ディレクTVとマンション /マルチメディア時代の混乱

1990年代末、日本のマンション デベロッパー はマルチメディア時代への対応に追われていました。次々に新しいサービスが乱立する中、戸建てなら自由にそれらのサービスを受けることができたのに、マンションでは制限が多すぎました。そこで各社はマルチメディアに対応するため、仕様の策定を急ぎました。

マルチメディア時代の幕開け

1989年にNHKがBS放送を開始して、衛星から放送されるテレビを見る時代が始まりました。さらに91年にはWOWOWが放送を開始し、テレビを有料で見るという文化が日本にも入ってきました。1995年にWindows95が発売され家庭にパソコンが普及すると、インターネットを使う人が急増します。96年にスカイパーフェクTV(現スカパー!プレミアムサービス)が放送を開始すると、テレビの多チャンネル時代が到来しました。そのスカイパーフェクTVのライバルとなるディレクTVも97年に放送を開始し、有料テレビの激しい競争が始まりました。

テレビを有料で見ることに抵抗を感じる人はまだまだ多くいましたが、一部の人に有料強く支持されました。95年に野茂英雄がロサンゼルス・ドジャースに移籍してから、アメリカのメジャーリーグを見る人が増えていましたが、地上波でメジャーリーグの試合を完全中継する局はありませんでした。またサッカーのイタリアリーグ、セリエAはダイジェストでフジテレビが放送し人気が高まっていましたが、地上波でヨーロッパのサッカーをフルに放送する局はありませんでした。

熱心なファンはスカイパーフェクTVに飛び付きましたが、マンションで受信したくても屋上にアンテナはなく、管理規約に違反してバルコニーの手すりにパラボラアンテナを設置していました。落下の危険があるパラボラアンテナは問題になりましたが、テレビを見たい時にだけこっそりアンテナを設置する人が出るなど、マンション管理会社の悩みの種にもなっていました。

マンションを販売するモデルルームでも、衛星放送が見られるかと質問する人が増え始め、マンションデベロッパーは対応を検討するようになります。この頃はマンションでのインターネット環境もデベロッパーの課題になっており、まさにマンション業界もマルチメディア時代に突入していました。

スカイパーフェクTVかディレクTVか

映画やドラマ、スポーツなどを24時間見ることができる有料放送は、スカイパーフェクTVとディレクTVの2社がありました。マンションデベロッパーは、このどちらかを受信できる設備を採用することになります。両方を採用できれば良かったのですが、ほとんどのデベロッパーがディレクTVを採用しました。そしてこの選択が、後に混乱の原因になりました。

スカイパーフェクTVとは

1996年に日本デジタル放送サービスがパーフェクTV!を開始し、日本におけるCS放送の草分けになります。同じく96年にメディア王ルパート・マードックが率いるニューズ・コーポレーションとソフトバンクの孫正義が手を組み、JスカイBを立ち上げます。JスカイBはテレビ朝日の株を23%買取り、マードックと孫正義が日本のメディアを乗っ取る気だと大きな注目を集めていました。

※JスカイBを立ち上げたルパート・マードックと孫正義

しかしマードックは朝日新聞からの反発だけでなく、日本のメディアがこぞって日本進出に批判的なことに嫌気が指してきました。日本の閉鎖的な環境に加え、当初の想定より利益が出ないことがわかり、JスカイBから手を引くことにします。こうしてJスカイBとパーフェクTV!は97年に合併し、スカイパーフェクTVが誕生しました。

パーフェクTVが東経128度に位置する衛星を使い、JスカイBが東経124度の衛星を使用するため、スカイパーフェクTVの全てのチャンネルを受信するには、2つのパラボラアンテナが必要でした。マンション内にもそれぞれのアンテナにつながった同軸ケーブルが必要で、各世帯に2軸で繋ぐ必要があります。

ディレクTVとは

アメリカの企業で、ゼネラルモータース傘下のヒューズエレクトロニクスと共同で1984年から放送を開始しました。日本での展開にはTSUTAYA、パナソニック、三菱電機、大日本印刷、三菱商事、徳間書店などが出資し、97年から日本での放送を開始しました。受信装置はスカパーとは兼用できないのに、放送チャンネルの大部分がスカイパーフェクTVと重なりました。またスカイパーフェクTVの主要株主が保有するチャンネルを放送できないハンデを背負っていました。

そのため人気が高かったJ-SPORTSやアニマックス、スペースシャワーTVなどはディレクTVで放送されず、これが顧客獲得の足かせになったと言われています。しかし1台のパラボラアンテナでディレクTVが放送するチャンネルを全て受信できるため、マンションデベロッパーの多くはディレクTVを標準にしました。仕様がシンプルでイニシャルコストが安く、多チャンネルを受信できることが採用の決め手でした。

ディレクTV撤退の混乱

2000年3月、ディレクTVが日本市場からの撤退を突然発表しました。事業収支の悪化が原因で、スカイパーフェクTVとの争いに負けたのです。事業スキームが、ハイリスク入りターンだったことも災いしたと言われています。ディレクTVはスカイパーフェクTVに吸収合併されることになりました。この発表に各デベロッパーやマンション管理会社は慌てます。毎日見ていたチャンネルが見られなくなるとマンション住人からの問合せが殺到し、対応を迫られることになったからです。

ディレクTVはパラボラアンテナ1台に同軸ケーブルが1本です。しかしスカイパーフェクTVは2台のパラボラアンテナに2本の同軸ケーブルが必要です。これまで1軸で建設したマンションは、そのままスカイパーフェクTVに移行できません。各社は悩んだ末に、スカイパーフェクTVのうちパーフェクTVだけを受信できるように改良することにしました。当時のスカイTVはパーフェクTVに比べてチャンネル数が少なく、アダルト系チャンネルを多く抱えていたからです。

しかしすんなり移行することはできませんでした。これまでディレクTVで見ていたチャンネルがスカイTVに移管されたため、パーフェクTVだけを見られるように変更することに猛反対する人もいました。またスカイパーフェクTVの都合で、これまでパーフェクTVで放送していたチャンネルがスカイTVに移されることもありました。今まで見ていたチャンネルが、突然見られなくなることが頻発したのです。デベロッパーや管理会社には、自分達では解決できないクレームがしばしばやってくるようになりました。

110度CSの登場

2002年7月に東経110度のCS放送が開始されました。スカパーTV!2と名付けられ、スカイパーフェクTVのチャンネルの中から選りすぐりのチャンネルが放送されることになりました。この放送の特徴は、東経110度の衛星を利用するためBS放送と同じ向きにパラボラアンテナを合わせることで受信が可能でした。そしてアンテナメーカーは、BS放送とCS放送を1台で受信できるアンテナを発売します。これにマンションデベロッパーも飛びつきました。

各社は標準仕様として110度CSを採用し、どのマンションでもスカパーTV!2(現在のスカパー!)が見られるようになります。そしてこれが今日でも主流で、多くの分譲マンションの屋上にはBSと110度CSの兼用アンテナが設置されています。90年代末から悩み続けたマンションでの多チャンネル受信は、こうして決着しました。

マルチメディア時代の混乱

今から考えると、テレビ受信だけでこれだけ混乱したのがバカバカしい気がしますが、当時は多チャンネル放送にデベロッパーも馴染みが薄く、手探りで方針を決定していました。やがてマンションのテレビ受信はケーブルテレビに移行し、そして地上デジタル放送への切替で再び問題が起こります。

この当時のデベロッパーの技術部門は建築を学んだ社員がほとんどで、インターネットやテレビの専門家はいませんでした。むしろこれらのジャンルに疎い社員が多く、そのため苦戦が続きました。マンションデベロッパーにとっても、マルチメディア時代は新たな知識と対応が迫られる新時代だったのです。

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