です。日々の共用部の管理に使われ、管理人さんの給料や清掃代などはこれに含まれます。修繕積立金は共用部を修繕するための管理組合の貯金です。大規模修繕工事の他、共用部の設備が壊れた時などはこの費用から修理代が捻出されます。
修繕積立金は将来に渡ってマンションを維持するのに重要な資金です。これが不足すると壊れた設備が修理できなくなり、マンションはボロボロになっていきます。最近、代執行で取り壊された滋賀県のマンションはその典型で、雨漏れ修理ができないために住民が次々と引っ越していき廃墟になっていました。
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長期修繕計画の問題点
①長期修繕計画と修繕積立金の求め方
修繕積立金は長期修繕計画を元に金額が算定されます。長期修繕計画は何年経ったらどこの修理を行うかを計画し、その修理ごとに必要な資金を算出していきます。ほとんどのマンションでは30年間の修繕計画を立てて、それを元に修繕積立金の額を導き出すのです。ここで仮に200戸のマンションで長期修繕計画と作ったところ、30年間で修繕に9億円必要になことがわかったとします。
9億円÷30年間÷12ヶ月=2500万円
1ヶ月あたり2500万円を貯めなければなりません。これを戸数の200戸で割ると
2500万円÷200戸=1.25万円
修繕積立金は1住戸あたり毎月1万2500円を集めれば、これから30年間は修繕費用が足りることになります。少し大雑把ですが、修繕積立金の決め方はこのような方法で決まっています。しかし多くの場合、マンション デベロッパー は販売しやすくするために長期修繕計画を低く見積もりがちです。
②長期修繕計画の不完全さ
私は長らくデベロッパーにいましたが、この長期修繕計画の計算はとてもアバウトなものでした。販売前に修繕積立金を決めておかなければならないため、計画段階の設計図で算出することが多く、実際に施工する際に起こる設計変更や計画変更を含んでいないことが多くあります。そのため実際のタイルの面積と長期修繕計画のタイル面積が、10%も違うなんてことがザラに起こっていました。
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また長期修繕計画はきちんと図面を読み込んで作られたものではなく、建物の規模から作った概算でしかありません。概算で計画され元になった図面が変更されるのですから、販売時の長期修繕計画があてにならないのは明らかです。しかしそのような事情を知る人は少ないので、販売時の長期修繕計画を絶対視する人が多くいます。そのため「長期修繕計画に基づいて修繕積立金をきちんと貯めている」と胸を張る理事が多いのですが、長期修繕計画を精査すると不足していることがよくあるのです。
③本当に30年で良いのか
ほとんどのマンションの長期修繕計画の期間は30年になっています。これは国土交通省の「長期修繕計画ガイドライン」に30年以上の計画を立てるように書かれているからです。しかし実際のマンションは30年を過ぎてから多額の費用がかかるようになります。30年を過ぎるとエレベーターの入れ替えや給水管・配水管の入れ替えなど、それまでなかった多くの費用がかかるようになるからです。そのため長期修繕計画の通りに修繕積立金を貯めてきても、31年目以降に大幅な値上げをしないと積立金が足りなくなる可能性が出てきます。
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マンションの建て替えの議論は築50年を過ぎてから出始めます。そのため長期修繕計画は60年分くらいは必要だと考えられます。お住まいのマンションの長期修繕計画をよく読み込んでみてください。中にはエレベーターの交換が記載されていない、または記載されていても「別途」などと書かれて長期修繕計画に含まれていないケースがあります。含まれていなければ築30年を過ぎてから値上げが必要になるのは必然で、それもかなりの額の値上げになるでしょう。
修繕積立金の問題点
修繕積立金の集め方には「均等積立方式」と「段階増額積立方式」の2種類があります。この2つについて説明したいと思います。
①均等積立方式
先ほどの例で、200戸のマンションで毎月1万2500円の修繕積立金が必要だと計算しました。この計算では、30年間ずっと1万2500円を払い続けることになります。このように長期的に同じ額の修繕積立金を払い続ける方式を均等積立方式と呼びます。最もシンプルでわかりやすい方式ですが、これを採用しているマンションは少数です。ほとんどのマンションでは次の段階増額積立方式が採用されています。
②段階増額積立方式
先ほどの計算では毎月1万2500円を積み立てる計算になりました。これを当初の5年間を1万円、その後の5年間は1万2000円、10年目以降は1万5000円など、最初は安くして段階的に値上げしていくのが段階増額積立方式です。ほとんどのマンションで採用されている方式で、販売時に渡される重要事項説明書や管理規約に記載されています。当然、契約時に読み合わせをしているのですが、契約は長時間に渡るためほとんどの人の記憶には残っていません。これはデベロッパーの都合で採用されていると言って良い方式で、修繕積立金が安い方が契約を取りやすいからです。しかし長い間マンションに住み続けることが増えた現在、これは大きな問題を含んでいます。
多くの人が住宅ローンと管理費・修繕積立金・駐車場代などでギリギリの資金計画をしてしまいます。実際に住み始めてから固定資産税の支払いがキツいと感じる人もいるくらいで、モデルルームに夢を見てしまい「なんとかなるだろう」とギリギリの資金計画で購入を決めるのです。給料が上がり続ければなんとかなりますが、社会情勢によってボーナスがカットされたり全社員の減給が起こる現在では、住宅費が大きく負担になってのしかかる家庭が多いのです。そういう家庭にとって修繕積立金の値上げは負担になります。総会で反対が起こり値上げの決議ができなければ、修繕積立金の不足が起こります。また決議できたとしても、値上げの後に滞納が増えたというマンションは多くあります。
値上げの決議が総会で通り、滞納もないというマンションでは「ウチのマンションはキチンと貯めています」と理事が胸を張るのですが、最初に書いたように長期修繕計画に問題があるマンションでは、修繕積立金の不足が起こってしまいます。計画通り値上げしていても不足する可能性が高いのですから、値上げできないマンションは将来的な資金不足は深刻な額になると考えて良いでしょう。
管理会社の誘導
修繕積立金をキチンと貯めているというマンションでは、その根拠として大規模修繕を予定通りこなしていることを挙げることもあります。しかし1回目や2回目の大規模修繕工事を滞りなく行えるのは当たり前なのです。まず1回目、2回目の大規模修繕は、修繕費が安価になります。しかし3回目あたりからあちこち痛んでいる場所が増えてきて、だんだん費用がかかるようになっていきます。これは自動車の車検と同じです。
それに加えて管理会社に大規模修繕を任せていると、管理会社は管理組合が修繕積立金をいくら持っているか知っていますから、その金額に合わせて大規模修繕工事をアレンジしています。修繕積立金が1億円あれば9000万円程度に抑え、2億円あれば1億9000万円程度にしていくのです。予算ありきで工事を計画するので、予算の不足が発覚しません。そのため問題なく修繕積立金が溜まっていると誤解するのです。
では3回目以降、費用が高額になることが発覚したら管理会社はどうするのでしょうか?金融機関に借入することを勧めます。いわゆる借金です。借金があるマンションは返済をしなくてはいけないので、転売時に値引きされることがよくあります。借金があると、高値で売れないマンションになってしまうのです。そのため借金は可能な限り避けなくてはいけないのですが、近年では借入を申請する管理組合が増えてきています。
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大規模修繕工事の内容は、どのようにでもアレンジできます。予算が足りなければ足りるように計画すれば良いだけで、修繕積立金が足りないと発覚するのは高額な費用がかかる築30年を過ぎてからになります。それまでは積立金の額に応じて修繕を行なっているため、不足していることに気がつかず足りていると錯覚してしまうのです。
定期的な長期修繕計画の見直しが必要
最近お邪魔したマンションでは、長期修繕計画が20年間も見直されていませんでした。2000年の竣工時の消費税は5%で、現在は10%です。これだけ見ても当時の長期修繕計画があてにならないのは明らかです。また大規模修繕工事の工事費用は、2014年に消費財が8%に上がる際に駆け込み需要が殺到したため、20%から30%も値上がりしたままになっています。2000年に計画した長期修繕計画は、今では全く役に立たないと考えて良いでしょう。
長期修繕計画は5年ごとに見直しすることが推奨されています。物価の変動に加えて工事の人件費が上がっている現在では、もっと短くても良いかもしれません。中には管理会社が毎年のように見直しを行なっているというマンションもありますが、見直しの内容を聞いてみると元の長期修繕計画の数値をそのまま使い、物価の変動を加算するだけというものでした。これまで書いてきたように、元の長期修繕計画を見直さないと見直しの意味はあまりありません。定期的に専門家を招いて、長期修繕計画を見直すことが重要です。
支出と収入を同時に見直す
お金が足りない場合は、支出を減らすことと収入を増やすことを行うしかありません。管理組合の支出で大きな部分を占めるのは毎月の管理費であり、修繕積立金の大部分を使う大規模修繕です。共用部の掃除の回数を減らせば月々の管理費は減りますし、小規模のマンションでは管理会社に依頼するのを辞めて住民が当番で清掃をすることにして、管理費の削減を行なった例もあります。管理の内容を見直すことで管理費の削減が可能になります。減らした分を修繕積立金の増額に回すことができます。
大規模修繕は13年おきにやるものだと思われていますが、全くそんな決まりはありません。必要な時に必要なだけ行えば良いのです。管理会社に丸投げして大規模修繕を行うのは最も手間がかかりませんが、最も費用がかかるやり方です。しかし長期修繕計画を見直し、大規模修繕工事のやり方を変えるだけで費用を大きく節約することが可能になります。これには専門家の手を借りることも必要になりますが、第三者の目を入れて客観的に分析してもらうことも必要だと思います。
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修繕積立金の値上げは早めに
長期修繕計画を見直して、30年後に1億円不足することがわかったとします。今から値上げするのと5年後に値上げするのでは、修繕積立金の値上げ幅が大きく変わってしまいます。そのため値上げは早めに行なった方が良いのです。突然の値上げが提示されると、多くの住民は反発するでしょう。しかし後回しにすればするほど値上げ幅が大きくなり、値上げが困難になります。今10%の値上げができなければ5年後に13%の値上げができるはずもなく、後回しにすればするほど値上げは困難になっていきます。
まとめ
修繕積立金は長期修繕計画を元に金額が決められていますが、元になる長期修繕計画がアバウトに作られており、5年に1度は見直しが必要になっています。元々のデータが正しいかを検証する必要があり、さらに定期的な見直しを行わなければ物価や労務費の上昇、税制の変更などが含まれない計画になってしまいます。修繕積立金はほとんどの場合は段階増額方式で計画されているため、現状でも値上げが継続的に行われるようになっています。多くの人がギリギリの資金計画でマンションを購入するため、値上げができない場合や値上げを決議しても滞納が発生する場合があります。
大規模修繕を問題なく実行できたとしても、管理会社は修繕積立金がいくら貯まっているかを見て提案するので、本当に足りているかはわかりません。見えないところで不足が進行して、ある時から借金をしないとマンションの修繕ができなくなるというケースが増えています。管理組合の収入と支出を見直して、修繕積立金の不足が起こらないように計画していくことが重要です。それは早ければ早いほど効果があるので、不安な理事の方はすぐにでも理事会で検討を始めてください。
このような問題に対して、長年のデベロッパー勤務で得た経験から、理事会に提案やアドバイスを行なっています。まずはお気軽に以下のメールフォームからご連絡ください。初回は無料でご相談に応じさせて頂きます。